2018年07月04日

民族国家とデモクラシーの終焉・上

ケン先生が15年超の永田町勤務を経て感じているのは、今や民族国家とデモクラシーが黄昏を迎えているということである。
欧州がいち早く国家統合を進めたのは、国民国家が機能不全を起こし、単一国家として存続することが難しくなっていることの現れであろう。EU自体は山ほど問題を抱えているものの、EU以前に立ち戻るというのも現実的では無い。市場統合と安全保障の両面から考えて、一定規模のブロックに集約されていくのが、21世紀のトレンドと考えるべきだろう。それは、東アジアも同じで、形式はともあれ、新たなる中華帝国としてブロック化されるのは不可避と考えられる。

デモクラシーも同様に機能不全に陥りつつある。アメリカでも欧州でも、既存のエリートや政党に対する不信が強まると同時に、ポピュリズムが猛威を振るっている。だが、そのポピュリズム政党も政権を取ったところで、諸問題を解決できているわけではなく、政治不信と不満を増幅させるばかりとなっている。これは、合意形成に重きを置きつつ、民意を最大限反映させることを主眼としたデモクラシーが、統治能力を失いつつあることを示している。

以下は、基本的にマルクス主義による理解となる。
国民国家は、工業化と近代化(資本主義化)が進む中で、資本と労働力を最も効率よく集中、動員する手段として「開発」された概念であり、一定のフィクション・虚構の上にのみ成立している。それは、国民あるいは民族という概念であり、「一つの民族に一つの国家」という架空の概念だった。
これは自国の歴史で考えると分かりやすい。江戸期までの日本には、日本民族や統一国家の概念はなく、欧米列強からの介入を排するだけの軍事力と経済力を獲得する必要から、工業化が不可欠となり、その結果として、封建体制が倒されて明治帝政が誕生した。
しかし現実には、例えば会津と薩摩では通訳無しでは言葉も通じず、日常文化も大いに異なっており、「我々は同じ日本民族ではないか」と言ってみたところで、全く説得性を持たなかった。
結果、天皇の強い権威と神聖性の下に、臣民が拝跪して臣従を誓うという明治帝政が編み出され、国民統合と工業化の原動力とされた。当然ながら、江戸期には殆どの人が存在すら知らなかった天皇に現実の権威はなく、虚構の制度(国家神道を含む)をつくって、巨大な軍事力で担保するほか無かった。

工業化の過程では、大量の工場労働者が必要となるが、身分が固定された封建社会では、必要な労働力を動員することができないためだった。帝政ロシアですら、1861年に農奴解放令を発しているのは、工業化に不可欠だったためだ。
同時に、工業化の過程では、生産される商品の販路が必要となるが、これも領域が分断された封建社会では自由に市場開拓できないため、より広域の単一市場が求められた。

我々は学校の社会や歴史で、明治から昭和初期の「女工哀史」について教わる。農村から身一つでやって来た女の子たちが、12時間とも15時間とも言われる長時間労働に従事し、狭くて不衛生な部屋に押し込められ、隷属的な労働を強いられた話を聞き、胸を痛めた人も多かっただろう。だが、低賃金や長時間労働は事実としても、実際の女工たちの感じ方は全然違うものだったらしい。
月給をもらって、自分の欲しかった着物を買ったときのよろこびは格別でした。それから工場は休みがあるでしょ、休みの日にはだれに気兼ねすることもなく友だちと町へ遊びに行きました。紡績へ行っていたときが人生で一番自由なときでした。(中略)寄宿舎には電気がついていますし、食べものも家で食べるよりははるかに良かったですもん……
(田中圭一『村からみた日本史』)

自由民権運動や社会主義運動に対して過酷な弾圧を加えた明治帝政が存続し得たのは、工業化・近代化に臣民(国民)を動員すると同時に、その果実を公平とは言えないまでも、最低限度は配分できたからだった。
だが、日露戦争と第一次世界大戦の勝利に伴う国力に見合わない大軍拡と、大正デフレや昭和恐慌によって、貧富の差が拡大すると同時に、特に農村の貧困が深刻となり、国民統合が危機にさらされ、諸問題の暴力的解決が望まれるようになった。昭和初頭のクーデターやテロリズム、あるいは戦争が国民から熱狂的に支持されたのは、国民国家の一つの末路だったのである。

第二次世界大戦の敗戦を経て、日本は天皇制の存続が認められる。それは、米ソ対立の中で、日本を冷戦の重要拠点としたかったアメリカの思惑によるところが大きかったが、同時に「民主的要素を持った遅れた半封建国家」というアメリカ知識人の認識から「共和制は早すぎる」と判断された面もあった。実際に、過重な軍備負担から解放された日本は、戦後十年で国民統合を回復させ、重工業化を進め、繁栄を遂げた。

ところが、1990年代に入ると、経済的繁栄に陰りが生じる。資本主義の繁栄は、資源と労働力を不当に安く買いたたき、支配下・影響下にある独占市場に加工品を高く売りつけることによってもたらされた。だが、全世界的な工業化の進展に伴い、資源価格が上昇、また、米ソ対立の中で労働者を保護し、国民統合を維持する目的から、西側諸国では労働コストが高止まりし、収益を悪化させた。
冷戦の終結により、西側諸国では国内の労働者を保護する理由が失われると同時に、賃金を切り下げることで資本側の収益を確保するようになり、国内での収奪が進められた。これは、労働時間規制の緩和、非正規化・請負化、脱時間給、成果報酬制度の導入などによって証明できる。結果、日米欧では、急速に貧富の格差が拡大、貧困層の増大と社会的疎外が深刻になっている。

先に述べたとおり、国民国家は一国の近代化と工業化を実現する上で、資本と労働力を効率よく動員するためのシステムであり、「同じ民族として、民族国家を発展させよう」という虚構のスローガンを掲げて邁進するために、労働者の最低生活や諸権利を保障した。ところが、米欧日は近代化と工業化を実現してしまい、国家目標を失ってしまう。また、資本の収益が悪化したことから、国内に対する収奪を強めており、国民国家の前提条件となる階級和解の破綻が進んでいる。特に米欧では、より安価な労働力を求めて移民や外国人労働者を導入した結果、国内の民族対立と階級対立を促進させている。

さらに、経済規模の拡大を受けて、より広大な市場が必要となり、世界市場への統合(グローバリズム)やブロック経済化が進んでいるが、これらに対する反発から外国人排斥や人種差別などの問題が深刻化している。日本でも、中国や韓国の市場が大きくなって、日本にとって無視できない存在になった結果、国内におけるアジア差別の感情が増大していることは、非常に象徴的だ。

工業化あるいは近代化の途上にあっては、一定の貧困や経済格差の問題は、「単一民族国家のために国民が一致団結して頑張ろう」というナショナリズム(虚構のスローガン)の下で、うやむやにされると同時に、現実の恩恵によって解消されてきた。
しかし、近代化が実現した途端に、国民の大半は一方的に収奪される存在に堕されてしまったのだから、もはや国民国家の前提条件は破綻していると見なすべきだろう。日本政府・安倍政権が、東京五輪を利用してナショナリズムを称揚しても、ボランティアが足りず、学生を動員せざるを得なくなっていることは、19・20世紀型の国民国家像が機能しなくなっていることの証左である。そのボランティアも、1964年には有償だったものが、2020年には通訳まで無償になっていることは、あまりにも象徴的だ。

この期に及んで、収奪される側から排外主義を煽る者が急増、リベラル派の脅威となっているが、あれは「収奪するなら、同じ国民では無く外国や外国人からやってくれ」「外国人に対してなら、自分も収奪する側になれるかもしれない」という悲痛な叫びに過ぎず、自らナショナリズムを称揚し、進んで国家との一体化を宣言することで、自分だけ資本の収奪から免れようとする哀れな連中に過ぎない。資本家からすれば、工業化のプロセスが終わった以上、収奪先は自国民であれ、外国人であれ、どうでもいいのだから、彼らの訴えは喜劇であると同時に悲劇でしか無い。
以下続く
posted by ケン at 16:58| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする