2018年07月03日

無理筋なお手盛り定数増

【<参院6増案>野党対案検討で攻防 自民案に公明慎重】
 自民党と無所属クラブが国会に提出した参院の定数を「6増」し、比例代表の一部に拘束名簿式を導入する公職選挙法改正案を巡り、反対する野党が対案を検討している。自民党は野党案を否決して来月10日までの成立を図る構えだが、公明党も様子見の態度に転じており、簡単に押し切りにくい状況になりつつある。
 「自民党の自民党による自民党のための改革案だ」。参院で野党第1会派の国民民主党の玉木雄一郎共同代表は25日の記者会見で自民案を改めて批判した。立憲民主党も「自民党の党利党略だ」(長妻昭代表代行)と指弾する。
 自民案は、「1票の格差」を是正するため、議員1人当たりの人口が多い埼玉選挙区の定数を6から8に増やす。比例代表の定数は4増やし、現行の非拘束名簿式に加えて、「特定枠」として拘束名簿式を一部導入する。「鳥取・島根」「徳島・高知」の合区対象県で選挙区の候補者になれなかった人を、比例代表の名簿順位で優遇して救済する狙いがある。
 反対する野党のうち、希望の党は既に対案をまとめた。埼玉の定数増は自民案と同じだが、石川、福井両県を合区して両県の定数を計4から2に減らす「2増2減」。全体の定数は増えない案で、定数増に反対する日本維新の会などに共同提出を呼びかけている。
 定数増などへの世論の批判の高まりに、自民案を容認する姿勢だった公明も対案提出に含みを持たせ始めた。もともと定数を変えずに全国を11ブロックに分ける大選挙区制の導入を主張。党幹部は「野党が対案を出せば公明も出さないわけにはいかない」と話す。維新の馬場伸幸幹事長は24日、「公明案が我々の考え方に近い。乗ることもある」と同調の可能性を示唆したが、与党内には「対案は両方とも否決されるだろう」(幹部)との見方が広がる。
 参院選挙制度に関わる法案のため参院先議で、自民は来週に改正案を参院政治倫理・選挙制度特別委員会で審議入りさせたい考えだ。安倍晋三首相は7月11日から外国訪問を予定している。この間に野党が内閣不信任決議案を提出すると処理できず審議が停滞する可能性があるため、自民は出発前に成立させる日程を描いている。
(6月25日、毎日新聞)

何とも分かりづらい改革案である。「全都道府県から代表者を」ということなら、単純に鳥取と島根、徳島と高知を合区などせずに、そのまま「一県最低定数2」としておけば良かったはずだ。自分で合区の公職選挙法改正を通しておきながら、「やっぱり具合が悪い」とたった一回の選挙をやっただけで再改正しようというのは、あまりにも不誠実かつ無能であろう。

しかし、元に戻すのは具合が悪いという認識はあるらしく、合区で失われた議席分を比例代表に組み込んで拘束名簿式で上位指名することで担保しようという話であり、これでは「自民党の自民党による自民党のための改革案」と非難されても宜なるかなだ。

そもそも18、19世紀にできた地域代表制を21世紀の今日でも使い続け、その地域利害の代表者に国政課題を論じさせること自体、もはや政治制度として限界を超え、現状の政治課題に対応できなくなっていると見るべきだが、現在国会議員の地位にある者にとっては、現行制度が常に最良であるだけに、根源的に改革に対するインセンティブがない。
国会議員は、参議院の比例代表選出者や衆議院の比例単独選出者を除く大半が選挙区から選ばれている。日本の場合、有権者は候補者の政策や主張よりも、人柄や人物像を重視する傾向が強いため、候補者もそれを重視せざるを得ない。結果、実際の選挙時に掲げる政策や議会での活動実績よりも、日常活動で「顔を売る」ことが重要となる。具体的には、選挙区内の各種イベントや酒席にひたすら出席して、一人でも多くの有権者に「見知ってもらう」ことが活動の中心となる。とかく保守系の政治家が、軽薄な発言を繰り返すのは、少しでも有権者に自分を印象づけたいがために発せられる「サービス」の部分が大きい。そして、自分の当落が掛かっているだけに、議会活動よりも地元回りを優先することになる。実際、自民党であれ旧民主の小沢氏であれ、「1、2回生の仕事はひたすら地元を回ること」と教えている。

この「地回り」の中で、もう一つ重要となるのが「陳情受け」である。有権者から各種陳情を受け、処理することで支援者と献金を増やすことが目的となる。陳情と言えば聞こえが良いが、現実には行政に圧力を掛けて、特定の者に優先的にサービスを供与させる汚職でしかない。最近では甘利問題が有名だが、自民党では当たり前すぎて、何故それが問題にされるのかすら理解できないだろう。結果、当選回数の若い国会議員は、議会活動などせずにひたすら地元を回り、陳情を受けて処理し、御礼にカネや票をもらうことに専念する。これを当選回数で2回、当選前から数えれば10年近くもやるのだから、3回生になる頃には地元の有権者とズブズブの関係になり、腐敗システムが構築され、議員本人も秘書もそれが「当たり前」になって、正常な感覚を失ってしまうのだ。
要は、自民党や小沢氏の教えは、「腐敗体質が強いほど選挙に強い」ということであり、日本の政治制度はその前提の上に成り立っている。

90年代まで行われていた中選挙区制度は、「自民党の候補者同士が有権者を奪い合うために陳情処理を競い合うことが、巨大な腐敗を生んだ」との認識が広まり、政治資金規正を強化すると共に小選挙区制に移行するところとなった。確かに小選挙区制に移行したことで、何億、何十億円という献金は影を潜めたものの、別の問題が生じた。
二大政党による政権交代の慣習が無いところに小選挙区制を導入してしまったため、導入以降、自民党以外の政権が成立したのは20年間でわずか3年強という有様だった。その結果、野党系候補の少ない地方では、自民党の議席占有が常態化し、「自民党にあらずんば人にあらず」が進んでしまった。つまり、自民党議員にアクセス権を持つ者のみが、優先的に公共事業や行政サービスを受ける権利を有するところとなり、それ以外のものはますます住みにくい社会になり、土地や仕事を捨てて都市部に出る流れを強めてしまった。同時に、伝統的に建設業が強い自民党は、需要の無い公共施設やインフラの整備に邁進するため、いたずらに維持コストを高めてしまい、これが地方財政を圧迫して、生活弱者への支援を細らせて都市部への流出を促してしまったのだ。
ロシアの諺で言うところの「魚は頭から腐る」である。
地域代表制が政治と地域を腐敗させた?)

今必要なのは、「地域代表制を廃止する」「議会外で選挙制度や議会改革に関する議論を行う」「国民に政治参加を促す」である。
地域代表に替わる仕組みとしては、例えばケン先生が提案している委員会別選挙が挙げられる。
議会改革については、第三者機関が担うのが望ましいが、民主的正統性を持たない第三者機関が選挙や議会制度を議論することには大きな問題がある。
政党参加率が低迷し、投票率も低下傾向にある現状は、議会制民主主義の危機であるが、殆ど危機感が持たれていないことは、議会制民主主義そのものが十分に理解されていないことの表れと言える。

いずれにせよ、自己改革能力を失った政治制度は、腐敗するまま機能不全に陥ってゆくだろう。
posted by ケン at 12:42| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする