2018年11月02日

銀決済の革命性について

世界で初めて銀貨による公的決済を行ったのは元朝だったという。
それ以前は現在の価値で10万円に相当する現金を持ち運ぶためには、約5kgの銅銭が必要だった。だが、銀決済の導入により、同額の現金は50グラムの銀貨を持つだけで良くなった。この革命性とグローバリゼーションが理解できないと、真の歴史は理解できないという。

中国では、前漢期には銀貨が鋳造されていたようだが、市場決済が可能なほどの量産はできなかったらしい。
当然ながら、高額決済ができないということは、それだけ市場や流通の規模が規定され、資本の蓄積が進まないことを意味する。
同時に携行できる現金に限界があるということは、旅行や小商業も大きく制限されることを意味する。中世以前は大キャラバンを組まないと、商売などできなかったのだ。

最新の仮説では、蒙古帝国の成立に伴い、銀決済が導入され、それが南宋にまで及んだ結果、中国で不要になった宋銭が大量に日本に輸入、流通するようになり、室町期の経済的繁栄をもたらしたという。
但し、日本で銀貨が流通するようになるのは、江戸幕府の成立を経て江戸中期以降のことになるらしい。
古代・中世人や近世人がどのように決済していたかまで考えないと、時代劇もずいぶんと陳腐なものになってしまうということだろう。

私ももう一度上海博物館に行く必要がある。
ちなみに、5千人民元を持つためには中国人民銀行券で50枚、もしくは日本銀行券なら9枚必要だが、キャッシュレス決済の割合は中国の60%に対して、日本は20%に過ぎない。

【追記】
元帝国が銀決済を導入して、中国で余剰した銅銭が日本に二束三文で「輸入」され、日本で流通に乗った結果、室町期には「四日市」や「八日市」などの定期市が各地に生まれ、流通経済が形成された。同時に貸金業なども栄えるようになり、現在では悪名高き「徳政令」が発令されるに至っている。まだ現金決済ができるようになったため、足軽などの傭兵業も成立し、戦国時代に突入するきっかけにもなった。経済史を知らずに日本史は語れないということだ。
posted by ケン at 10:24| Comment(7) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする