2018年12月26日

革命は医療現場から?

【医師の働き方改革 休息義務9時間に委員から「現場回らない」】
 医師の働き方改革を巡り、厚生労働省は17日の有識者検討会で、仕事を終えてから次に働き始めるまで一定の休息時間を確保する「勤務間インターバル」を「9時間」、宿直明けは「18時間」とする案を示した。連続勤務時間は「28時間」とした。委員から「これでは現場が回らない」などと批判が相次いだため、19日の会合で再度議論する。
 医師の残業時間の上限について、厚労省は、一般的な医療機関の医師▽地域医療に従事する医師▽専門性や技能などを高めたい若手医師――の3パターンに分類。地域医療や、技能を高めたい若手医師は過酷な医療現場で長時間労働が想定されることから、インターバルや連続勤務時間の制限を義務付ける。
 医師の休息時間について、厚労省は8時間を軸に検討していたが、医師の健康を維持するには9時間が必要と判断。宿直明けは2日分に当たる18時間、宿直も含めた連続勤務時間は28時間とした。
 だが、この日の検討会で、複数の委員から「かなり厳しい設定だ。地域医療は守られるのか」「義務化したら現場はとても回らない」と批判が相次いだ。厚労省は、残業時間の上限も含めて、年内にはまとめる方針。
(12月17日、毎日新聞)

改革とは言えない改革案。改革そのものが不可能になっている末期症状を象徴している。
別の記事では、「一般労働者の上限「年720時間(休日を除く)」を超える見通しで、地域医療の中心となる病院の医師と、高い技能を身につけようとする若手医師はより高い上限として長時間の残業を容認する」旨も言っており、どう見ても形式的に「医師の労働環境を改善した」ポーズだけとって、実質的な成果を得ることは前提としていないとしか思えない。

この手の残業規制やインターバルを含む労働時間規制は、強力な労働組合が監督することによってのみ実現可能であり、医師の裁量や自由意志に任せていたら、「現場が回らない」の一言ですべて反故にされてしまうことは間違いない。断言してよいだろう。
この点は、旧同盟系の民間労組が優れており、特に工場などでは終業後、必ず組合員が現場を見て回り、残業の適法性や必要書類を検査、違法残業の摘発を行うという。逆に公務員系の労組では、殆どこうした取り組みが行われておらず、自治体や教職では超長時間労働が放置されている。
未組織率が非常に高く、労働者としての意識が低い医師も後者の部類に入るため、仮に制度で一定の労働時間規制を行ったところで、それをチェックする仕組みがないため、まず守られることはない。

そもそも「医療現場が回らない」などというのは経営・資本側の論理であって、個々の労働者にとっては本来「どうでもいい」ことであるはずだが、「人の生命がかかっているんだぞ!」という宗教的倫理や精神論による弾圧・人権抑圧がまかり通っている。これは「他人の生命の前では、お前の生命の価値など無い」と言うに等しく、しかも過労によって死んだり、精神を病んだりするのは病院長ではなく、現場の医師であるという点、「お国のために死ね」という旧軍の論理や腐敗と酷似している。

上記の改革案もまたこの手の資本の論理によって作られている。例えば、厚生労働省の「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」の委員を見た場合、病院長、大学教授、県知事など資本家あるいは統治者しかおらず、医師や看護師など労働側代表あるいは若手代表は一人もいない。これでは、フランス革命時の三部会よりも酷い。繰り返すが、過労死するのは医師であって、病院長や大学教授ではない。

改革の発想そのものが逆転している。医師などの労働環境が整って、「人間らしい生活」が担保されれば、潜在的な医師(免許を持っていても医療活動から離れた)の現場復帰が期待できるし、個々の医師の生産効率も上がるだろう。それでも足りない場合は、医学部の定員を増やす話になる。
しかるに実態は、「現場の兵力が足りない」「増援はない」「既存の戦力で現場を死守せよ」と言っているばかりで、現場の戦力をすり減らす一方にある。つまり、指揮官が無能である証拠だ。これでは破断界を迎えるのも遠くないだろうし、現に地方では次々と崩壊している。

ジャコバン派のマラー、中華革命の孫文、キューバ革命のゲバラなど、古来革命は医師と法律家によって担われてきた。日本でも医師の中から革命家が誕生する日も遠くないかもしれない。
posted by ケン at 12:00| Comment(8) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする