2018年01月31日

フランスで徴兵制復活

【<仏大統領>徴兵制復活へ 1カ月間、危機意識高める狙いか】
 フランスのマクロン大統領は19日、仏南部トゥーロンで軍兵士らを前に演説を行い、「国民が兵役に従事する仕組みを作りたい」と述べ、大統領選の公約に掲げた、若者に1カ月間の兵役を義務付ける徴兵制度を復活させる考えを示した。
 演説では詳細まで踏み込まなかったが、マクロン氏は昨年春の大統領選で、「軍と国民のつながりを強めるため、短い期間であっても軍での生活を体験してもらいたい」と述べ、兵役の義務化を公約に盛り込んでいた。対象は18〜21歳の男女で、良心的兵役拒否も認めるとしていた。期間は1カ月間と短いため、訓練よりも、相次ぐテロなどを背景に若者らの危機意識を高める側面が強い。だが、効果を疑問視する声もある上に、自由を重んじる若者らの反発も呼びそうだ。
 大統領選の決選投票をマクロン氏と競った極右政党・国民戦線のルペン党首も少なくとも3カ月の兵役義務化を公約に掲げていた。フランスでは、1996年に当時のシラク大統領が志願兵制に切り替えて、徴兵制(10カ月)の段階的廃止を表明。2001年に職業軍人化が完了した。徴兵制を巡ってはスウェーデンが昨年、ロシアに対する脅威を念頭に7年ぶりの復活を決めた。
(1月20日、毎日新聞)

また旧式左翼が大騒ぎしそうなネタ。連中は、英国労働党のブレア政権とドイツ社会民主党のシュレーダー政権がアフガニスタン派兵を、フランス社会党のオランド大統領がマリに軍事介入をなしたことの意味について、きちんと考えるべきだ。まぁ何も考えていないから大騒ぎするのだろうが。

フランスでは、1996年に徴兵が停止され、志願兵制に移行することが決まったが、その「改正国民役務法案」を提出したのは保守のシラク政権であり、法案に反対したのはフランス社会党と共産党だった。これは右派が軍事の効率化を進めるために軍事のプロ化が不可欠であると考えたのに対して、左派は軍の効率化よりもデモクラシーと国家共同体の根幹としての徴兵制を重視したためだった。つまり、重要な争点は「デモクラシーの要である義務兵役を、軍事的理由で停止することの是非」だったのであって、日本で議論されるような「徴兵制は奴隷的苦役」などという話はまず欧州では聞かれない。
ただし、徴兵を停止する代わりに、18歳から25歳までの間に1週間の国防教育を受ける義務(防衛準備召集)が課されており、国防の義務が免除あるいは否定されたわけではなかった。

近代徴兵制の礎はフランス革命に見いだされる。王政を廃して樹立されたフランス共和政は、国家の主権者を王から市民に転じたため、国防の義務もまた王から市民へと転じた。封建体制下では王や貴族の盾として強制動員されたものが、共和制下では主権、政治的権利の代償として国防の義務が課されることになったため、徴兵に応じることは「主権者としての義務を果たす」という意味で名誉なこととなった。
同時に、国民皆兵論に基づく徴兵制は階級や資産などの別なく徴兵の対象となることを前提としており、それは社会の公正性と平等性を体現するものでもあった。
デモクラシーとは、「市民全員が等しい政治的権利を有する共同体」という共同幻想の上に成り立っており、それ故に市民全員に防衛の義務が課されるのが自然であり、「政治的権利は有するが、防衛の義務は課されない」という日本のあり方の方が歪なのだ。
そして、フランスには、国民軍と徴兵制をデモクラシーの根幹とみなし、国民統合の有力な手段であると考える伝統があり、そこに主権在民の権力的正統性が認められている。恐らく日本人の大半には理解できない考え方だろう。

逆に徴兵制に反対する考え方はリベラリズムに求められる。リベラリズムは、王権による統制に対して個人の権利の確立を求める思想で、個々人の財産と権利を守ることを政府の役割とした。すべての個人は自己決定権があり、自己の意志を実現する権利を有していると考えることから、社会全体でこれを実現するためには国家などによる統制や介入も必要だとするのが本来のリベラリズムである。
その意味で、個人の身体と精神を拘束し、財産権を制限する徴兵制は、常にリベラリズムに背反する存在であり、デモクラシーよりもリベラリズムが強いアメリカでは徴兵制に対する忌避感が強い。その結果、米国では貧困家庭の子弟や市民権が欲しい移民ばかりが軍に志願し、むしろ軍の存在が階級差を象徴してしまっている。

日本国憲法は、その第9条に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と定めているため、軍隊を保有できず、自衛隊を「自国を防衛するための必要最小限度の実力組織」と規定する他なかった。その結果、自衛隊は防衛省の機構の一部という扱いで、憲法に規定されず、議会(国権の最高機関にして主権代行機関)の統制を全く受けない組織になっている。近代の民主的軍隊であるならば、「誰による誰のための軍隊」か規定されるはずだったが、「実力組織」なる官僚機構であるがために「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つ」(自衛隊法)という曖昧な記述に終わっている。

例えばスイスは憲法で民兵の原則を謳いつつ、「軍隊は、国及び住民を防衛する」と規定しており、フランスは国防法典において「国防は、常に、あらゆる事態において、また、あらゆる形態の侵略に対し、領土の安全及び一体性並びに住民の生活を保障することを目的とする」と規定している。これに対して、ロシア連邦国防法は「ロシア連邦軍は、ロシア連邦に対して向けられた侵略の撃退、ロシア連邦領土の保全と不可侵性の武装防護、並びにロシア連邦の国際条約に従った任務の遂行を使命とする」としており、日本の自衛隊と同様、国民保護の義務を負っていない。

欧州で徴兵制の復活が進んでいる理由として、日本の報道機関は「ロシアの脅威」を第一に上げているが、これは欧米通信社の主張を垂れ流しているだけで、全く本質から外れている。その真の理由は、「欧州の統合力、集団防衛力が弱くなったから」であり、EU統合によって民族国家としての国民統合が弱まると同時に、ドイツに対する依存度が高まって自国の国家主権も弱まっていることが大きい。

結局のところ、自力で王侯貴族と闘い、打倒し、さらに軍事介入した外国軍と戦いながらデモクラシーを確立した経験を持たないものが、近代国民軍やデモクラシーの意味を理解するのは難しいのかもしれない。
posted by ケン at 12:35| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月29日

難民申請者の就労厳格化へ

【「偽装難民」の就労認めず=認定制度の運用厳格化―法務省】
 法務省は12日、出稼ぎを目的とした「偽装難民」の増加に対応するため、難民認定制度を厳格化すると発表した。
 従来は申請から6カ月後に一律に就労を認めていたが、15日以降の申請については書類を中心とした予備的審査の段階で、明らかに難民に該当しない場合は就労を認めない。
 2016年の難民申請者数は過去最高の1万901人に到達。一方、難民条約上の条件を満たす難民と認定されたのはわずか28人で、インドネシアやフィリピンなど申請数が上位の5カ国では1人もいなかった。法務省は申請者の多くが「偽装難民」とみている。
 申請から2カ月以内に行う予備的審査では、申請者を(1)難民の可能性が高い人(2)難民に該当するか、すぐに判断できない人(3)明らかに難民に該当しない人(4)申請が2回目以降の人―の四つに分類する。
 難民の可能性が高ければ、速やかに就労を許可する。即座に判断できなければ審査を継続し、就労の可否を個別に判断する。ただ、留学先を退学した学生や、出国準備期間中の人には就労を認めない。 
(1月12日、時事通信)

様々な理由から本制度が上手く利用されているのは否めないが、これは本来国家が支援すべき難民申請者の生活費を、「財政難だから自分で稼げ」という主旨から始まったもので、それを「都合よく利用されているから」と厳格化してしまっては、単に「一時的な滞在も認めない」という話になってしまう。

そもそも日本の難民認定は厳格すぎて、難民認定率が0.25%(400人に1人)と自由主義国家としては恥ずべき状況にある上、「難民申請者の生活を保障する」という国際的慣行を財政的理由から不履行にして「その代わり自分で稼げ」と一定の労働許可を出している。それを今度は「制度を悪用するものが増えている」として制限するのであれば、本来に立ち返って申請者の生活を国が保障する必要が生じる。

ちなみに難民申請と認定数は、2016年のドイツで74万5千人と26万4千人、フランスで12万6千人と2万4千人、イギリスで5万5千人と1万4千人。欧州の中では難民認定が厳しくなっているイタリアで、12万3千人と5千人。いわゆる先進国の中で、日本は圧倒的に難民受け入れを拒否しており、国際的義務を果たしていないと非難されている。

難問問題は、認定した後だけでなく、申請する権利を十分に保障し、申請者の基本的権利を守ることから始まっていると考えるべきであり、それは国際的義務である。
また、政治的迫害を受けて逃げてきて、日本を頼ってきた人に救いの手を伸ばすのは、道義的義務であり、「義を見てせざるは勇なきなり」(孔子)の文化的伝統でもある。
移民は単純に経済的便益を求めてやって来るだけだが、難民は帰りたくても帰れない事情を抱えて保護を求めてきているのだから、これに手を差し伸べて十分な待遇を与えれば、感謝して恩に報いようという気概を持つものも少なからず出てくると思われる。
経済目的の申請者が増えているのは確かだろうが、大局を見誤ることなく、あくまでも王道を追求すべきである。
posted by ケン at 12:08| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

サイズ−大鎌戦役を初プレイ

アークライト社『サイズ−大鎌戦役 完全日本語版』を初プレイ。原作はStonemaier Games。
戦間期(一次と二次)の東欧を模したSF的な仮想世界を舞台とし、国家間の発展を競うボードゲーム。
国民を動員し、資源を生産し、軍事力を強化し、必要な場合は戦争を行い、勝利得点(コイン)を積み上げてゆく。無数にある国家目標のうち、いずれかのプレイヤーが6個を達成した瞬間にゲーム終了となり、得点計算がなされ、VPの多かったものが勝利する。VPは総合的に計算されるため、むやみに国家目標のみを追求してゴールインしても、得点で負けるということもあり得る。

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プレイヤーは5つの国家から一国を(基本はランダム)選び、同時にアクション・ボードも5枚の中からランダムで引く。この国家とアクション・ボードで、各プレイヤーは採れる選択肢やアクションが若干異なってくる。
また、戦闘は公開されている自国の戦力と、手持ちの戦闘カード(2〜5戦力)を双方が出し合う形で解決されるが、戦闘カードの枚数は参加するメック(ロボット)などの数によって制限されるため、ランダム要素は非常に小さい。
他でもランダム要素は、カードを引いて決める探索イベントくらいなものだが、これも一定の範囲があるため、影響が大きいとは言えない。

興味深いのは、戦闘に投じた戦力は結果にかかわらず消散してしまうため、むやみに戦力投射すると、自国の戦力が枯渇して他国の餌食にされてしまう点だ。また、戦争による勝利は、国家目標の一つであるため、それを他者にくれてやるのは危険ということになり、基本的には「戦力の均衡状態」が生まれやすい仕組みになっている。
本ゲームは、軍事力を抑止力として予め設定されたつくりになっているのだ。この点、なかなか「大人のゲーム」である。

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各国は当初徒歩で占領できるのが3エリアに限定されており、大河を渡って国土を広げるためには「メック」と呼ばれる巨大ロボットを開発、配備するか、トンネル代わりになる「鉱山」を開発する必要がある。ここまでが第一段階となるのだが、国家やアクション・ボードで進化の方向性が異なってくる。

今回はケン先生含めて全員初プレイで、今度も「ルール読んでもサッパリ分からん」という手探り状態から始まった。
序盤はO先輩率いるポーランドっぽい国が探索の利を活かして、メックを「拾う」(文字通り)という荒技で何手順かすっ飛ばすが、すっ飛ばしてしまった分、やや歪な進化を遂げてしまい、アクション効率が低下、中盤以降失速してしまう。

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T後輩のソ連っぽい国は、地道に守りを固め、国土も小さめに抑えてアクション効率を追及し、中盤以降流れ作業的に生産、動員、技術改良、増強を繰り返して、国家目標を一つずつ達成し、そのまま逃げ切った。

ケン先生はあれこれやろうとし過ぎて今ひとつ効率化が進まず、途中で気づいて軍拡と領土拡張主義に走って、良いところまでは行ったものの、T後輩に数点及ばなかった。

他のプレイヤーや国があるとはいえ、衝突したり、交渉したりする必要は小さめに感じられる。とはいえ、一人プレイ・マルチとまでも言えない。運要素がないため、恐らくAIがプレイしたら、人間は勝てないゲームだろう。とはいえ、「何を為すべきか、何が最も効率的か」を考え続けるのはなかなかに面白く、コンポーネントも充実していて良い感じに楽しめる。初めてということもあり、4人で三時間強もかかってしまったが、ようやく理解した感じなので、もう一度はプレイしたい。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月26日

アメリカが北を攻撃しないワケ

【陸上型イージス、2基導入を閣議決定】
 政府は19日の閣議で、北朝鮮の弾道ミサイル発射に備え、陸上配備型の迎撃システム「イージス・アショア」を2基導入すると決めた。秋田、山口両県に1基ずつ配備し、日本全域を守れるようにする。陸上自衛隊が運用し、24時間体制で警戒にあたる。2023年度の運用開始をめざす。小野寺五典防衛相は閣議後の記者会見で「導入により平素から常時、持続的に防護できるようになる。弾道ミサイル防衛能力が抜本的に向上する」と述べた。
 イージス・アショアは、弾道ミサイルを大気圏外で撃ち落とすイージス艦の迎撃システムを陸上に配備する仕組み。日米で共同開発した新型迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」を搭載すれば、2基で北海道から沖縄まで防護できるという。防衛省は18年度当初予算案で基本設計費として約7億円、17年度補正予算案で米軍からの技術支援費として約28億円をそれぞれ要求している。防衛省によると、施設整備費を含むイージス・アショアの導入費は1基あたり約1千億円かかる。
 政府は14年度にミサイル防衛強化に向けた研究に着手、イージス・アショアと地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)に候補を絞った。防衛省によると、THAADは1基あたり約1100億円かかるほか、日本全域の防護には6基が必要。「2基で守れるイージス・アショアの方が費用対効果が高い」(幹部)と判断した。イージス・アショアは弾道ミサイルだけでなく、巡航ミサイルや爆撃機なども撃ち落とせるよう調整する。防衛省はこうした性能をもつ迎撃ミサイル「SM6」の試験弾薬を18年度に取得し、性能を評価する。イージス・アショア運用の専門部隊を新設し、1基あたり100人規模を配置する方向だ。
(12月18日、日本経済新聞)

ごく簡単な話だが、どうにも理解してもらえないのは、「人は自分の信じたいものを信じる」からなのだろうか。
北朝鮮が核とミサイルで恫喝外交を繰り返す限り、日本と韓国は米国からミサイル防衛システムを購入し続けることになる。それはアメリカの軍需産業にとって「生命線」とすら言える。
仮にアメリカが北朝鮮を攻撃して滅ぼしてしまったら、新たな脅威を作り出さない限り、ビジネスは「あがったり」になってしまう。もちろん、次の脅威としては中国が挙げられるのだが、アメリカは国債の主要な引き受け手である中国とは戦えない構造にあり、無理はできない。
つまり、米国による対北戦争は、アメリカに何の利益ももたらさない一方、むしろ「適度な脅威」であり続けてもらうことが、ビジネスにおいて「上々」ということになる。兵器と薬品しか主要な産業が無い米国にとって、何が国益かはあまりにも明確で、それは「日韓に買わせる」ことなのだ。

韓国はそれが分かっているからこそ、文大統領が緊張緩和に向けて動き、日米から非難されている。
他方、日本は「日米同盟」を維持するために米側の言いなりになるほかなく、どれだけ高額な兵器でも買い続けるほかないのだが、財政難の中でできることは限られており、社会保障の切り下げでは足りず、通常装備や自衛隊員の待遇を切り下げるという話になっている。これはタコが自分の足を食うような話で、中長期的には大きな禍根となると思われる。
posted by ケン at 12:37| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月25日

やっぱダメっぽい野党

【野党は「もり・かけ・スパ」問題を追及の構え】
 法案審議と並行し、与党は質問時間の配分見直しなどを主張して野党への攻勢を強める構え。野党は引き続き森友・加計(かけ)学園問題などを追及して安倍内閣を揺さぶりたい考えだ。
 与党は昨年の特別国会で、衆院予算委員会の慣例となっていた「与党20%・野党80%」の質問時間を、「与党36%・野党64%」にすることに成功した。「与党50%・野党50%」を目標に、週明けから野党側と協議を始める方針だ。野党は「(通常国会では)政府・与党が出してきた予算案を審議するのだから、野党にしっかり時間配分するべきだ」(辻元清美・立憲民主党国会対策委員長)と反発している。
 野党は、森友・加計学園問題に加え、スーパーコンピューター開発会社を巡る助成金詐欺事件についても、同社代表取締役が安倍政権の下で政府の有識者会議委員を務めていたことなどから、「もり・かけ・スパ」問題として追及する構えをみせている。
(1月20日、読売新聞)

今国会は「働かせ方改革」や「カジノ」が大きな焦点となると見込まれ、いずれも大衆から収奪することを目的とした立法群であるにもかかわらず、スキャンダル追及を優先する野党には、早くもオワコン臭が漂っている。

何度も説明していることだが、「裁量労働制=定額働かせ放題」と「公営賭博の民間委託」といういずれも悪魔の所行かというレベルの悪法で、国民生活に対する打撃は想像を絶するものになるだろう。

他方「もり・かけ」追及は、昨年の通常国会でも野党リソースの大半を投入したものの、ほぼ不発に終わり、せいぜい内閣支持率を多少低下させた程度に終わった。その評価は、昨秋の総選挙の結果として表れた。
民進党が分裂してできたのは、「自民党の腐敗を追及する第二自民」と「自民党の腐敗を追及する旧民主」に過ぎず、後者の立憲民主党はこの期に及んで行政改革、政治改革による人件費抑制をアピールする始末で、そこにはいかにして国民生活の水準を維持するかという認識は見受けられない。

政敵のスキャンダルなどというものは、平素掲げている主張や政策、あるいは正義が広く認められているからこそ、他者の不正を咎める権利が認められるものだろう。労働者の権利や市民の人権をロクに守ろうとしない連中が、政府与党のスキャンダル追及にだけ熱を上げてみたところで、大して支持が上がるはずも無い。

立憲民主党は、まずは「週四十時間労働制の実現」「公営賭博とパチンコの禁止」から始めるべきである。
posted by ケン at 12:32| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

保身しか考えないヤクニンども

【公用メール、1年で自動廃棄 政策検証が困難に】
 省庁で利用が急増している公用電子メールについて、国土交通省は2月から、送受信後1年が経過したものをサーバーから自動的に廃棄することを決めた。保存が必要な公文書に該当するメールは職場で保存するよう指示したが、廃棄可能なメールとして、国会議員からの説明要求の連絡文書などを挙げている。専門家は「政策の検証に必要なメールが消去される」と懸念している。
 毎日新聞が入手したメール管理指針案や国交省の説明によると、同省は昨年、自動廃棄の方針を職員に伝えたうえで、今年1月末までに保存期間が1年以上の公文書に該当するメールをデータファイル化し、共有フォルダーなどに保存・登録するよう指示した。登録手続きをしないメールは、サーバーから自動廃棄された時点で見られなくなる。
 公文書に該当する場合でも、官僚の裁量で重要性が低いと分類されれば保存期間は1年未満となる。指針案は保存期間1年未満のメールについて、職員間で共有する必要性が高いものを除いて廃棄するよう求めた。廃棄可能な例として、国会議員からのレクチャー要求の内容を記載した連絡文書、会議や国会議員への説明の日程調整のためのメールなどを挙げている。
 指針案には、廃棄可能なメールが「(情報公開の)対象になり得ることに留意する必要がある」と記されていたが、同省関係者は「職員にまずいメールは捨てろというふうに受け止められかねない」と話した。
 森友学園問題や南スーダンPKO日報問題では、政府が「保存期間1年未満」との理由で文書を廃棄したと説明。1年未満の文書の定義があいまいだと批判が出ていた。国交省は森友学園への国有地売却の事務手続きを担当していた。
 国交省はメールを自動廃棄する理由について、政府の公文書管理のガイドラインが改正され適正な管理が求められたことや、サーバーの容量確保の必要があるためなどと説明。廃棄可能なメールは、紙であっても保存期間1年未満のものだとした。
(1月16日、毎日新聞)

今どき受信したメールを全て保存しておくくらいのことは簡単にできるだろう。メールは添付さえなければ一通あたり10から50kb程度で、仮に1億通あったとしても、50億kbで約5テラバイト、ちょっと大きめのハードディスクに収まってしまう。全て保存するという選択を採ったとしても、技術的にも資金的にも全く問題ないはずだ。
この意味するところは、メールを保存して将来的に問題追及された際に証拠となってしまうことを避けるメリットの方が、将来的に政策検証を行う資料とするメリットよりも大きいと官僚が判断したということだろう。

また、常識的に考えて一年以上前のメールが自動消去されて検索できなくなったら、通常の業務にも支障が生じると思うのだが、これも2年毎に異動のあるヤクニンにとっては何の不都合も無く、むしろ一年以上放置された案件は無視して良いという解釈もできるだけに大喜びなのかもしれない。
電子媒体でのコミュニケーションが常態化する中で「文書」の定義を逆手に取った、「ルールの悪用」の典型例と言える。

リベラリズムが権力分立を求めるのは、権力が一箇所に集中し暴走することを防ぐためで、その予防策として権力を分散して相互監視、競争・競合させる構造にしてある。公文書管理と情報公開の制度は、最大権力を有する行政が、適切に権力行使しているかどうかを、主権者が直接チェックするためにある。
森友・加計疑惑の検証が進まないのは、省庁側が情報公開を拒み、当該文書の廃棄を進めたことが大きいが、霞ヶ関はそれをシステム化・合法化しようとしているのだろう。

霞ヶ関が主権者に情報公開を拒み、「不都合な真実」を隠蔽することは、行政の腐敗を加速度的に進めると同時に、デモクラシーとリベラリズムの実態を薄め、権威主義化を促進させるところとなる。その意味で、日本は立法府も行政府も戦後民主主義とリベラリズムを否定していると言えよう。
posted by ケン at 13:13| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月23日

現実主義と数合わせ

【統一会派、わずか2日で破談=民・希双方にダメージ】
 民進、希望両党の執行部がもくろんだ統一会派構想は17日、正式合意からわずか2日後に破談となった。
 安全保障関連法や憲法改正といった根幹政策の違いを棚上げして進めようとしたことに対し、双方の党内で強い反発を招いたためだ。野党勢力の結集に向けた動きは仕切り直しを余儀なくされたが、展望は開けそうになく、22日召集の通常国会を前に、両党にダメージを残した。
 「希望と最初に一緒になるのは無理だという意見が圧倒的だった」。民進党籍を持つ衆院会派「無所属の会」メンバーの安住淳元財務相は17日、同党両院議員総会後、記者団にこう語った。
 両党執行部は15日に会派結成で合意。安保法について「違憲と指摘される部分の削除を含め見直しを行う」とする玉虫色の表現でスタンスの違いを糊塗(こと)し、強行突破を図ろうとした。しかし、民進党内には、安保法反対を鮮明にする立憲民主党との連携を重視する意見も根強く、民・希2党での会派を優先した執行部への支持は広がらなかった。
 無所属の会の14人のうち、統一会派に参加する意向を示したのは「3人程度」(関係者)だったという。また、離党を検討してきた真山勇一、杉尾秀哉両参院議員らは、直ちに離党届を出すことは見送る考えだが、記者団に「判断を保留したい」と語り、今後の執行部の対応次第で離党に踏み切る可能性を排除しなかった。
 一方、希望側は民進との協議打ち切りを決めたが、玉木雄一郎代表が一時提案した「分党」を見送ったため、党内対立が続くことになった。
 結党メンバーの1人で、改憲に積極的な松沢成文参院議員団代表は記者団に「理念・政策が大きく異なる政党と無理やり会派を組もうとしたから大失敗した」と執行部を厳しく批判。改憲や安保法に批判的な大串博志衆院議員は「この党は基本的な立ち位置が(議員によって)大きく違う。本質的な問題を解決することが先だ」と指摘した。
 こうした声を踏まえ、玉木氏は議員懇談会で「憲法と安保の立ち位置をしっかり確立できるか。できないと国会論戦に耐えられない。民進党のようになってしまう」と述べ、党内の意思統一を図る考えを示した。だが、議論を進めれば亀裂が深まるリスクも伴う。
 統一会派の失敗について政府関係者は「目的もなく、勢力を大きくしようとしただけ」と冷ややかに語り、日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は「ほんまに漫画や」と嘲笑した。  
(1月18日、時事通信)

通常国会を前に野党第一会派をめぐって「数合わせ」の策謀がめぐらされている。
希望と民進系無所属が統一会派を組めば、衆議院で野党第一会派になれるので、通常国会の主導権を握ることができる。特に改憲が俎上にあがる中で、憲法調査会の野党筆頭理事を得れば、自民党と協同して改憲議論を主導できる。これに対して、立憲が第一会派の場合、自民党の改憲提案に対して遅滞戦術を採って時間稼ぎをする公算が高い。その意味でどちらが第一会派を取るかは非常に重要な問題になっている。

だが、立憲は「永田町の数合わせには与しない」との方針を最初から掲げており、その姿勢が有権者から支持されているため、現実政治では無所属を取り込んで統一会派を組むべきだが、支持者の手前、それができなくなっている。
実務的にも時間稼ぎは時間稼ぎでしかなく、改憲発議を阻止できるわけではないため、野党第一党にこだわる必要はないのかもしれない。

逆に希望や民進系無所属は、目前の利益に手を出した結果、「やっぱり野合」「先祖返り」などと非難され、党内分裂を加速させつつある。元々「オワコン」であるが故に、なおさら「手をこまねいて座して死を待つわけにはいかない」という思いが強いのだろうが、いかにも運命に抗おうとしてさらに悪い結果を招いているようにも見える。
全く政治的判断とは難しいものだ。

要は本来解党するはずだった民進党が残っているがために起きていることで、民進党が分党して立憲と希望に分かれて合流すればほぼ解決する話なのだ。だが、スポンサーである連合が分裂を避けたいがために、民進を残そうとしていることが諸悪の根源となっている。その意味でも、連合こそが一日も早く解散するか、ナショナルセンターとしては政治から手を引くべきなのだろう。
posted by ケン at 12:17| Comment(5) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする