2018年03月25日

ドラマ・エカテリーナ



国営「ロシア1」が2014年に制作した、女帝エカテリーナ2世の生涯を描く大河ドラマ。現在壮年期を描いた「2」までが公開されている。日本ではスカパー!のチャンネル銀河で2月から放送。韓国・中国のドラマが専門だと思っていたが。ロシアでは、40%とも50%とも言われる視聴率を獲得している。

本国版を見た人の中には「フィクションの多いメロドラマ」と評価する人もいたのだが、自分が第一クールを見た限り、ほぼほぼ史実を忠実に再現しており、むしろ独自解釈を少なくしているように見えた。最近の日本の大河ドラマよりはるかに誠実なつくりである。「男を取っ替え引っ替え」は史実通りなので、それを「メロドラマ」と評してしまうと、このドラマ自体が成立しなくなってしまうだろう。もっとも、女帝役のマリーナ・アレクサンドロワ(NHK『坂の上の雲』にも出演)は30代前半で3度目の結婚をしたというから、似た部分もあるのかもしれない。

英ドラマ『ウルフ・ホール』ほどは洗練されていないものの、基本的に重厚なつくりで、かつロシア芸術特有の分かりにくさは最小限に抑えられており、少なくとも池田理代子先生の『女帝エカテリーナ』を読んでいれば前提条件はクリアできる。先生も「一晩で一気見した」と述べておられる。

最大の魅力は「本物を使っている」ことで、ペテルゴフの宮殿(今はエカテリーナ宮として知られる)と庭を中心にロマノフ王朝の宮殿の実物で撮影されているだけに、再現力がハンパ無い。最近のセットはリアルになっているとはいえ、やはり本物の魅力(豪華さ)にはかなわない。私などは実物を何度も見ているだけに感動ものだ。
18世紀の軍服を中心に宮廷ファッションや調度品も楽しめるし、音楽や料理の再現にもこだわりが見られ、バッハ好きとしてはたまらないものがある(フリ−ドリヒ大王の宮廷にC.P.E.バッハがいる)。

特筆すべきは俳優のレベルの高さで、中にはアイドルっぽい者もいるのだが、プロの役者の高い演技力が歴史ドラマの厚みを支えている。中でも、第一クールの実主人公とも言えるエリザヴェータ女帝役のユリヤ・アウグと、そのパートナーであるラズモフスキー侯爵役のアレクサンドル・ラザレフの存在感が素晴らしい。皇太子役(後のピョートル三世、エカテリーナの夫)のアレクサンドル・ヤツェンコも、難しい役どころを違和感なく演じている。秘密警察長官シュヴァーロフ伯爵役のニコライ・コザックも「いかにも」な感じだ。

昨今の日本の大河ドラマは学芸会にしか見えず、演劇としては見るに堪える水準にないが、ロシアの場合、演劇の裾野が非常に広く、それが映画やドラマにまで反映されている。
例えば、ユリヤ・アウグはレニングラード国立舞台芸術大学、アレクサンドル・ヤツェンコはロシア演劇芸術大学(モスクワ)、アレクサンドル・ラザレフはモスクワ芸術座附属高校演劇科を出て、兵役を務めながら軍劇場で役者を担っていた。旧ソ連・東欧圏には、どこにも演劇大学や映画大学がある上、軍隊にすら専門の劇団や映画制作部門があり、文字通り国を挙げて取り組んでいる。モスクワ芸術座附属高校演劇科などは大祖国戦争中の1943年に設立されている。赤軍劇場(現ロシア軍劇場)が設立されたのは、スターリン期の1930年である。

日本に目を向けた場合、演劇大学は一つもなく、わずかに日大芸術学部に演劇学科がある程度という、お寒いどころか、江戸時代から殆ど進歩していない。フランスとロシアに住んでいた私が見ると、学芸会にしか見えないのは、あまりにも演劇のインフラが貧弱すぎるためだろう。

敢えて難点を指摘するなら、劇中の台詞が全て現代ロシア語で話されていることで、私のような外国人からすると、字幕無しでも十分理解できるくらいの分かりやすさがあるのだが、言うなれば現代の日本語で時代劇を演じているようなものなので、「そこはそれでいいんきゃ?」と思わなくも無い。
例えば、英『ウルフ・ホール』や仏『王立警察 ニコラ・ル・フロック』では、それなりに当時の語感を反映させた「時代劇語」を使っているので、私程度の仏語能力では『ニコラ・ル・フロック』はサッパリ聞き取れなかった。
むかし普段日本人と全く齟齬無く会話できる「日本語超上級」の留学生に、『鬼平犯科帳』や『仁義なき戦い』を見せた時も、みな「全く聞き取れない」と話していたことが思い出される。

話が飛び飛びになってしまったが、とにかくロシア好きにはたまらない一品であることは間違いない。

【追記】
劇中、M同志に良く似ているイケメン貴族が出てくるのだが、フレデリーケ(後のエカテリーナ)の母親を誘惑して情報をとる任務をエリザヴェータ帝に命令されていて、つい「同志もこの時代に生まれるとこんな仕事させられるのか」と、つくづく貴族やイケメンなどに生まれるものでは無いと思った次第。本ドラマを見て、「お姫様になりたい」とか「前世はお姫様だった」などと言い出すものは一人もいなくなるのではないか。
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする