2018年12月31日

2018年を終えて

2018年は永田町を去り、大陸に渡って、三カ国目(日露中)の公務員になるという珍業を成し遂げました。
後半は新たな生活と新たな職場、10年ぶりの教壇に多忙を極め、ブログの更新も半分近くに落ちましたが、お付き合いくださいまして、ありがとうございました。
永田町や霞が関のようなところにいると、いつしか内輪の論理や組織防衛に思考ががんじがらめにされてゆくので、「リベラル・デモクラシー以後」を見据える上でも、良い決断だったと自負しています。まぁこのまま引退して、老後のゲームライフでもいいんですけどね。

他方、中国は急速発展して、いまは日本の1980年代後半か90年代初めくらいのイメージでしょうか。
イケイケドンドンであるが故に、足下に大穴があいていることに気づかないというか、「だから何?」と思っているのか、そんな感じで、みな楽しそうではありますが、「その後」を知っている日本人からすると、「いつか来た道」にしか見えないところもあります。
この辺は冬休み中にでもちゃんと書きたいと思っていますが、生産力過剰で賃金コストが上昇している中国は、まさに米日の数十年あとを突っ走ってきたわけで、遠くない将来、米欧のように安価な労働力を移民に求めるか、日本のように国内で収奪(非正規労働者という二級市民を作る)か、あるいは第三の道を進むかの選択に迫られます。社会主義中国では、「共産党」が一党独裁を担っている以上、ドグマの上から第二の道を取ることはできず、かといって人口過剰のため第一の選択肢もなく、内実は相当に苦しい状態にあるのです。
ゲーマー的に言えば、「いまこの時点では勝っているけど、これって実は詰んでないか?」という感じ。一般的なゲームとの違いは、自分が負ければ、相手が勝つというわけではなく、「全員負け」という可能性も十分にあるということでしょう。

教育現場についてはあまり触れていませんが、中国の学生の現状はなかなかに惨憺たるもので、中国に10年近くおられる先輩も急速な水準低下に驚いているほどです。日本で言えば、1960年代の学生がいきなり80年代や90年代の学生になってしまったかのようなもので、すっかりレジャーランドあるいは就職予備校になっています。
少し前までは、「都会っ子はダメだが、地方出身者は真面目」という風潮があったのですが、いまや地方出身者が少なくなっていることと、その地方出身者も水準が著しく低下しているということです。
もちろん、真面目な学生もいるのですが、全体的なレベルが低下すると、授業の水準はどうしても中央値に合わせるほか無く、真面目な学生からすると物足りなくなってしまい、やる気をそいでしまう問題が生じています。

中国では29日が仕事納めで、2日から授業(試験含む)という日程で、まだまだゆっくりできる環境にはありませんが、30、31日と二連チャンでゲーム納めをして、新年と試験(成績付け)に臨みます。
一月末には一時帰国する予定です(入国拒否されなければ笑)。

それでは、皆さんも良い年をお迎え下さい。
posted by ケン at 11:31| Comment(9) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月30日

霞が関連続データ改ざん事件が意味するもの

【勤労統計、全数調査怠る 都内実施は約3分の1 厚労省】
 厚生労働省が公表している「毎月勤労統計」について、本来とは違う手法で一部調査されていたことが28日、分かった。従業員500人以上の事業所はすべて調べなくてはいけないが、東京都分は3分の1ほどしか実施していなかった。調査結果は国の経済規模を示す国内総生産(GDP)の算出などにも使われており、重要な統計の信頼性が揺らぐ恐れがある。
 この統計は、統計法に基づく政府の基幹統計の一つ。賃金や労働時間などの動きを示す指標で、労働者1人当たりの現金給与総額や前年同月と比べた変化率などを厚労省が毎月公表している。調査は、都道府県を通して実施している。対象は全国で約3万超の事業所。従業員5〜499人は抽出して実施するが、従業員500人以上の事業所6千弱についてはすべてで行うことになっている。政府関係者によると、東京都の500人以上の事業所は約1400ある。ところが、厚労省側で約3分の1の500事業所ほどを抽出し、東京都に対象事業所のデータを渡していた。いつから、どのような経緯でこうした調査をすることになったかは、厚労省が現在調査しているという。
(12月28日、朝日新聞より抜粋)

企業におけるデータ改ざんは、多くの場合、実現不可能な目標を上から一方的に命令され、それを形式上「実現」するために行われている。
霞が関によるデータ改ざんやデータ不正が次々と明らかにされているが、これは通常の調査方法では、政治(自公政権)が掲げる「アベノミクスの成功」を証明することができなくなっているため、データや統計数値を改ざんすることによって、形の上だけ証明しようとしている傍証と言えよう。

このことは、国家そのものが通常あるいは正常なる方法では成長あるいは現状を維持することができなくなっていることを意味している。1970〜80年代のソ連などでは、政治レベルで不正データを掲げて「社会主義の偉業達成」をアピールしていたが、これと同じことが現代日本で起きているのである。
この分では、2030年代に入るか入らないかくらいで大崩壊するイメージだ。
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2018年12月29日

外務省が言い訳の準備

【約60年前の外交文書 「二島先行返還論」が一部にみられる 明記】
 日ソ共同宣言から4年後の1960年に外務省が作成した資料に、北方領土交渉をめぐって歯舞群島と色丹島の返還を先行して行う、いわゆる「二島先行返還論」が一部にみられると明記されていたことが、19日公開された外交文書で明らかになりました。
 1960年1月に作成された当時の岸総理大臣のアメリカ訪問に向けた準備資料には、領土問題について「行き詰まり状態になっている」と記されています。その一方で「最近わが国に、歯舞、色丹プラスアルファをもって本問題を解決し、平和条約を締結すべきであるとの議論が一部に見られる」といわゆる「二島先行返還論」が一部にみられると明記されています。
 具体的な例として「日本国民が是認しうる最小限度の条件で速やかに平和条約を締結するよう努力すべし」という水産関連団体の要望が紹介されています。そして、この要望について、真意は国後島と択捉島に対する日本の主権を認めさせたうえで歯舞群島と色丹島の返還によって平和条約を締結しようということだと分析しています。
 また資料には、「ソビエト側において、従来の基本的態度を変化した兆候はなく、目下のところ解決に見通しが立たない」とも記されています。資料が作成された4年前、1956年には、日ソ両国が、平和条約締結後に歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すことなどを明記した「日ソ共同宣言」に署名しています。
 外交史が専門の筑波大学の波多野澄雄名誉教授は「『二島返還で解決すべきだ』という国内の意見をアメリカに伝えようとした資料は初めてではないか。潜在主権が沖縄だけではなく北方領土にもあるということをアメリカに確認したかったのではないか」と分析しています。
(12月19日、NHKニュース)

ロシア・ソ連学徒からすれば、「何をいまさら」感が半端ない。
真新しいのは、せいぜい外務省が資料を出してきたということで、二島返還で妥結した場合の言い訳の準備なのはミエミエ。
むしろ外務省が歴史的事実を隠蔽してきたこと、マスゴミが何も調べないで政府の主張を垂れ流してきたこと、そしいわゆる専門家連中も自分の狭い範囲の分野以外のことは何も知らないことを露呈しただけのことだろう。

単に一億総劣化の証明をしただけのことで、恥ずかしい以外の何物でもない。
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2018年12月28日

七王国の玉座(FFG)

最近は安定してゲームカフェに行けている。
この日は、まずイタリア製の「フェイスレス」なる謎ゲーをプレイするが、プレイこそできたものの、文章にして説明するのも難しいほど、謎なまま、何が面白いのかも分からないまま、全員敗北(協力プレイなので)して終了。
騒がしい中国人たちが口数少ないまま、仕舞われていった。
面白いゲームを見つけるには、やはり経験と感覚が不可欠なのだが、こうしてつまらないゲームを買わないと感覚が養われないことも確かだ(遠い目)。

次いで「七王国の玉座」をプレイ。
ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」をボドゲ化したものだが、日本未発売な上、私は原作を見ていない。さらに中国語で「七権力闘争」みたいな題名になっていたため、ますます謎だった。長い説明を経て、ようやく「あ〜、ゲーム・オブ・スローンズね」と分かった次第。中国ではそこそこ有名らしい。

ゲームとしては要は「ディプロマシー」で、そこに近年のボードゲーム要素がいくつか加えられている感じ。
特徴的なのは行動順で、「行軍」「防御」「休養」「支援」などの行動の種類によってエリアごとにマーカーを配置、行動別に王位継承順に行動してゆく。一見面倒くさく思えるが、これが慣れると意外とサクサク進んでいく。

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また興味深いのは戦闘で、コマの戦闘力に手札の戦闘力を加算して決めるわけだが、手札の戦力は0〜4と特殊効果を持つ。しかし、カードは一度使うと使い切るまでシャッフルされないため、0や1のカードを何時使うか悩むことになる。もちろん、わざと負けたり、カードを消費するために無駄な戦闘を行うこともありだ。
しかも、戦闘では容易にコマが除去されず、ただ退却するだけなので、一度の敗戦で全てを失うようなことはない。ただ、後半になると皆戦力が飽和して、いささか千日手な感じになるのも否めない。

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私が見るところ、王権、封臣、宮廷序列などの行動順、戦闘力、マーカー効果などを規定する要素がすべてオークションで決定されるので、そのオークションで勝ったものが主導権を握る感じになり、マップ上のコマなどはあまり重要でないように思えた。
色々悪くはない感じなのだが、「そのオークション次第じゃね?」という疑念は最後まで晴れなかった上、そのオークションに全然勝てなかったので、ますます疑念を深めてしまった。
もともとディプロマシーは苦手な部類なので、最後まで「勝ち方わからねぇ〜」と思っていたが、やはり勝てなかった。
原作も読んでいないので、世界観が全然分からないこともあり、これ以上の評価は控えたい。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月27日

広河問題は氷山の一角

【世界的人権派ジャーナリストに性暴力疑惑 7人の女性が証言】
 チェルノブイリ原発事故、薬害エイズ問題などに取り組み、常に被害者の側に立ってきた人権派フォトジャーナリストとして世界的に知られる広河隆一氏(75)に、職場の女性へのセックス要求、ヌード撮影、セクハラなどの疑いがあることが「週刊文春」の取材でわかった。
(12月25日、文春オンラインより抜粋)

広河氏のことは、議員会館などで何度か見かけたことがあるが、人づてにその人柄を聞いていたこともあって、私も横柄な権威主義者のイメージを抱いており、できれば関わりたくない人物の一人だった。同じく、人づてではあるが、周囲の人間を怒鳴りつけたり、居丈高に命令したりといった話も聞いていただけに、驚くことはなかったが、ここまで酷いとも思わなかった。特に親しかったわけでは無いが、知っている女性が出入りしていたこともあって、手遅れかもしれないが、心配している。

一般的に権威主義は右翼や保守に多いと見られがちだが、現実は逆で、左翼の中でも左に行けば行くほど権威主義の度合いが高まる構造にある。言うまでも無く、その本家本元がNK党であり、旧社会党にあっては最左派の社会主義協会派がそうだった。彼らは、多数派に依拠していないがために、マルクス主義や社会主義のドグマという権威に、権力の正統性を依拠する他ないことが原因と考えられる。
むしろ旧来型の自民党は、多数の市民や団体の支持を受けなければ議員でいられないがために、一般的には横柄や権威主義とは程遠いところにあった。いわゆる人格者は圧倒的に自民党に多い、いや多かったのだ。
過去形にせざるを得ないのは、最近は自民党も人材不足となり、地場の名士ではなく、公募で集めて「当選しそう」という基準で選ばれたものが候補者となり、小泉あるいは安倍人気の下で当選しているだけに、旧来型の「人のいいおっちゃん」や「ワルだが気遣いや人垂らしのプロ」みたいな者が絶滅危惧になり、頭でっかちで変なルサンチマンを抱えた横柄な人物が横行している。

この問題の根が深いところは、平素人権保護やジェンダー平等を訴える左翼あるいはリベラルの中に、この手の権威主義者が無数に存在している点にある。少し前に問題になった鳥越某の例をあげればよく分かるだろう。
この点、最初から「女は厨房でメシをつくってろ」というスタンスの保守派においては、ハナからこうした問題が起こりにくい環境にある。いずれにしても、女性にとって地獄であることに変わりはないのだが。

また、権威主義的かどうかは別にしても、議員をやる、あるいはやりたがるような人物は、色々な意味でパワーが有り余っているものが多く、性欲についても同様で、わが男性同志の中にもある男性議員に押し倒されそうになったところを這々の体で逃げてきたものがいるから、良くわかる。
少なくとも話を聞く限り、他にも女性の議員秘書で、議員からセクハラあるいは性暴力を受けたものは少なくない。政党や党派に関係なく、まだまだ性暴力が蔓延しているのも事実だ。永田町を厳密に調査すれば、おそらく国会議員の3分の1以上がパワハラないしはセクハラの加害者である、というのが、永田町に15年間勤務した私の直観である。

闇は深い。

【2018.12.29 追記】
この闇がさらに深いところは、一つは女性議員におけるパワハラ等の深刻さに見出すことができる。有名どころでは、タナマキやトヨマユが、現役を見てもジェンダー平等を訴えるRM党ですら、IMやWYらを筆頭に女性のパワハラ議員あるいはパワハラ疑惑は枚挙に暇がない。この構造は、人権擁護を訴えるリベラル層に権威主義者が多いことを軌を一にしている。それだけに、この業界は救いがないのである。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月26日

革命は医療現場から?

【医師の働き方改革 休息義務9時間に委員から「現場回らない」】
 医師の働き方改革を巡り、厚生労働省は17日の有識者検討会で、仕事を終えてから次に働き始めるまで一定の休息時間を確保する「勤務間インターバル」を「9時間」、宿直明けは「18時間」とする案を示した。連続勤務時間は「28時間」とした。委員から「これでは現場が回らない」などと批判が相次いだため、19日の会合で再度議論する。
 医師の残業時間の上限について、厚労省は、一般的な医療機関の医師▽地域医療に従事する医師▽専門性や技能などを高めたい若手医師――の3パターンに分類。地域医療や、技能を高めたい若手医師は過酷な医療現場で長時間労働が想定されることから、インターバルや連続勤務時間の制限を義務付ける。
 医師の休息時間について、厚労省は8時間を軸に検討していたが、医師の健康を維持するには9時間が必要と判断。宿直明けは2日分に当たる18時間、宿直も含めた連続勤務時間は28時間とした。
 だが、この日の検討会で、複数の委員から「かなり厳しい設定だ。地域医療は守られるのか」「義務化したら現場はとても回らない」と批判が相次いだ。厚労省は、残業時間の上限も含めて、年内にはまとめる方針。
(12月17日、毎日新聞)

改革とは言えない改革案。改革そのものが不可能になっている末期症状を象徴している。
別の記事では、「一般労働者の上限「年720時間(休日を除く)」を超える見通しで、地域医療の中心となる病院の医師と、高い技能を身につけようとする若手医師はより高い上限として長時間の残業を容認する」旨も言っており、どう見ても形式的に「医師の労働環境を改善した」ポーズだけとって、実質的な成果を得ることは前提としていないとしか思えない。

この手の残業規制やインターバルを含む労働時間規制は、強力な労働組合が監督することによってのみ実現可能であり、医師の裁量や自由意志に任せていたら、「現場が回らない」の一言ですべて反故にされてしまうことは間違いない。断言してよいだろう。
この点は、旧同盟系の民間労組が優れており、特に工場などでは終業後、必ず組合員が現場を見て回り、残業の適法性や必要書類を検査、違法残業の摘発を行うという。逆に公務員系の労組では、殆どこうした取り組みが行われておらず、自治体や教職では超長時間労働が放置されている。
未組織率が非常に高く、労働者としての意識が低い医師も後者の部類に入るため、仮に制度で一定の労働時間規制を行ったところで、それをチェックする仕組みがないため、まず守られることはない。

そもそも「医療現場が回らない」などというのは経営・資本側の論理であって、個々の労働者にとっては本来「どうでもいい」ことであるはずだが、「人の生命がかかっているんだぞ!」という宗教的倫理や精神論による弾圧・人権抑圧がまかり通っている。これは「他人の生命の前では、お前の生命の価値など無い」と言うに等しく、しかも過労によって死んだり、精神を病んだりするのは病院長ではなく、現場の医師であるという点、「お国のために死ね」という旧軍の論理や腐敗と酷似している。

上記の改革案もまたこの手の資本の論理によって作られている。例えば、厚生労働省の「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」の委員を見た場合、病院長、大学教授、県知事など資本家あるいは統治者しかおらず、医師や看護師など労働側代表あるいは若手代表は一人もいない。これでは、フランス革命時の三部会よりも酷い。繰り返すが、過労死するのは医師であって、病院長や大学教授ではない。

改革の発想そのものが逆転している。医師などの労働環境が整って、「人間らしい生活」が担保されれば、潜在的な医師(免許を持っていても医療活動から離れた)の現場復帰が期待できるし、個々の医師の生産効率も上がるだろう。それでも足りない場合は、医学部の定員を増やす話になる。
しかるに実態は、「現場の兵力が足りない」「増援はない」「既存の戦力で現場を死守せよ」と言っているばかりで、現場の戦力をすり減らす一方にある。つまり、指揮官が無能である証拠だ。これでは破断界を迎えるのも遠くないだろうし、現に地方では次々と崩壊している。

ジャコバン派のマラー、中華革命の孫文、キューバ革命のゲバラなど、古来革命は医師と法律家によって担われてきた。日本でも医師の中から革命家が誕生する日も遠くないかもしれない。
posted by ケン at 12:00| Comment(8) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月24日

たかが捕鯨、されど捕鯨

【政府、25日にもIWC脱退決定】
 政府は約30年ぶりの商業捕鯨の再開に向け、クジラ資源の管理を担う国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を早ければ25日にも決定し、その後表明する見通しだ。日本の国際機関脱退は戦後ほとんど例がなく極めて異例。国際社会から協調軽視との批判を浴びることは必至だ。
 政府内で脱退を決めた後、来年脱退するための期限に設定されている来月1日までにIWC側に通知する方向だ。この場合、脱退する来年6月30日以降に商業捕鯨が可能になる。商業捕鯨は日本近海や日本の排他的経済水域(EEZ)で実施する見通し。
(12月23日、共同通信)

「親が親なら子も子」ということなのか。
秩序というのは、「何となく守らないといかんよね」という意識が共有されているからこそ守られる。確かに、秩序の担保として暴力や権威などが必要になるのだが、あくまでも担保は担保に過ぎない。
例えば、ソ連あるいは東ドイツなどの崩壊時には、ソ連軍もシュタージも健在だったが、担保として機能はしなかった。勤王派で明治帝政の功臣の一人だった田中光顕などは、御一新から数十年経た後に、「あの天下そのものだった幕府が本当に倒れるなど、最後の最後まで信じられなかった」旨を回顧している。秩序とはそういうものだのだ。

戦後世界の秩序は、基本的にアメリカとソ連の武力と影響力をもって保たれていたが、まずソ連が崩壊し、アメリカ一強体制が成立したものの、1990年代から地域紛争は拡大の一途を辿り、2001年からは本格的な「対テロ戦争=ラビリンス(迷宮)」の時代に突入、米国の基礎体力を奪っていった。
2010年代に入ると、もはやパックス=アメリカーナの限界が見え、ついには覇権放棄を掲げるトランプ大統領が選出され、今日に至っている。戦後の国際秩序が、米ソ二強体制を前提に成り立っている以上、ソ連がなくなり、アメリカが覇権放棄を進めれば、瓦解あるいは融解は免れない情勢となっている。
アメリカとしては、中国に覇権を委譲したいところなのだろうが、国際社会も中国も望まないため、アメリカが一方的に少しずつ覇権を放棄しつつあるのが、現状と言える。

その親の姿を見ている以上、日本としても「親がやっているんだから、俺もいいだろう」とグレるのは時間の問題だったかもしれない。しかし、最初にやるのが「捕鯨委員会」というのは、いかにもセコい気はするが。
「アメリカが自国第一主義で行く以上、我々もそうならざるを得まい!」というのは理屈の上では理解できるが、捕鯨委員会の脱退がそこまで自国の国益に益するものかと言えば、逆のようにしか思えない。陰謀論的に考えれば、「和歌山選出の二階幹事長ガー!」ということになるのだろうが、どう見ても無理がある。捕鯨業者にそこまでの政治力があるとも思えないし、「脱退して近海捕鯨を再開する」という説明も無理筋(脱退の必要ない)で、分からないことだらけだ。
この点、「リットン報告」で国際連盟を脱退してしまった戦前の故事や鼻息の荒さが思い出される。
10月2日にリットン報告書が公表される。それは、満州事変における日本の自衛権発動を認めず、満州国も承認しないというものだったが、一方で原状復帰ではなく、満州を日本を始めとする国際社会の共同管理下に置いた上で、排日運動を取り締まり、日本側の諸権益を認め、拡充することまで容認していた。今日の我々が読んでも、「御先祖方はこのどこが不満だったのきゃ?」と言いたくなるほどのものである。にもかかわらず、翌日の新聞各社は、
『東京朝日』――「錯覚、曲弁、認識不足―発表された調査団報告書」
『大阪朝日』――「認識不足と矛盾のみ」
『東京日日』『大阪毎日』――「夢を説く報告書―誇大妄想も甚し」

という大見出しで、「依然たる認識不足」「全編随所に日本の容認し得ざる記述」「徹頭徹尾偏見にもとづく」などの具合で非難轟々の有り様となった。
11月には国連で報告書の審議が開始されるが、松岡洋右代表の強硬姿勢をマスコミが英雄視して報道し、世論も同調、国際連盟脱退運動がヒートアップしていった。翌33年に入ると、2月にはリットン報告が採択されて、日本は国連を脱退、関東軍は熱河省と河北省に対する侵攻を開始した。
1920年代には各種軍縮条約を率先して締結し、国際協調路線が高い評価を受けて、国際連盟の常任理事国として確固たる地位を築きつつあったにもかかわらず、満州事変から1年半も経ないうちに脱退、自ら国際的孤立を招いてしまったのである。
リットン報告書をめぐる日本の報道について

ここに至っては、中国に「国際秩序を守れ」と諭される事態になってしまっており、誰のための秩序なのか分からなくなってしまっている。が、中国がそう言えば言うほど、「お前が一人勝ちしている秩序なんていらねぇ」という話になってしまって、ますます米中間がこじれることにもなっている。この点、中国はあまり上手くやっているとは言えないが、彼らも自信過剰に陥ってイケイケになってしまっており、どうにもならなくなっているのかもしれない。

確かに「しょせんはIWC」なのかもしれないが、戦後秩序瓦解の始まりと考えれば、将来的には笑えない話になるかもしれない。
バスチーユ事件だって、当初は誰も「国王処刑」「共和国成立」など予見していなかったのだから。

「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」 閑吟集
posted by ケン at 00:00| Comment(11) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする