2018年06月05日

高プロ導入に見る資本主義と民主主義の終焉・上

【連合、ようやく「高プロ反対」 響く昨夏の「容認」騒動】
 連合は29日、働き方改革関連法案に盛り込まれた高所得の専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」に反対する初の全国一斉行動を各地で実施した。昨夏、一時的に「容認」に傾いて反発を招き、これまで活動は抑えめだったが、ここにきて「高プロ反対」を浸透させようと懸命だ。
「高プロという、とんでもない内容をもぐり込ませるから、だめだと言っている」。連合の神津里季生(りきお)会長は29日夕、東京・新橋駅前で200人ほどを前に訴えた。高プロの削除を求める立憲民主党の枝野幸男代表、国民民主党の玉木雄一郎・共同代表も参加。野党との連携もアピールした形だが、この日予定されていた法案の衆院通過に事後的に抗議するため、やっと設定された全国行動だった。
 連合は昨夏、働き過ぎ対策を見直す条件つきで高プロを容認する動きを見せ、組織内外から強い反発を浴びた。結局、高プロ反対に立場を戻したが大きな顔はできず、これまでは国会内などで小規模集会を数回開くにとどまっていた。幹部は「昨夏の騒動で傷を負った。あれがなければもう少し動けていた」と話す。
 法案にセットで盛り込まれた残業時間の罰則付き上限規制などが、連合の望みであることも立場を難しくしている。神津会長は、野党が審議を拒否していた4月の会見で「重要な法案の審議すらできないのは極めて問題」と不満を述べた。ある副会長は「残業規制は連合の悲願。徹底反対で法案がつぶれるのが最悪のシナリオ」と、法案全体への対決姿勢には野党と足並みをそろえられない事情を説く。
 今月17日には神津会長が菅義偉官房長官を訪ね、残業規制などの早期実現を要請。これを菅長官が会見で「国会で議論を深掘りすることが重要と意見が一致した」と法案審議を後押しする要請と紹介する場面もあった。神津会長は29日の演説で、残業規制などは「早くスタートしなきゃいけない」としつつも「高プロなんかだめだと、私たち連合はこだわりを持って訴えたい」と強調した。
(5月30日、朝日新聞)

高度プロフェッショナル制度(裁量労働制の適用拡大、労働時間管理義務の放棄)については、すでに四年前に記事にしているので、改めては取り上げていない。
問題は「残業代がゼロになる」のではなく、「労使間合意なしでも使用者は労働時間を永遠に引き延ばせる」点にあるはずなのだが、そうした議論にはなっていない。このことは、日本のナショナルセンターが結局のところ賃上げ闘争にしか興味を持たず、労働環境の改善を目指すべき労働基本権(労働基準法)そのものに疑問を抱いてこなかったことに起因している。具体的に言えば、残業代欲しさに労働時間規制への対応を怠ってきたツケが回っているのである。
政府・財界は「労働時間規制の緩和」などというが、そもそも日本には労働時間規制の実態が存在しないわけで、それを追及せずに「企業が残業代を払わなくなる」と叫んでいるのが労働界の現状と言える。もちろん日本の労働時間規制の実態は、OECD諸国の中で最も緩い部類に入る。
ナショナルセンターの本来の役割は「残業代を出せ」ではなく、「人間らしい生活ができるように労働時間を規制しろ」と主張することにあると思うのだが、そんなことを考えているのは私だけのようだ。
労働者は生かさず殺さず、2014.5.30

いまケン先生が注視しているのは後段の指摘である。
こうした流れは、水野和夫先生の理論から説明できる。
資本主義を成立させるためには常に新しい市場が必要で、資本の核がマーケットを広げながら利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していく。しかし、グローバル化が進んで地理的な意味での新規市場は地球上から消失、次いでバーチャルな電子・金融空間に市場を広げたものの、あっという間に限界に達して利潤を上げることができなくなった(リーマンショックなど)。その結果、利潤を上げられる外部市場の開拓の余地が完全に失われ、その矛先は内部に向けられることになる。内部市場、つまり自国の国民から利潤を巻き上げる構造へと変化してゆく。
具体的には、正規雇用労働者からの「既得権益」の剥奪、非正規雇用労働者の増加、低所得層への融資増(学資ローンも含む)や住宅購入の促進などとなって現れている。家計貯蓄の多さを誇った日本が、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっていることも象徴的だ。
この急激な中間層の没落と中低所得層からの容赦ない収奪によって高まるだろう国民的不満を解消すべく用意されているのが、排外主義とミリタリズムで、それが具体化したのがヘイトスピーチと集団的自衛権だと考えられる。
(同上)

資本主義を成立させるためには常に新しい市場が必要で、資本の核がマーケットを広げながら利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していく。しかし、グローバル化が進んで地理的な意味での新規市場は地球上から消失、次いでバーチャルな電子・金融空間に市場を広げたものの、あっという間に限界に達して利潤を上げることができなくなった(リーマンショックなど)。その結果、利潤を上げられる外部市場の開拓の余地が完全に失われ、その矛先は内部に向けられることになる。内部市場、つまり自国の国民から利潤を巻き上げるほか無くなって、今回の裁量労働制の拡大や労働時間規制の撤廃という形になって現れている。しかし、これは資本主義システムの終焉を意味する。賃金の削減は消費減退に直結、市場が縮小、収益の上がらない市場に対する投資も減退、収益悪化は賃金削減でしか対応できず、市場そのものが縮小再生産してゆくことになる。
「資本主義のもとでは利潤率が必ず低下し、やがて崩壊する」というマルクスの指摘は、21世紀後半には実現しそうな勢いにある(利潤率が低下の部分は2000年代には具現化)。若い人は今からでもマルクスを勉強しておいた方が良いだろう。

この資本主義の延命を図ろうという試みこそが、TPPであり、中国の一帯一路政策である。しかし、TPPは市場拡大という点で規模が小さすぎて実際には機能しそうにない。これに対し、一帯一路は、未開発のユーラシア内陸部と巨大な人口を擁している上、「Sea PowerからLand Power」へのシフトという戦略的価値も大きいため、当面は機能しそうだが、それも20〜30年くらいのスパンでしかないと見られる。
そもそも近代資本主義は、列強の植民地やいわゆる後進国から資源を不当に安価に買いたたき、加工製品を高く売りつけ、莫大な利潤を上げることで成立してきた。ところが、労働コストと資源価格が上昇するにつれて、利潤が低下したため、先進工業国は重工業からサービス業、ついで金融業にシフトすることで、高収益を維持してきたものの、その仕組みは完全に行き詰まっている。だからこそ、資本の意を汲んだ先進国政府は、こぞって解雇・賃下げを容易にする労働法制の改悪を行い、階級闘争を再発させている。
以下、続く
posted by ケン at 13:24| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする