2018年03月08日

上海上陸!

初めて上海と杭州を訪問。就活の一環だったが、最終契約には至らず、結論は持ち越しとなった。だが、同地で唐突に新たなオファーもいただき、高度成長のパワーは見張るべきものがある。
今回の渡航は必須のものではなかったが、やはり自分の目で確認したいことが多く、実際、耳で聞くものと目で見るものには大きな違いがあった。

上海市中心部の見た目は東京と殆ど変わらず、むしろ全てが新しいだけにきれいに見える。地下鉄は18本も走っている上、今回は機会が無かったが、浦東空港から市内まで7分で繋ぐリニアモーターカーもある(地下鉄だと1時間半)。ホテルの設備やサービスも殆ど日本と変わらず、従業員はチップの受け取りすら拒否した(それなりに良いホテルだったからだろうが)。
大都市だからだろうが、長年一人っ子政策を続けてきた割に若い人が多く、東京ですら圧倒的に高齢化が目立つ日本とは違う。

ただ、相応に物価も上がっており、スタバ、マクドナルド、ハーゲンダッツなどは日本よりも高いし、市中心部だとチェーン系の外食店でも日本と同じくらいの値段になる。目に見えて安いのは交通費くらいだろう(地下鉄初乗り3元=50円強)。住居費に至っては、東京よりも高いらしく、皆どうやって暮らしているのか謎だ。

最終日に予定していた日程が前倒しになったことから、丸一日だけ上海を観光できた。取りあえず行きたいところを無謀にもエリアに関係なく強行軍で訪問した。

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フランス租界にあった孫中山先生の居宅。微妙に警戒が厳重な気がするが、訪れる人は少なく、私以外に一人二人だった。
晩年を過ごした家で、租界時代の上海建築が良く残されており、映画のセットのように思える。孫文の遺品や宋慶齢との思い出の品など、なかなか興味深い。日本で結婚したので、日本語の婚姻証明書があった。

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1937年8月23日、第二次上海事変において、日本陸軍歩兵第六連隊(名古屋)と六十八連隊(岐阜)が上陸した呉淞鎮。同埠頭は、現在でも日本行き豪華客船の発着場として使われている。長江と黄埔江をつなぐ重要地点であることを目で確認。撮影した塔の真下が抗日戦争記念館になる。記念館の展示はあまりパッとしない。
ガイドブックにも載っていないので、行き方を教えてもらって地下鉄で行ったが、文字は読めるので乗り換えや下りる駅を間違えることもなく安心。

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観光地らしい観光地の七宝。上海では珍しい、古い街並みの雰囲気を残している。地下鉄で行ける範囲なので、東京の浅草みたいなものか。狭い路地に食べ物屋ばかりが並び、人の波を流しつつ進む。とりあえず「いかにも中国」を楽しんだということで。

【追記】
第二次上海事変については別途稿を起こすかもしれないが、日本軍は20万人以上、中国軍は60万人以上を投入し、約二カ月にわたって陣地戦が繰り広げられ、日本側は4万人以上、中国側は25万人以上の戦傷者を出した。歩兵第34連隊(静岡)などは当初動員3800名に対し、3456名の戦死傷者を出し、出征から上海戦後まで無傷だったものは数えるほどしかいないという大損害を出している。
posted by ケン at 12:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする