2018年01月06日

労働生産性の低さが意味するもの

【日本の労働生産性 OECD35カ国中で20位】
 日本生産性本部は20日、2016年の労働生産性の国際比較を発表した。時間当たりの労働生産性(就業1時間あたりの付加価値)は、日本が前年比1.2%上昇の46ドルだった。国内総生産(GDP)が拡大した一方、1人当たりの労働時間が減少したためで、増加は7年連続となった。
 しかし経済協力開発機構(OECD)平均の51.9ドルは下回っており、加盟35カ国中の順位は20位で昨年と同じだった。先進7カ国(G7)でも最下位が続いている。
 1人当たりの年間の労働生産性は8万1777ドルで、OECDでの順位は昨年と同じ21位。3位の米国(12万2986ドル)の3分の2の水準にとどまっている。
 同本部では化学や機械などの分野で米国の生産性を上回るなど、製造業では競争力があるが、小売業や運輸業などサービス産業で米国の半分程度しかないことが日本の生産性全体を低くしているとしている。
 今回の結果について東洋大学の滝澤美帆教授は「日本の生産性がG7で最下位なのは極めて深刻だ。能率改善などの取り組みよりも、日本の稼ぐ力を強化することでの生産性向上が重要だ」と強調する。
(12月20日、産経新聞)

労働生産性が低いのは、「生産力が上がらない」「労働力の投入量が多すぎる」ことに起因する。GDPが上がらないのは、低収益の企業が倒産せずに温存されているためだが、それは補助金や公的金融機関が充実していることと、労働基準法が機能していないことに起因している。そして、低収益企業は低収益をカバーするために、人件費を抑制しつつ、長時間労働を強いるため、さらに労働生産性が低下する構造になっている。他方、高収益の企業はAI/ロボット化を進めるため、労働生産性の格差が拡大する一方なのだが、日本では外国人技能実習制度に象徴されるように、政府・自治体と銀行と企業が一体となって低収益企業を温存、負のスパイラルに陥っている。

マクロで見た場合、日本のGDPは1996年が525兆円(名目)、450兆円(実質)で、2016年は537兆円(名目)、521兆円(実質)で、20年間で2%(名目)、15.7%(実質)の成長となっている。これに対し、アメリカは229%(名目)、158%(実質)に成長している。
一方、労働力の投入量を見た場合、日本は1996年の就業人口が6486万人、2006年で6465万人。総実労働時間は1996年が年間1912時間に対し、2014年で1729時間。ただ、労働時間は就業者全体の数字であり、正社員に限ると2000時間に達する上、サービス残業や自主的休日出勤は数えられていない。
これに対してアメリカは、就業人口が1996年で1億2672万人で、2016年が1億5144万人。総実労働時間は約1800時間のままで推移している。
結果、日本の労働生産性はOECD諸国で20位に対し、アメリカは3位となっている。
公的融資機関、政策減税、各種補助金が、市場の自由競争を阻害し、本来退出すべき不採算企業をゾンビ化させて生き残らせ、経済成長を低迷させている。この点、倒産の無い国営企業群が経済成長を阻害した社会主義国と似ており、公的融資機関、政策減税、各種補助金の縮小、廃止は不可欠だろう。実際、「福祉国家」と言われながら、いまも経済成長を続けているスウェーデンには、この類いのものは存在しないという。
そして、政治家が企業と官僚を仲介し、官僚が減税・補助金を出し、企業が官僚の天下りを受けつつ政治家に献金する、という「腐敗のトライアングル」が日本の成長を阻害して社会をむしばんでいる。旧民主党は、その初期にその打倒と改革を謳っていたはずだが、今では完全に取り込まれてしまって、見る影も無い。

低収益・不採算の企業が生き残るということは、市場適性の低い、無能な経営者がトップに居座り続けることをも意味する。アメリカの場合、トップが天文学的報酬を得る一方で、要求される水準を満たせなければ即クビにされる。日本の場合は、企業の存続を揺るがすほどの事態でも起きない限り、経営者の責任が問われることは無い(核惨事ですら責任は問われなかった)。そのため、企業内の昇進も、能力では無く、派閥や政治力学で行われる。その結果、東電、東芝、シャープなどを見れば分かるとおり、無能な執行部が適切な対応を打てずに、延々と責任回避に終始する始末になっている。

また、日本のサービス業に象徴される通り、低価格・低収益の飲食店や小売店が乱立しているため、供給過剰となって低価格化に拍車が掛かると同時に、労働力不足が常態化している。そして、低収益であるが故に収益を上げるためには「薄利多売」する他なく、さらに出店を増やし、長時間労働を強要、低価格化と労働力不足を加速してしまっている。その労働力不足を解消するために、政府は外国人「留学生」と「技能研修生」を動員しているが、本来市場から退出すべき低収益事業を存続させ、低価格化を加速させ、労働市場の劣化(賃金低下と長時間労働)を招くだけに終わっている。
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これを解決するためには、低収益・不採算企業の市場退出を促進させつつ、労基法の適用を強化したり、三六協定を廃止して残業を原則禁止するなどして、長時間労働や休日出勤あるいはボランティア労働を抑止する必要がある。
例えば、東京マラソンの場合、約1万人のボランティアが運営を担っているが、そのうち自発的に応じたボランティアは半分程度で、残りの半分はスポンサー企業などからの勤労動員による「ボランティア」で賄われている。つまり、公募で足りない要員を、スポンサー企業が社員に強制的に有給休暇を取らせてボランティアに応じさせているのが実情で、低生産性の象徴的事例と言える。

「なすべきこと」は明確なのに何もしないのは、政治の怠慢でしかない。
posted by ケン at 00:00| Comment(4) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする