2018年04月03日

機密を続々廃棄する政府

【<特定秘密>「1年未満」省庁が廃棄 政府にチェック要求】
 衆院の情報監視審査会は28日、昨年分の調査報告書を大島理森議長に提出した。重要な情報を指定している特定秘密文書にもかかわらず、保存期間を「1年未満」の扱いにすることで各省庁の判断だけで廃棄している現状は問題だと指摘し、政府内にチェック体制をつくるよう求めた。
 報告書によると、内閣官房、警察庁、防衛省など6省庁は2016年の1年間に特定秘密文書44万4877件を廃棄していた。いずれも保存期間1年未満だった。廃棄した文書の多くは、衛星写真など原本のある文書類の写しや暗号関連文書だったが、2万8272件は「別の文書に同様の情報が含まれる」ものの、写しではなかった。
 保存期間が「1年以上」の特定秘密文書を廃棄する場合には、政府内の独立公文書管理監と内閣府による二重のチェックを受ける。一方、「1年未満」は所管する省庁の判断で廃棄できる。
 審査会の会長の額賀福志郎・元財務相は1年未満の特定秘密文書の廃棄について「廃棄の際に一般の公文書と変わらない扱いになっており、特に慎重な判断がされていない可能性がある」と指摘した。
 報告書は特定秘密文書について(1)1年未満にできるのは別に原本のある文書の写しに限定し、それ以外の文書を1年未満にする時には省庁の内規に明記すること(2)1年未満の文書を廃棄する時も独立公文書管理監が検証・監察するよう運用を見直すこと−−を政府に求めた。
 ただ、独立公文書管理監が室長を務める内閣府情報保全監察室の担当者は取材に対し「権限以外のことはできない」と消極的な姿勢だ。政府の運用基準は1年未満のチェックを管理監の権限として明示していないが「独立公文書管理監は、必要があると認めるときは、特定秘密を含む資料の提出・説明を求めることができる」との記載もある。
(3月28日、毎日新聞)

法案審議中から懸念されていた「特定秘密の大量廃棄」が現実のものとなっている。
省庁は自分たちが所管する秘密文書について、一定のガイドラインはあるものの自分で保存期間を定められるので、これを「一年未満」にしてしまえば、実質「廃棄し放題」にできる。
もともと例外的運用を目途に設定されたルールが、拡大解釈されて一般化してしまうのはままあることだが、これは当初から指摘されていたものなだけに、「そんな使い方をされるとは思ってもみなかった」では済まされない。
むしろ一般公文書でも、「一年未満の特定秘密」に指定することで、廃棄することが可能になるだけに、いま問題になっている森友や加計関連文書もいくらでも廃棄することがルール的には可能になってしまっている。
自衛隊の日報が「保存期間一年未満」とされて、大量に廃棄され、海外派兵の実態が検証できなくなった問題が発生したのは、つい先日の話だ。
機密指定は数十年に及び、場合によっては永遠に秘匿され、後日研究者や市民が検証することすら許されない。現状ですら、外務省は北方四島をめぐるソ連とのあらゆる外交文書の開示を拒否しており、沖縄返還はおろか日米安保やサンフランシスコ講和条約をめぐるあらゆる密約文書の類は米国の公文書館で公開されているものでも、日本の外務省は「存在しない」と今日に至るまで秘匿を続けている。あらゆる密約文書を廃棄してきた外務省の行状を考えれば、この手の機密文書はあっという間に廃棄され、痕跡も残されない可能性が高い。
集団的自衛権と秘密保護法

NPO法人「情報公開クリアリングハウス」の調査によれば、外務省が廃棄した文書は1997年度には約200トンだったものが、2000年度には約1280トンも廃棄されている。これは情報公開法の施行を前に、公開すると不都合が生じるであろう情報が記載されている公文書を急いで廃棄したと見て良い。また、2010年12月23日の朝日新聞によれば、沖縄返還交渉の過程で交わされた外務省の機密電報3通が焼却処分されていたことが、外交文書公開で判明している。この電報は沖縄返還をめぐる密約に関係するものである疑いが濃い。特定秘密に指定され、存在するかどうかも一般国民には分からない文書が、秘密指定解除される前に廃棄されたとしても、誰も確認できない仕組みであることを肝に銘じておくべきだ。
秘密保護法は修正後成立へ

44万5千件もの特定秘密が公表されないまま廃棄されているということは、その数だけ政府が国民・納税者に報告できない悪事・腐敗を抱えていると考えて良い。

この問題の背景には、首相と政権党に権限を集中させた結果、政府、官邸、政権党の癒着構造が強化されてしまったと同時に、国会でも政権党が絶対多数を有して少数野党からの追及が困難になって、行政に対するチェック機能や行政内の内部告発機能が機能しなくなっていることがある。
その政権党にしても、先の総選挙で自民党が得た1800万票に対して、野党第一党の立憲民主党は1100万票を得ているが、その議席数は300 vs.50と全く民意を反映しておらず、相対多数票を得た自民党が国会で絶対多数議席を持ち、その公認権は総理・総裁一人に帰属しているため、誰も逆らえない、要はチェック機能が働かない状況が現出している。
まさに先に挙げた足立先生の指摘が現代日本で生じているのだ。
皇帝への権力集中は、社会統治者集団としての官僚の独自性を消滅させ、彼らは皇帝の私的隷属者に成り下がっていく。皇帝の意を代行する最高の私的隷属者である宦官の下に、権力は集中することになる。(中略)明代に典型的に見られるようになった皇帝への権力集中と、行政の無責任化・統治能力の低下とが、じつは表裏一体の関係にある……
足立啓二『専制国家史論−中国史から世界史へ』(筑摩書房)

政治と政府に対する信頼失墜、そして民意を反映しない選挙制度は、今後急速に国政選挙の投票率を下げて行くものと見られる。戦後民主主義は遠からず終焉を迎えることになりそうだ。
posted by ケン at 12:28| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする