2018年04月10日

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書


『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』 スティーブン・スピルバーグ監督 アメリカ(2017)

ヴェトナム戦争真っ最中の1971年6月、NYタイムズとワシントンポストが米国防省の最高機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」をすっぱ抜く。これは、撤兵を掲げて当選した共和党のニクソン大統領の下で作成された報告書で、1950年代からのヴェトナム戦争に至る経緯と戦争の経緯や分析などを網羅していた。中には、秘密工作、情報操作、プロパガンダ、情報隠蔽なども無数にあり、60年代半ばには勝利の見通しが立たない旨の報告もなされていた。

本作は、ワシントンポスト紙を舞台に、編集部が同文書を入手する経緯、その掲載をめぐって、ホワイトハウスや司法省からの圧力、経営陣との対立、政府有力者と記者の信頼関係との葛藤を描く。当時、同紙の社主は、亡き夫から経営権を継承した元専業主婦で、様々な圧力や葛藤とともに女性蔑視とも戦わなければならなかった。

様々な情報が秘匿、隠蔽され、政府と報道が癒着して「報道の自由」が先進国最低レベルとなっている日本に住むものとしては、まさに「耳が痛い」話。報道の自由と独立性、司法の自立と権力の分立、差別と戦う女性、反戦運動など様々な要素が盛り込まれている。

作品としては、地味なテーマながら非常に手堅くまとめられており、一定の緊張感を保ちながら最後まで見られる。だが、やはりアメリカ映画であるため、主人公があまりにも英雄的に描かれており、ストーリーもきれいにまとまりすぎていて、欧州文化育ちのケン先生的には現実感に乏しく見える。

そして、アメリカの政治社会について最低限の知識が無いと、一体何の話なのかストーリーについて行けないだろう。説明的なシーンは皆無に近いだけに、ヴェトナム戦争、アメリカにおける権力分立制度、米国憲法、アメリカの新聞制度などの知識が無いと厳しいものがある。例えば、NYタイムズやワシントンポストが全国紙では無く地方紙であることなど、日本人的にはなかなかイメージしにくいかもしれない(名称を見れば一目瞭然なのだが)。
また、合衆国憲法修正第一条は、
議会は、国教の樹立を支援する法律を立てることも、宗教の自由行使を禁じることもできない。 表現の自由、あるいは報道の自由を制限することや、人々の平和的集会の権利、政府に苦情救済のために請願する権利を制限することもできない。

と規定しているが、第一条で天皇を国民統合の象徴と規定する日本国憲法とあまりにも違い過ぎて、この点でもイメージしづらいものがある。つまり、国家の存立基盤として、アメリカはリベラリズムを求めるのに対し、日本は君主制を選んでいるためだ。
最後の司法判断も、この合衆国憲法修正第一条に則ってなされるわけだが、日本の最高裁判所(大審院)が米同様に、憲法の主旨に則って行政に反する判断を下す可能性は皆無と言って良い。この点でも、日本人的には異世界のイメージでしかない。

まあ日本人的には「ネヴァーランド」くらいの気持ちで見ておくのが吉ということだろう(爆)
posted by ケン at 13:15| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする