2018年07月18日

嫌がらせで内閣不信任案?

【<衆院議運委>首相海外出張了承せず 野党が反対】
 衆院議院運営委員会は6日の理事会で、政府が求めた安倍晋三首相の欧州などへの出張を了承しなかった。主要野党が、首相が出席する予算委員会集中審議を開催すべきだなどとして反対した。国会開会中の首相や閣僚の海外出張は議運委の許可を得るのが慣例だが、拘束力はない。首相の出張が了承されなかったのは5年ぶり。
 首相は11〜18日にベルギー、フランスなど4カ国を訪問する予定。ブリュッセルでは日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)に署名し、フランスではマクロン大統領と会談する予定だ。
 これに対し、立憲民主党の福山哲郎幹事長は6日の党会合で「これほど目的のはっきりしない(首相の)外遊を認めるわけにはいかない」と批判した。同党は首相出発前日の10日の内閣不信任決議案提出を検討している。
 一方、公明党の井上義久幹事長は記者会見で「首相を海外に行かせないため、国会審議を延ばすための不信任案が出されれば粛々と処理する」と述べ、けん制した。
(7月6日、毎日新聞)

【批判を懸念、異例の外遊中止 官邸は最後まで実現模索】
 西日本を中心とする豪雨被害を受け、安倍晋三首相の欧州・中東訪問が中止になった。首相官邸は最後まで実現を模索したが、大きな被害が出るなか初日の対応を疑問視する声も出た。「(外遊に)大きな案件はない。災害対応に万全を期すべきだ」(野党幹部)と高まる批判を懸念した。
 首相は11日に日本を出発し、ベルギーで欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)の署名式、フランスで日本文化を紹介するイベントの開会式などに出席する予定だった。その後、サウジアラビア、エジプトを18日まで歴訪。サウジでは、将来のエネルギーの安定確保を目的に関係強化を進めるはずだった。
 菅義偉官房長官は9日午後の記者会見で「災害対応に万全を期すため」と述べ、首相の外遊の取りやめを発表した。EPA署名式については、安倍首相が9日夕にユンケル欧州委員長と電話で協議し、17日に東京で開催する方向になった。
 計画された首相の外遊が全面的に中止になるのは異例だ。安倍首相は、昨年7月の九州北部の豪雨災害や13年1月のアルジェリア人質事件の発生で、外遊を途中で切り上げたことがある。自民党幹部によれば今回も欧州のみに短縮する案などが検討されたが、最終的に中止に踏み切った。
(7月9日、朝日新聞)

最終的に官邸側が先手を打って外遊中止を決断、野党の陰謀は不発に終わったが、改めて評価してみたい。

戦術的には有効でも戦略的には最低な結果をもたらしかねないパターン。最も典型的なところでは、軍事的成果は挙げたものの、米国民を戦争支持で団結させ、国際的非難を浴びることになった真珠湾強襲が挙げられる。

仮に野党が総理の訪欧を阻止できたとしても、それは野党が「オレはやったぜ!」と快哉を上げるだけの話に過ぎず、外遊を準備してきた国家的コストや急遽中止になってしまった訪問先の損失、訪問先の国の評価減など失うものが非常に大きく、当然ながら政権党側は野党の責任を追及、マスゴミも追随するだろう。
安倍外交が「外国を回ってカネを配るだけ」という側面が強いのは確かだが、例えば中国などはその点だけでも高く評価して脅威を覚えているのだから、全く評価できないわけでもない。

真珠湾攻撃もそうだが、行動経済学的には、目に見える効果は現実に得られる利益よりも高く評価される傾向があり、逆に目に見えないリスクやデメリットは現実に被る損失よりも低く評価されることが分かっている。
地方で財政事情を鑑みずに大型の箱物が続々と立てられるのも同じ論理で説明できる。

今回の立憲の対応は「首相の外遊を阻止する」という目に見える効果を過剰に高く評価する一方、「首相外交を妨害した」と非難されるリスクを非常に低く見たことに端を発していると推測される。
最終的には、「彼らに政権運営は任せられない」という評価に落ち着くだろう。
posted by ケン at 12:50| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月17日

被告を殺す原理あるいは社会を生かす原理・続

7人の死刑囚が同時に執行された。これは共同犯行の場合は刑執行も同時に行う慣例に基づいているが、共犯者の全てでは無く約半分だけ先行という点で、慣例から外れているとも言える。
本ブログは、まもなく「激闘永田町編」を終えるので、この機会にもう一度死刑に対するスタンスを明確にしておきたい。ただ、基本的なスタンスに変化は無いので、主に過去ログから引用する。

死刑制度は、本質的に統治原理と司法制度の不公正の上に成り立っている。例えば、日本における殺人犯に対する死刑宣告率は、概ね1%強で推移しているが、殺人犯のうち1%の死刑囚と99%の無期あるいは有期囚の違いについて、合理的説明ができるのかと聞けば、非常に苦しい答えしか返ってこないはずだ。具体例を挙げれば、「殺したのが一人なら懲役だが、二人なら死刑」という原則は、統治上の便宜性(どこかで線引きする必要がある)に基づく判断でしか無いからだ。
この延長線で、殺人犯に対する死刑宣告率が1%強でしかないのに、「人を殺したら死刑」といった犯罪抑止力が働くと考えるのは、かなり無理がある。
また、恐らく多くの人は「日本は死刑の比率が非常に少ない」と漠然と思っているだろうが、完全な誤りで、死刑宣告率は米国のカリフォルニア州やヴァージニア州とほぼ同じだという。

日本の死刑制度は非常に特殊である。それは、いわゆる先進国の中で米国の一部と日本だけが死刑を残しているという点だけでなく、その米国に比しても特殊と言える。いくつか挙げると、

【普通の量刑の延長上に存在】 「無期じゃ軽いから死刑」=死刑判決を出すことに法的な過重コストが存在しない。米国では二段階審理(有罪認定と量刑判断)、事前予告(米国では死刑を求める場合は検察が事前通告する)、陪審員の全員一致などの担保がある。特に「陪審員の全員一致」は非常に重い。日本では単純化すれば、裁判官の一人と裁判員の多数が死刑を支持すれば、死刑が確定してしまう。結果、米国では弁護側は陪審員の一人を味方につければ死刑を回避できるが、日本の検察は裁判員の多数派を確保すれば死刑に出来る。

【極めて性急な審理】 裁判員制度の導入により、公判日程の進度向上と厳格化が図られ、最高裁は「90%の裁判員裁判を5日以内に終わらせる」という目標を掲げている。しかも、日本は米国と違って全ての証拠が検察から提示されるわけではないので、きわめて弁護側に不利な初期設定となっている。一般論としては「死刑は慎重に判断されるべき」と考えられているが、現実は死刑裁判のスピードは速められる一方にある。

【被害者の意見陳述】 一段階審理の日本においては、証拠認定をしている最中あるいはその前にすら、被害者が犯罪の過酷さを訴え、あるいは死刑を求めるシステムになっており、事実認定審理の中立性を大きく阻害している。しかも、被害者の意見陳述の裁量は裁判官に帰しており、これは日本では検察有利を意味する。例えば、2011年6月に千葉地裁で行われたある裁判では、被害者、被害者の両親、委託を受けた弁護士、検察官などが死刑を求める陳述に3時間15分も費やしたのに、弁護側に認められた時間はわずか60分に過ぎなかった。実質的には被告を死刑にするためのセレモニーと化してしまっている観がある。

【上訴権】 米国では死刑判決に際しては被告に対して自動的に上訴権が付与されるが、日本では普通の裁判と同じであり、近年の死刑判決のうち約15%が控訴せずに確定しているという。逆に検察は死刑判決が出なかった場合、2度まで「再戦」のチャンスが与えられる。ただでさえ検察有利な司法システムをさらに助長、まるで死刑判決を増やすことを目的としたような制度になっている。

死刑は万が一、誤審・誤判だった場合、取り返しがつかないことになる訳だが、日本では死刑判決を出すことに対して、慎重さを担保する法的あるいは制度的な担保が何もないことを意味している。そして、冤罪や警察・検察による証拠捏造が日常茶飯事であることは、足利事件や布川事件を始めとする再審や無罪判決によって明らかにされている。
和歌山の毒物カレー事件などに至っては、物的証拠も自白もないにもかかわらず、死刑を確定させている。これは、国民の誰もが死刑にされてしまうことを示しているにもかかわらず、日本人の8割以上が死刑制度を支持しているのは、異常としか言いようがない。

そもそも原理的に、近代刑法は応報刑や復讐を否定するところから始まっているはずだが、「あれだけの重大犯罪をなしたのだから、死刑になって当然」という声が非常に多く聞かれることは、近代刑法の原理が殆ど大衆に浸透していないことを意味する。

例えば、死刑の違憲性と残虐性が問われた、大阪で起きたパチンコ店放火殺人事件の地裁結審(2011年10月31日)に際して裁判長は、「死刑制度が存在する以上、精神的・肉体的苦痛を与え、ある程度のむごさを伴うことは避けられない」「死刑に処せられる者は多少の苦痛は甘受すべきだ」「残虐と評価されるのは非人間的な場合に限られ、そうでなければどのような執行方法を選択するかは立法の裁量の問題」などと述べている。
つまり、死刑が残虐な応報刑であることを認めつつ、政府の定めた方法による執行方法は必ず非人道的であるという話になっている。これは、死刑が懲役刑など他の量刑とは異なる次元の刑罰であることを示しており、そこに合理性を見つけるのは難しい。

もう一つ、死刑賛成論者から良く聞かれることに「死刑は国家による殺人ではない、殺人と一緒にするな」というのがあるが、これは処刑現場を知らないから言える話である。
日本の絞首刑の場合、拘置所の刑務官が死刑囚を連行、抵抗した場合は抑えつけたり、殴りつけたり、あるいはそのまま首に縄を掛けて強制執行することもあるという。刑場に入ると、刑務官が死刑囚の首に縄を掛け、足を縛り(手には手錠)、別部屋に待機している三人の刑務官が、各々執行ボタンを押し、そのうちの一つが有効で、床が外れて死刑囚が落ちて行く。

上記のパチンコ店放火殺人事件の裁判では、元最高検検事の土本武司氏が弁護側証人として出廷、死刑執行に立ち会った経験を振り返って、
「絞首刑はむごたらしく、正視に堪えない。限りなく残虐に近い」

「(絞首台の)踏み板が外れる音がした後、死刑囚の首にロープが食い込み、宙づりになっていた。医務官らが死刑囚の脈などを確かめ、『絶息しました』と告げていた」

「少し前まで呼吸し、体温があった人間が、手足を縛られ抵抗できない状態で(ロープにつられて)揺れているのを見てむごいと思った」

などと証言している。これでは、いかに取り繕ってみたところで、刑務官が「国家による殺人」を代行している現実を覆すことはできないだろう。

死刑制度とは「明日の安寧を担保するために今日の殺人を容認する」制度であり、それを国民・社会に代わって国家が代行しているに過ぎない。日本の場合、憲法が国民主権を規定している以上、国家と国民は同一の存在であるというのが建前になっている。しかるに、日本国民は「国家」が「死刑=死刑犯の殺害」を代行するに任せ、己は安寧のみを満喫している。国家が死刑を代行し、国民は己の手を汚す必要がないからこそ、死刑を支持するという構図がある。その死刑執行は、全て拘置所の刑務官が代行しているが、合法的殺人を許容する民主的正統性や人道性が問われることは殆ど無い。
故にケン先生は、裁判員制度によって国民が司法への参画を実現した以上、国民は自らの手によって、その最高刑を執り行うべきであり、それは無作為に選ばれた市民を任に充てる「国民死刑執行員制度」の創設を提起している。

ジャコバン派のサン=ジュストは「被告を殺すかもしれない原理を決めることは、彼を裁く社会を生かしめる原理を決めることである」という言葉を残して死刑に処せられたが、死刑の存在が、遠くない将来、狂乱する日本に大きな陰を落とす可能性は否定できないだろう。

【7月18日、追記】
「罪を犯した者のいのちを奪う死刑の執行は、根源的に罪悪を抱えた人間の闇を自己に問うことなく、他者を排除することで解決とみなす行為にほかなりません。そのことは決して真の解決とはならないでしょう。死刑制度は、罪を犯した人がその罪に向き合い償う機会そのものを奪います。また、私たちの社会が罪を犯した人の立ち直りを助けていく責任を放棄し、共に生きる世界をそこなうものであります」
(浄土真宗大谷派・東本願寺派の7/9声明より)

「死刑という究極的な暴力と排除によっては、被害者・遺族の悲しみと社会の傷は真に癒されず、事件の本質的解決にはつながりません。むしろ国家による新たな殺人を重ねることで、社会に対して残虐な暴力のメッセージを発することになります。私たちは「正義」の名によって行われるこうした殺人を断じて許すことはできません。実際、「不要な命は抹殺すべし」という誤ったメッセージを国家が率先して発し続けた結果、2016年7月26日未明、相模原の知的障害者施設で大量殺傷事件が起きてしまいました。この痛ましい事件からまもなく2年を迎えようという今、私たちは「必要のない命」などないのだということを改めて強く主張するとともに、そのことを日本政府にも、言葉と行いをもって明示するように求めます。」
(日本カトリック正義と平和協議会の7/6声明より)
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2018年07月15日

Kingdom Come: Deliverance

マウント&ブレードの系譜を引く、中世ヨーロッパを舞台にしたアクションRPG。以前より後継作品が望まれていたが、何度も挫折したようだ。本作は、チェコの会社が40億円近い開発費を投じて制作した新作だが、いかんせん無名の会社で資金を集めるのも、販路を確保するのもクラウディング・ファンドを利用したというから、この点でも新しい時代のゲームと言える。

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15世紀の神聖ローマ帝国下のボヘミアを舞台に、自由度の高いオープンワールドで中世の生活を楽しむ(?)ゲーム。メインとなるクエストはあるのだが、必ずしも本ストーリーにこだわる必要は無く、いろいろな楽しみ方がある。
ストーリー通りに騎士を目指しても良いし、狩人や商人として生きて行くこともできるし、野盗になって暴れ回ることも可能だ。サブクエストも豊富だし、何をやっても経験値がたまるので、まさに自由度全開。



ただ、恐ろしくリアルに作り込んであるので、何をやるのもハードルが高い。主人公は、領主御用達鍛冶屋のボンボン息子という設定の上、何の技能も無い若造で、アクション操作に慣れるまでは、本当に「俺に何をしろと?」というレベル。武器を振るう速度は恐ろしく緩慢で、主人公が一回剣を振るう間に、下手すると三回くらい攻撃されそうな勢いだ。ケン先生は、ヨーロッパでリアルなロングソードを持ったことがあるが、余りの重さに「これはムリ!」と思ったものだ。弓矢なんて、一歩踏み込めば近接武器が届きそうな距離でしか当たらないし、泣けてきそうな距離しか飛ばない(筋力が無いから)。

なので、二人の敵を相手にするなどもっての他であり、徘徊している弱そうな(武装の貧弱な)野盗や山賊を狙って奇襲攻撃してすぐ逃げることで経験値を貯めるような話になっている。一体どっちがバンデットなんだか。クマン兵(モンゴル系?)と出くわしたら、即リセットというのも笑える。
弓矢は狩をやってレベルを上げる必要があるのだが、動いている動物にはラッキーでしか当たらない。こっそり近づくか、待ち伏せして射撃するしかないのだが、飛距離が短いので最初は本当に辛い。ウサギは的が小さすぎて当たらない上に、当たっても目標がどこに倒れているか探すのに一苦労する有様。マジで猟犬が欲しい。

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戦えば、武器も防具もダメージが入って修復代がかかるし、下手すれば自分が怪我をしてしまう。狩でも矢を浪費するので、黒字になるとは限らない。しかも、倒した山賊や動物から取った「獲物」は、下手すると盗品扱いになるので、「捌く」のにも一苦労させられる。
戦闘や狩りから帰ってくると、全身血だらけなので、風呂に入らないと、好感度が下がりまくる問題もある。

これだけ読むと、「何が面白いんだ?」と思われそうだが、中世中欧の再現度が半端なく、まさしくヴァーチャル体験できる醍醐味があり、それは他の何でも味わえない喜びである。
ただ、いかんせん日本語版がなく、英語版だけで、自分は英語が聞き取れないのでロシア語字幕にしたら、ますます分からなくなってしまったので、必死に英語字幕を読んでいる。長年のTRPG歴で単語だけは理解できるからだ。
惜しむらくは、ゲームが余りにも重すぎて、よほど高スペックのPCで無い限り、かなり動作や読み込みに時間がかかってしまう。そのため、自分はPS4でプレイしているのだが、PC版には様々なMODがあるので、羨ましくも思う。

最初のクエストは、「いけ好かないドイツ商人の家にウ○コを投げつける」だし、チュートリアルでは先生に「Money first, Morals later」と教え込まれるなど、邦ゲーではあり得ない要素満載で、はまる人間ははまりまくりだろう。全世界で100万本販売したとも聞くが、日本のゲーム業界は本当にガラパゴス化していると思う。
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月13日

魚は頭から腐る:文科省の場合

【「次官候補」がなぜ 佐野容疑者 政界進出うわさも】
 「信じられない」−。次官候補だった現職局長・佐野太容疑者(58)が逮捕された四日、文部科学省に衝撃が走った。東京医科大(東京都新宿区)に便宜を図り、見返りは自分の息子の不正入学。東京医科大の学生からは「裏切られた」と怒りの声も。昨年の天下り問題に続く不祥事で、教育行政への信頼失墜は必至だ。 
 エリート官僚だった佐野太容疑者は、文部科学省内で「将来の次官候補」と目され、政界進出のうわさも飛び交っていた。かつて一緒に政治家との折衝をしたことがあるという前文科次官の前川喜平氏(63)は、逮捕の一報に「え? 佐野君が?」と目を見開き、「信じられない」と首を振った。
 前川氏が官房長だった二〇一二〜一三年、佐野容疑者は総務課長。当時は「まじめで丁寧。安心して仕事を任せられた」という。「普段は物静かだが、山梨出身ということもあり、ワインにはうるさかった」と振り返る。現役の文科省職員も「間違いなくエリートコースを歩んでいた」「次官になるべき人」と証言するが、佐野容疑者の下で仕事をしたことがある男性職員は「上にはいい顔をするが、面倒な仕事は僕らに押し付けてきた」と不満を漏らす。
 小杉隆元文相の娘婿で、政界進出のうわさも。出身地・山梨の知事候補にも名前が挙がった。同省高等局担当の審議官経験があり、本紙が今年五月、加計学園問題について省内で質問すると、目を合わさずに「その件は取材を受けない」とだけ答えた。
(7月5日、東京新聞)

逮捕された文科省局長は、小杉隆元大臣の女婿とのこと。霞ヶ関の閨閥化と「魚は頭から腐る」を象徴している。学生や教員に対する収奪を強化する一方で、大学行政への中央統制が強化され、エリート官僚の天下りも増える構図。中央権限の強化が、天下りや便宜供与の温床になる好例でもある。

森友・加計など政官業報の癒着構造がおぞましさを増し、表面化しても処罰されなくなっている中で、腐敗が蔓延しつつあることの証左でもある。トップが腐敗を見せ、国会で追及されても最終的に処罰を免れるのであれば、「じゃあ自分も」となるのは自然の話であり、モラル・ハザードそのものであろう。
同時に、大学改革の中で自治が奪われ、文科省の権限が強化されつつあり、大学側としては自らの権益を守るために中央官僚に便宜を図るインセンティブが高まっている。政治家・官僚のモラル・ハザードと大学の従属が、癒着と腐敗を生んでいる。

少し前に始めた"Kingdom Come"という中世欧州を舞台にした洋ゲーで、冒頭のチュートリアルから「Money first, Morals later」と教わり、「やっぱ洋ゲーだよな!」と思っていただけに、笑いが止まらない。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月12日

中国の物は中国に?

【漢籍4000冊超を中国に寄贈】
 細川家に伝わる文化財を保管・展示する永青文庫が漢籍4175冊を中国国家図書館に寄贈する式典が26日、北京市の同図書館で行われた。写真は寄贈の署名を行い、握手を交わす細川護熙元首相(左)と韓永進館長。
(6月26日、時事通信)

日本でもらってくれるところが無いから、ついに「中国のものは中国へ」ということに(推測)。
日本にあるからこそ戦火から守られてきた側面もあるはず。中国の場合、例えば一度の太平天国の乱で信じられないほどの文物が失われている。今回二度訪中した際も、「日中戦争で失われた」よりも「太平天国で焼失した」という記述の方がよほど多く見られた。

しかし、日本を見た場合、図書館はどこも満杯で、寄贈しても倉庫に放置されればまだマシという現状がある。他に司書関連の大幅人員削減で、全く管理ができなくなっている問題もある。下手すると天下りの館長が唯一の正規職員みたいになっていて、結果、寄贈されても鑑定、分類、管理できないのが常態化している。
大政治家や大学者が死亡しても、遺された資料、文物の引き取り手がなく、そのまま散逸、廃棄されてしまうケースが非常に多くなっていると聞く。

一部の中国文学者によれば、「在庫一掃セール」的なもので、文書群自体は国内の古文書店でも入手できる程度の価値のものが大半だという指摘もあり、「中国側が喜ぶなら、それでいいじゃないか」「安いカードで歓心を買う高効率」外交カードとしての評価も見られ、一概には判断すべきではないのかもしれないが、モヤモヤ感の残る話である。
posted by ケン at 11:59| Comment(3) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月11日

逃亡奴隷も逃亡幇助の自由民も皆逮捕

【ベトナム人不法就労 助長容疑の男再逮捕】
 外国人技能実習生などのベトナム人16人が失踪し、後志管内ニセコ町のホテルで違法に働いていたとされる事件で、道警外事課などは29日、入管難民法違反(不法就労助長)の疑いで、東京都大田区大森東2、人材派遣業東郷芳弘容疑者(53)=同容疑で逮捕済み=を再逮捕した。逮捕容疑は1月〜5月末ごろ、ニセコ町のホテルで、いずれも就労資格のないベトナム国籍の男(20)=同法違反(不法残留)の罪で起訴済み=と女性(30)の2人を、客室などの清掃員として働かせた疑い。
(6月29日、北海道新聞)

劣悪な待遇に耐えかねて逃亡する技能実習生が増え続けている。2012年の2,005人に比して、2017年には7,089人にまで増加、特にヴェトナムからの実習生の逃亡が増えている。これに対して実習制度に反したと法務省が認定した「不正行為」は、減少傾向にあるという。結果、政府は逃亡した実習生の摘発強化に乗り出し、ここに来て検挙者が急増、逃亡を幇助したと見なされた市民も、上記のような罪状をもって検挙されつつある。

現在ヴェトナムの平均賃金は日本円にして月3万円程度。これに対して技能実習生は時給換算で200〜300円程度と言われ、数字上は12万円程度が中央値のようだが、その少ない収入からまず半分が仲介業者に支払われ、さらに住居費や制服代などが天引きされるというから、「出稼ぎ」としては殆ど用をなさないことが分かる。

外国から騙して連れてきて、一方的に収奪するからこそ制度として成り立たず、逃亡者が続出しているにもかかわらず、待遇を改善するのでもなく、逃亡者を摘発、追放することで制度の存続を図ろうとしているのが現状だ。
実習生の待遇改善が難しいのは、元々正規の最低賃金すら払えない地方の零細企業が、主な制度利用者であるためで、待遇改善は即倒産に繋がる死活問題と言える。この手の悪徳企業が、地方の自民党を支え、政官業報の癒着構造をなしているだけに、不法行為は摘発されず、報道もされないという暗黒を生んでいる。
posted by ケン at 13:02| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

水道民営化促進法案が衆院通過

【水道法改正案が衆院通過 広域化で老朽化対策急ぐ】
 市町村などが手掛ける水道事業を広域化する水道法改正案が5日の衆院本会議で、与党などの賛成多数で可決、参院へ送付された。広域化や民間企業の参入を促すことで水道事業の経営を効率化し、水道管の老朽化対策などを急ぐ。大阪北部地震で老朽化対策の遅れが注目された。与党は22日に会期末を迎える今国会での成立をめざす。
 改正案は、複数の市町村で事業を広域化して経営の効率化をはかるため、都道府県が計画をつくる推進役を担う内容だ。市町村などが経営する原則は維持しながら、民間企業に運営権を売却できる仕組みも盛りこんだ。
 市町村などの水道事業者は人口減による収入減などで赤字体質のところが多く、老朽化した水道管の更新が遅れている。厚生労働省によると、40年の耐用年数を超えた水道管の割合は2016年度末に全国で平均14.8%だ。更新率は0.75%で、全て更新するのに130年以上かかるペースになっている。
(7月5日、日本経済新聞)

災害と死刑とワールドカップですっかり霞んでしまっているが、水道民営化促進法案(政府呼称は水道法改正案)が衆議院で成立した。
水道事業の民営化は、1990年代後半から2000年代前半にかけて一部の先進国で進められ、その後他国も追随するようになった。だが、民営化の一方で、一度民営化された水道事業の再公営化も進んでいる。

例えば、水道事業を民営化した米アトランタ市の場合、過剰なコストカットによって技術者が不足して修繕・補修が追いつかなくなり、配水管の破損や路上への水漏れ、汚水噴出などが相次いだ上、必要な技術者を確保できず、いつまで経っても直らないという事態が生じた。そのため、2003年に水道事業を再市営化するところとなっている。
フランスではパリの場合、民営化して14年で水道料金が2倍になった上、利権汚職が続発、2010年に再公営化している。

再公営化した世界の大都市は、パリ(仏)、ベルリン(独)、アトランタ、インディアナポリス(米)ブエノスアイレス(アルゼンチン)、ラパス(ボリビア)、ヨハネスブルク(南ア)、クアラルンプール(マレーシア)などが挙げられる。

これらの民営化事業から見えることは、必ずしもコストダウンに繋がらず、むしろコストカットから投資が滞り、整備不良から漏水などの事故が頻発、同じく人員削減や民間委託から対応の遅れが生じ、安定供給に支障が起きているということだ。
また、再公営化が急がれたのは、水道技術が国や自治体で失われる前に行う必要があったからだという。

日本の場合、現状でも1400近い水道事業者のうち33%が採算割れしており、政令指定都市などの大都市部を除いて倒産の危機にあるという。だからこその広域化・民営化というのがヤクニンの発想らしいが、実際には大都市部以外で民営化しても倒産が前倒しになるだけで事態が悪化するだけになる可能性が高い。
この点でも公共の優先順位を誤った戦後システムは倒壊しつつある。

【参考】
水道代は高騰の一途 
posted by ケン at 12:12| Comment(2) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする