2018年03月30日

自民党内ですら難航する改憲・続

【9条改正案から「必要最小限度」削除へ 自民、自衛隊定義で調整】
 自民党憲法改正推進本部(細田博之本部長)は19日、憲法9条の改正案に関し、自衛隊の定義として書き込む予定にしていた「必要最小限度の実力組織」という文言を削除する方向で調整に入った。党内では、「必要最小限度」の範囲をめぐる新たな憲法解釈の論争を巻き起こしかねないとの批判が出ていた。
 推進本部は22日の全体会合で、戦力不保持などを定めた9条2項を維持し、「必要最小限度」の文言を入れずに自衛隊を明記する案を説明したい考えだ。その上で、憲法改正案を示す25日の党大会に向けて意見集約を図り、細田氏への一任取り付けを目指す。
 推進本部の細田氏や根本匠事務総長らは19日、党本部で9条改正案の取りまとめ策を協議した。出席者によると、過去の国会答弁から「『必要最小限度』と書かなくても『戦力でない』という自衛隊に関する解釈が変わるわけではない」と判断した。
 推進本部は15日の全体会合で、9条改正に関する7案を示した。このうち、9条2項を維持した上で「9条の2」を新設し「必要最小限度の実力組織として、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」と明記する案をベースに意見集約する方向だった。「必要最小限度」の文言を書き込むことで2項が禁ずる「戦力」ではないと明確化する狙いがあった。
 しかし会合では、2項の削除を主張する石破茂元幹事長が「『必要最小限度』(の範囲)を誰が判断するのか」などと執行部案に異を唱えた。
 2項維持に賛同する別の議員からも「また、(自衛隊は)何ができる、できないと(いう論争を)ずっとやることになる」と反論が続出した。このため細田氏は15日の一任取り付けを断念した。
(3月20日、産経新聞)

先に本ブログで指摘した通りの展開になっている。
結局のところ、解釈改憲をはるかに超えて海外派兵の既成事実化や集団的自衛権の法整備を進めてしまったので、憲法改正についても「ちょっと書き足す」くらいでは事実に追いつかなくなっているのだ。

だが、9条2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を削除した上で、新たに設ける項目に「必要最小限度」などの明記を避けた場合、「最小限度の実力とは何か」「攻撃兵器は違反では」などの議論はなくなるかもしれないが、今度は無制限の軍拡が可能になり、全て政治の裁量下に置かれてしまうことになる。

例えば、1918年のロシア革命干渉戦争(シベリア出兵)において、日本は日英同盟に基づく集団的自衛権を発動して、革命勃発中のロシアに軍事介入、7万4千人を極東ロシアに上陸させて、イルクーツクまで進出、約40万人からのロシア人等を殺戮している。
現状でも、仮にNATO軍がウクライナに進駐、ロシア軍と衝突して、日本に出兵要請がなされたとしたら、良く似た情勢に陥るだろう。ウクライナが日本と「密接な関係」を持つと判断され、北海道の防衛に重大な影響が出るとの分析が出され、ウクライナとNATOから正式な要請があり、総理が「総合的に判断」して国会が承認すれば、「自衛隊」が宗谷海峡を越えて樺太に上陸すると同時に日本海を渡って浦塩に上陸、ハバロフスクに向けて進撃を開始する、ということになるかもしれない。第二次シベリア出兵である。原発を再稼働できずエネルギーの安定供給に不安を抱える現代日本としては、シベリアの天然ガスを独占する好機となろう。また、北方領土の奪還は日本政府の「悲願(笑)」である。その誘惑を自ら否定できるほど日本の政府や政党は成熟していない。

安全保障政策は、国際情勢によって大きく左右するだけに、非武装中立を宣言するのでもない限り、憲法で規定するのは避けた方が良い。本来であれば、国防法と国防方針で規定すべきもので、現状の自衛隊法は以下のように定めている。
第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。
2 自衛隊は、前項に規定するもののほか、同項の主たる任務の遂行に支障を生じない限度において、かつ、武力による威嚇又は武力の行使に当たらない範囲において、次に掲げる活動であつて、別に法律で定めるところにより自衛隊が実施することとされるものを行うことを任務とする。
一 我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に対応して行う我が国の平和及び安全の確保に資する活動
二 国際連合を中心とした国際平和のための取組への寄与その他の国際協力の推進を通じて我が国を含む国際社会の平和及び安全の維持に資する活動
3 陸上自衛隊は主として陸において、海上自衛隊は主として海において、航空自衛隊は主として空においてそれぞれ行動することを任務とする。

これを読んでも、「武力の行使に当たらない範囲」で集団的自衛権の行使や海外派兵が可能になっており、「武力の行使とは何を意味するのか」という神学論争が起こる余地を残していることが分かる。定義が無いのだから、第二次シベリア介入を強行して「住民保護であって武力行使には当たらない」と言い張ることも不可能では無い。

言ってしまえば、憲法問題は義務ではなかった宿題を先送りにしてきた結果、宿題が山のように積み上がってしまって、途方に暮れているような状態にある。
posted by ケン at 12:13| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月29日

『PSYCHO-PASS サイコパス』化する中国

【China to bar people with bad 'social credit' from planes, trains】
China said it will begin applying its so-called social credit system to flights and trains and stop people who have committed misdeeds from taking such transport for up to a year.
People who would be put on the restricted lists included those found to have committed acts like spreading false information about terrorism and causing trouble on flights, as well as those who used expired tickets or smoked on trains, according to two statements issued on the National Development and Reform Commission’s website on Friday.
Those found to have committed financial wrongdoings, such as employers who failed to pay social insurance or people who have failed to pay fines, would also face these restrictions, said the statements which were dated March 2.
It added that the rules would come into effect on May 1.
The move is in line with President’s Xi Jinping’s plan to construct a social credit system based on the principle of “once untrustworthy, always restricted”, said one of the notices which was signed by eight ministries, including the country’s aviation regulator and the Supreme People’s Court.
China has flagged plans to roll out a system that will allow government bodies to share information on its citizens’ trustworthiness and issue penalties based on a so-called social credit score.
However, there are signs that the use of social credit scoring on domestic transport could have started years ago. In early 2017, the country’s Supreme People’s Court said during a press conference that 6.15 million Chinese citizens had been banned from taking flights for social misdeeds.
(3月16日、ロイター通信)

日本語のニュースが無いため、英語の記事から。こうした事態は今後も増えそうだ。
要は、中国は今年5月より、「社会的信用」の低い人物を特定、高速鉄道や航空便の利用を最大で一年間禁止する措置を科せるシステムを導入するというもの。中国では、飛行機や新幹線に乗る際にも身分証を提示する必要があり、このIDには「フライトにおいて迷惑行為を起こした」「誤ったテロ等の情報を拡散した」「電車や飛行機の中で喫煙した」「過去に科された罰金を納めていない」「社会保険料を納めていない(事業者)」などの情報が記録され、その程度によって処分が科される仕組みになっている。フライトの利用禁止処分については、すでに実施されており、その制度が拡充された格好だ。

【参考】PSYCHO-PASS サイコパス

中国政府は「社会的信用システム」の導入を決定、2020年までに実施するとして、現在30都市で実験運用されているという。「社会的信用」は、「慈善事業に参加した」「公共料金を延滞せずに納めている」「違反行為が無い」などのプラス評価と、「違反・犯罪履歴」「公共の場で迷惑行為を行った」「SNSで政府を批判した」などのマイナス評価が、全国民のIDに記録され、AIが総合的に評価、良い評価の場合は公共サービスに関する優遇措置が得られるようになり、逆に悪い評価の場合は、公務員になれない、公共事業を受注できない、公共交通の利用に制限が課される、銀行ローンが借りられなくなるなどの措置が課される。

これは確かに従来の西側自由主義の基準からすると、「あり得ない」くらいに野蛮な、自由を阻害するシステムである。
しかし、全体主義の側に立った場合、このシステムの導入により、「法規に反した行政権の行使」「不公正な司法判断」「商業上の詐欺行為(偽造品や有害物の販売を含む)」などを極小化する効果が見込まれ、腐敗と非効率の根源である人治主義から法治主義への脱却を図ることができる(かもしれない)。ある意味で、法家思想の究極型と言えよう。

中国にはもともと天賦人権論の考え方が薄弱で、あるのはいかにして「自由の蛮性」と利己主義を統御しつつ、一定程度の「文明の自由」を確保するか、という考え方で、「社会信用システム」もこの発想に基づいていると考えられる(中国でその理論的背景を教わる機会があると良いのだが)。商鞅、韓非、李斯が生きていたら、どう評価しただろうか。

実際のところ、日本のように権力に近いものの犯罪行為が放置され、司法や行政の不公正が蔓延する日本社会から見ると、国家レベルでAIが公正に判断し、一定の基準を問答無用に全適用するという、中国の手法は「自由よりも公正を選んでいるだけ」なのかもしれない。

そして、日米欧が中国を非難できるほど、プライバシーや人権を守り続けられるかはかなり微妙な情勢にある。アメリカで施行された「愛国法」に基づく全世界での盗聴活動や、最近暴露されたフェイスブックによる治安当局への情報提供・協力など市民から見えないところで監視活動を強めている日米欧に比べた場合、一定の基準を明確にした上で、個々の官僚の裁量を極小化してAIに丸投げしようという中国の手法の方が公平で分かりやすいだろう。
同時に、天賦人権論を否定する勢力が、日本の自民党内や保守派で広がりつつあるのも非常に興味深い現象と言える。

それにしても、実際に体験・観察したくなってしまうのは、全体主義学徒の性としか言い様が無いけどw
posted by ケン at 12:37| Comment(0) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月28日

佐川証人喚問は不発だったが

【<証人喚問>与党「森友」収束急ぐ 「官僚の責任」論を展開】
 政府・与党は、27日の証人喚問で佐川宣寿前国税庁長官が学校法人「森友学園」への国有地売却問題に関し首相官邸の指示を明確に否定したことを受けて早期の幕引きを図りたい考えだ。しかし、佐川氏が決裁文書改ざんの理由など核心部分の証言を拒否したため「疑惑は深まった」と野党は批判。与党内にも佐川氏の証言だけで、国民の疑念を晴らすことはできないとの声がある。
「(首相官邸は)何もしていなかったから、なかったということだ」。菅義偉官房長官は27日の記者会見で、官邸からの指示を否定した佐川氏の証言についてそう語った。安倍晋三首相は同日夕、官邸で記者団から「証人喚問が終わりましたが」と声をかけられたが、「どうも」とのみ返答し、コメントしなかった。
 政府・与党は、国有地売却を巡る一連の問題を「官僚の責任」として切り離し、首相や麻生太郎副総理兼財務相の責任を問う声を抑えてきた。佐川氏の証人喚問に応じたのも、証言を通して官邸の関与や忖度(そんたく)がなかったことを印象付ける狙いがあったからだ。
 実際に27日の証人喚問の与党質問はこうしたシナリオに沿った展開となった。自民党の丸川珠代参院議員は、首相と妻昭恵氏からの指示についてそれぞれ「ありませんでしたね」と確認するように尋ね、佐川氏は「ございませんでした」と応じた。さらに、丸川氏は、菅氏や首相秘書官、麻生氏についても「指示はありましたか」とそれぞれ尋ね、佐川氏は「ございませんでした」を繰り返した。
 終了後、自民党の森山裕国対委員長は「多くの疑念が解消された」と強調。野党が求める昭恵氏らの証人喚問は「関知していないことははっきりし、必要はない」と断言した。
 政府・与党は28日に2018年度予算案を成立させたうえで、働き方改革関連法案など重要法案の審議に入りたい考えだ。首相は4月中旬に訪米、5月下旬に訪露の予定。北朝鮮問題への対応など外交に焦点を当て、支持率回復を狙う考えだ。
 ただ、自民党の石破茂元幹事長は「誰が、なぜ、ということが一切分からない極めて異例な証人喚問だった」と指摘。昭恵氏の関与を否定したことについても「全くそういうことはなかったと言い、でもそれを理財局職員に確認したわけでもないと言う。一体何だったのだろうという思いを強めた印象だ」と語った。
 公明党の山口那津男代表は「理財局の中で(改ざんが)行われたことを(佐川氏が)はっきり認めた」と述べ、証人喚問の意義を認めたうえで、「誰がどういう理由で行ったかについて触れなかったのは極めて残念な対応だ。実態解明に向け国会として努力していかなければならない」と強調した。
(3月27日、毎日新聞)

予想通りと言えば予想通りだったが、佐川前理財局長の証人喚問は不発に終わった。自分も院内中継で見ていたが、与党議員は「総理などの関与は無かったんですね」と誘導尋問を連発、「政治家の関与は無かった」証言を勝ち取った。
他方、野党議員は二百三高地に向かって正面突撃を繰り返すような有様で、「疑惑が増した」「証言拒否」と言うのが関の山だった。ゲーム的には、野党側の完全敗北である。

ボスには苦言を呈したのだが、証拠が出そろってないにもかかわらず、野党側が証人喚問、証人喚問と大騒ぎした結果だった。欧米の刑事ドラマを見れば一目瞭然だが、証拠を積み上げて、相手の逃げ道を封じた上で、事実確認を迫るからこそ、相手も罪を認めるのだ。ところが、日本の警察も政治家も状況証拠を提示して、自白を迫るだけで、警察の場合は長期拘留と拷問によって自白を引き出すわけだが、国会の証人喚問は、今回の場合、一人5〜15分の持ち時間しかなく(答弁時間を考えると実質半分)、「無理ゲーにもほどがある」状態だった。

これなら下手に質問するよりも、佐川氏は高橋和巳を愛読していたらしいから、『孤立無援の思想』とか『堕落』を読み上げて、心理戦で氏の心を折りにいった方が良かった(戦術的に妥当)のである。

とはいえ、戦術的には政府・自民党の圧勝だったとは言えるが、全体的には、現行のリベラル・デモクラシーと官僚制度に対する信頼を失墜させ、政府内に腐敗が蔓延し、政官業の癒着構造の腐臭が強まっているにもかかわらず、「国権の最高機関」である国会がいかなる自浄能力も発揮できなかったことを露呈してしまった。
確かに佐川氏は議会証言法のルールに則って証言を拒否したわけだが、結果として証人喚問に求められる統治機構の自浄能力を阻害するところとなった。言うなれば、一プレイヤーが勝利のためにルールを悪用(穴を突いた)した結果、ゲームそのものが台無しになってしまったのである。
官僚も自民党議員も自覚していないだろうが、連中は自分が助かろうとして、無自覚のまま自分の首にロープをかけてしまったのだ。
皇帝への権力集中は、社会統治者集団としての官僚の独自性を消滅させ、彼らは皇帝の私的隷属者に成り下がっていく。皇帝の意を代行する最高の私的隷属者である宦官の下に、権力は集中することになる。(中略)明代に典型的に見られるようになった皇帝への権力集中と、行政の無責任化・統治能力の低下とが、じつは表裏一体の関係にある……
足立啓二『専制国家史論−中国史から世界史へ』(筑摩書房)

あれ?自分は確か中国研究を始めたはずなんだけど……
posted by ケン at 12:20| Comment(6) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月27日

国会議事録も改ざん

【自民・和田氏の「政権おとしめる」発言、会議録から削除】
 自民党は20日、参院予算委員会理事会で、和田政宗参院議員が19日の委員会で、財務省の太田充理財局長について「民主党政権時代の野田総理の秘書官も務めており、増税派だからアベノミクスをつぶすために、安倍政権をおとしめるために意図的に変な答弁をしているのか」と述べた発言の一部を会議録から削除するよう求め、了承された。
 発言について、19日の理事会で野党が「公僕への侮辱」と抗議していた。これを受け、和田氏が削除することに同意したという。20日の衆院財務金融委では、「部下が辱めを受けたことに抗議すべきだ」とただした希望の党の大西健介氏に対し、麻生太郎財務相が「その種のレベルの低い質問はいかがなものかと、軽蔑はします」と和田氏を批判した。
 自民党は、渡辺美樹参院議員が過労死の遺族が出席した13日の予算委中央公聴会で、「週休7日が人間にとって幸せなのか」などと述べた発言についても削除を求め、了承された。渡辺氏は遺族から抗議を受け、謝罪。自ら会議録からの削除を求めたという。
(3月20日、朝日新聞)

いやいや、そんな簡単に議事録を改ざんしちゃあダメだろう!
確かに、議事録は速記したものを原稿化した上で議員に送られ、言い間違えや数字の間違えなどを訂正、承認を受けて議事録に登録される。

国会の議事録は、本ブログでもたびたび引用しているが、ある法律が立法化される過程で、何故それが提起され、立法府においてどのような疑問や問題点が指摘され、提案者(日本では主に政府)がどのように答弁したかを明らかにすることで、意思決定過程の検証を可能にするためにある。ソ連共産党もスターリン期などの一部の時期を除いて政治局の議事録が存在するからこそ、後世の検証が可能になっている。

【参考】
・治安維持法は言論弾圧法ではなかった?!
・また発見!
・ソ連のアフガニスタン介入における意思決定過程
・「プラハの春」−ソ連の対応と誤算

議事録を何でも修正可能にしてしまえば、いくらでも改ざんできることになり、歴史的検証に耐えるものではなくなってしまう。従って、明らかな言い間違えや数字の間違えなどを除いて、たとえ名誉毀損の内容であれ、いかなる削除も許されるべきでは無い。むしろ、「不適当」な内容の質問や答弁を残すことにこそ、議事録の意味があるからだ。

今回の議事録改ざんが政党間の合意の上でなされたことは、国会の自殺行為であり、日本の統治システムがもはや歴史的検証にすら耐えられないレベルにまで堕していることを示している。
posted by ケン at 12:08| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月26日

困難増す今国会での改憲発議

【審議遅れ…今国会での改憲発議は困難に】
 自民党憲法改正推進本部は「改憲4項目」の意見集約を急いでいるが、想定した25日の党大会での条文案発表は困難な見通しだ。国会発議に向けた今後のスケジュールが焦点になるが、財務省の決裁文書改竄(かいざん)問題で国会審議が遅滞し、衆参両院の憲法審査会で集中的に議論する道筋も描けない。6月20日に会期末を迎える今国会での改憲発議は厳しい状況となっている。
 推進本部は(1)教育の充実(2)参院選「合区」解消(3)大災害時などの緊急事態条項(4)憲法9条への自衛隊明記−の改憲4項目を議論してきた。このうち緊急事態条項では、執行部が当初、公明党や野党との意見調整も見据え、国会議員の任期延長に絞る案を模索した。しかし大災害時に政府へ権限を集中する案などを盛り込むべきだとの声が強まり、結論は細田氏に一任したまま先送りされた。
 自民党は平成30年度予算案が成立する今月末以降、衆参憲法審査会を集中的に開き、公明党とも与党協議を進める考えだった。また9月の党総裁選後に開かれる秋の臨時国会で発議し、年内から来年早々に国民投票にかける案も想定していた。だが、文書改竄問題で安倍晋三政権が揺れており、今後のスケジュールはなかなか見通せない。安倍首相(自民党総裁)は15日夜、当選1回の党参院議員十数人と公邸で会食した際、推進本部で議論している憲法改正に関し「国会議員として真剣に考えてほしい」と呼び掛けた。
(3月16日、産経新聞)

安倍総理は「2020年に新憲法を(新天皇の下で)施行したい」と述べているが、そのためには今年中に改憲案を国会に上程し、来2019年の通常国会で審議、成立させ、夏か秋には国民投票にかける必要がある。ところが、自民党内ですら改憲案がまとまらない現状では、なかなかにハードルの高い日程となっている。
(自民党内ですら難航する改憲)

改憲議論は、おおむねケン先生の見込み通りに推移している。先日、上海で日本研究者向けに講演し、この点にも触れたが、何とか面目を保てている。

安倍総理的には、「衆参両院で3分の2を確保し、2019年夏の参院選まで時間を確保したから、この機会がほぼ唯一の改憲チャンスとなる」と考えていたと思われるが、「満を持し」た結果、権力集中と権力行使による腐敗も「満を持し」てしまったところが、想定外だったのだろう。

日本は憲法改正に非常に高いハードルを設けている。これは、戦後デモクラシーが、日本国民・人民の力と運動によって実現したものではなく、アジア太平洋戦争の休戦条約の条件として導入されたものであるため、明治帝政への回帰を防止するシステムが必要だったためだ。実際、この高いハードルが無かったら、1950年代には改憲がなされ、再軍備と権威主義の復興が実現していた可能性は十二分にあった。だが、1960年代以降の高度成長によって、改憲を求める声は保守派内でも萎んでいった。

しかし、1990年代以降、日本をめぐる安全保障環境は大きく変化し、憲法九条の前提条件である「国連軍に替わるアメリカ軍の常時駐留」が困難になりつつある。特に昨今は日米両国の財政難により、アメリカは日本にさらなる負担を求め、日本は増税と負担増で対応するところとなり、現状維持はさらに困難を増している。それだけに、憲法を改正して、自前の軍事力で国土防衛をなし、米軍の常時駐留を解除する方向性は不可避の情勢となっている。ただ、その後も日米同盟関係を維持するか、中国を中心とする集団安全保障体制を構築するか、については議論の分かれるところだ。
この点、「在日米軍+憲法九条」あるいは「憲法九条+米軍撤退」を謳う旧式左翼・リベラル派の主張は「対案なき理想主義」になってしまっている。

憲法改正は非常に大きな政治的リソースを必要とする上、条件が非常に高く設定されているため、自民党の一部で言われているような、「今回は小さな改正に止めておけば、次回以降は改正しやすくなるはず」などという意見は現実離れしている。今後は、さらに経済環境や国民生活が悪化、社会保障の切り下げも進められるだけに、今回のように政権党が衆参両院で絶対多数を保持し、総理が強大な権力を有する機会は二度と訪れない可能性すらある。

日本の不幸は、国際環境の変化に伴う九条改正が求められる現状にあって、それを推進するのが、帝政と侵略戦争を美化し、東京裁判の無効を訴える極右勢力である点にある。同時に、ケン先生が主張する「天皇制を廃止、共和制を実現した上で、再軍備・国民皆兵制をなす」ような、近代的共和主義者が殆ど皆無であり、左翼・リベラル層は「軍備なき天皇制」という理想主義的君主制論者で占められてしまっている点に、どこまでも救いが無い原因が求められる。

どうにも一度完全にひっくり返らない限り、ケン先生の政治的居場所は無いようだ。
posted by ケン at 12:31| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月25日

ドラマ・エカテリーナ



国営「ロシア1」が2014年に制作した、女帝エカテリーナ2世の生涯を描く大河ドラマ。現在壮年期を描いた「2」までが公開されている。日本ではスカパー!のチャンネル銀河で2月から放送。韓国・中国のドラマが専門だと思っていたが。ロシアでは、40%とも50%とも言われる視聴率を獲得している。

本国版を見た人の中には「フィクションの多いメロドラマ」と評価する人もいたのだが、自分が第一クールを見た限り、ほぼほぼ史実を忠実に再現しており、むしろ独自解釈を少なくしているように見えた。最近の日本の大河ドラマよりはるかに誠実なつくりである。「男を取っ替え引っ替え」は史実通りなので、それを「メロドラマ」と評してしまうと、このドラマ自体が成立しなくなってしまうだろう。もっとも、女帝役のマリーナ・アレクサンドロワ(NHK『坂の上の雲』にも出演)は30代前半で3度目の結婚をしたというから、似た部分もあるのかもしれない。

英ドラマ『ウルフ・ホール』ほどは洗練されていないものの、基本的に重厚なつくりで、かつロシア芸術特有の分かりにくさは最小限に抑えられており、少なくとも池田理代子先生の『女帝エカテリーナ』を読んでいれば前提条件はクリアできる。先生も「一晩で一気見した」と述べておられる。

最大の魅力は「本物を使っている」ことで、ペテルゴフの宮殿(今はエカテリーナ宮として知られる)と庭を中心にロマノフ王朝の宮殿の実物で撮影されているだけに、再現力がハンパ無い。最近のセットはリアルになっているとはいえ、やはり本物の魅力(豪華さ)にはかなわない。私などは実物を何度も見ているだけに感動ものだ。
18世紀の軍服を中心に宮廷ファッションや調度品も楽しめるし、音楽や料理の再現にもこだわりが見られ、バッハ好きとしてはたまらないものがある(フリ−ドリヒ大王の宮廷にC.P.E.バッハがいる)。

特筆すべきは俳優のレベルの高さで、中にはアイドルっぽい者もいるのだが、プロの役者の高い演技力が歴史ドラマの厚みを支えている。中でも、第一クールの実主人公とも言えるエリザヴェータ女帝役のユリヤ・アウグと、そのパートナーであるラズモフスキー侯爵役のアレクサンドル・ラザレフの存在感が素晴らしい。皇太子役(後のピョートル三世、エカテリーナの夫)のアレクサンドル・ヤツェンコも、難しい役どころを違和感なく演じている。秘密警察長官シュヴァーロフ伯爵役のニコライ・コザックも「いかにも」な感じだ。

昨今の日本の大河ドラマは学芸会にしか見えず、演劇としては見るに堪える水準にないが、ロシアの場合、演劇の裾野が非常に広く、それが映画やドラマにまで反映されている。
例えば、ユリヤ・アウグはレニングラード国立舞台芸術大学、アレクサンドル・ヤツェンコはロシア演劇芸術大学(モスクワ)、アレクサンドル・ラザレフはモスクワ芸術座附属高校演劇科を出て、兵役を務めながら軍劇場で役者を担っていた。旧ソ連・東欧圏には、どこにも演劇大学や映画大学がある上、軍隊にすら専門の劇団や映画制作部門があり、文字通り国を挙げて取り組んでいる。モスクワ芸術座附属高校演劇科などは大祖国戦争中の1943年に設立されている。赤軍劇場(現ロシア軍劇場)が設立されたのは、スターリン期の1930年である。

日本に目を向けた場合、演劇大学は一つもなく、わずかに日大芸術学部に演劇学科がある程度という、お寒いどころか、江戸時代から殆ど進歩していない。フランスとロシアに住んでいた私が見ると、学芸会にしか見えないのは、あまりにも演劇のインフラが貧弱すぎるためだろう。

敢えて難点を指摘するなら、劇中の台詞が全て現代ロシア語で話されていることで、私のような外国人からすると、字幕無しでも十分理解できるくらいの分かりやすさがあるのだが、言うなれば現代の日本語で時代劇を演じているようなものなので、「そこはそれでいいんきゃ?」と思わなくも無い。
例えば、英『ウルフ・ホール』や仏『王立警察 ニコラ・ル・フロック』では、それなりに当時の語感を反映させた「時代劇語」を使っているので、私程度の仏語能力では『ニコラ・ル・フロック』はサッパリ聞き取れなかった。
むかし普段日本人と全く齟齬無く会話できる「日本語超上級」の留学生に、『鬼平犯科帳』や『仁義なき戦い』を見せた時も、みな「全く聞き取れない」と話していたことが思い出される。

話が飛び飛びになってしまったが、とにかくロシア好きにはたまらない一品であることは間違いない。

【追記】
劇中、M同志に良く似ているイケメン貴族が出てくるのだが、フレデリーケ(後のエカテリーナ)の母親を誘惑して情報をとる任務をエリザヴェータ帝に命令されていて、つい「同志もこの時代に生まれるとこんな仕事させられるのか」と、つくづく貴族やイケメンなどに生まれるものでは無いと思った次第。本ドラマを見て、「お姫様になりたい」とか「前世はお姫様だった」などと言い出すものは一人もいなくなるのではないか。
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2018年03月24日

口封じ用の退職金?

【佐川氏の退職金4999万円】
 財務省の矢野康治官房長は20日の参院財政金融委員会で、今月9日に辞任した佐川宣寿前国税庁長官の退職金が規定により約4999万円になることを明らかにした。学校法人「森友学園」への国有地売却問題に絡む懲戒処分に伴い、約66万円が減額される。現時点では支払われていないが、決裁文書をめぐる改竄(かいざん)問題の調査で、追加の懲戒処分が下されれば、さらに減額される可能性もある。
 民進党の古賀之士氏への答弁。佐川氏の勤続年数は36年で、退職理由は「自己都合」扱いとなっている。
 佐川氏は9日付で辞任し、「行政への信頼を損なった」として「減給20%、3カ月」の懲戒処分も受けた。財務省は、佐川氏辞任後の12日に文書書き換えを認めており、麻生太郎財務相は、今後の調査結果次第で、佐川氏に追加の処分を下す考えを示している。
(3月21日、産経新聞)

こんな時にわざわざ退職金額が「公表」されてしまうのは、どう考えても「退職金はほぼ満額出してやるから、余計なことはしゃべるなよ」という口封じだよなぁ。どこまでも腐りきってる。

それにしても、森友問題の本質は「自民党と官僚がグルになって国有財産をオトモダチで山分けしていた」ことにあるはずなんだけど、いつの間にか公文書改ざんに集約されてしまっているような。野党も目先のことしか見えていない。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする