2019年03月31日

EU離脱協定案で瓦解する英国の議会制民主主義

【「裏切るな」怒る英市民 EU離脱協定案、3回目の否決】
 英国が欧州連合(EU)から抜ける条件を定める協定案が29日、英議会下院で三たび、否決された。当初、同日午後11時(日本時間30日午前8時)に離脱するはずだった。離脱支持の市民は「約束が違う」と怒る。英政府・議会は、あと10日余りで英国が向かう道の最終決断を迫られる。
 下院は29日の採決で、メイ氏がEUと合意した離脱協定案を賛成286、反対344で否決した。58票差となり、1回目(1月15日)の230票差、2回目(3月12日)の149票差より負け幅は縮まった。
 今回、将来の通商関係の大枠を示す「政治宣言」を対象から外し、離脱後の移行期間などを定めた協定案に絞って採決。メイ氏は「可決されれば辞任する」と退路を断ち、反発する勢力の支持を得ようとした。それでも可決できなかった。協定案にある北アイルランドの国境管理の規定への反発のほか、EUとの合意なしの離脱でもいいという勢力が動かなかった。
 英国会議事堂周辺は29日、離脱を実現できない政治に、怒りと不満をぶつける人であふれかえった。「民意を尊重しろ」「裏切るな」などと書かれたプラカードを掲げた参加者が英国各地から集まった。
(3月31日、朝日新聞)

もう一つの問題は、国民投票自体の難しさである。「EUを離脱するか、残留するか」という重大な社会的選択を、「イエス、オア、ノー」二択で決めてしまい、しかも超僅差で決定しまったことは、今後の意思決定に重大な禍根を残す恐れがある。具体的には、スコットランドの独立が再燃したり、他のEU諸国でも離脱が加速したりする懸念がある。
国民投票は、デモクラシーを構成する重要な要素かもしれないが、その運用はごく慎重であるべきだと考える。
英国でもエリート不信、2016/06/25)

概ね私が指摘した通りになっている。
イギリスの場合、そもそもEUに加盟するメリットが小さかったにもかかわらず、「バスに乗り遅れるな」的なノリで加盟した結果、過大な供出が求められる一方で、移民やら難民やらを押しつけられ、安価な労働力を使用する資本家はボロ儲けしたが、それ以外の層は圧倒的に赤字超過に陥ってしまった。

本来、EUは「欧州大陸で戦争を起こさない」ためのシステムで、本質的には「独仏同盟」だったはずだが、フランスが衰退する中で、実質的に「ドイツ帝国」と化してしまっている。
また、安全保障面ではアメリカの影響力が大きすぎるNATOへの対抗手段としてEUに価値が求められた。だが、アメリカの権威を利用するイギリスにとってはNATOにさえ入っていれば、EUに入るメリットは無かったはずだが、そこを見誤ってしまった。

こうした問題は本来英国議会で調整されるべき課題だが、議会での調整が不可能になり、議会で主導権を得ようとした保守党のキャメロン氏が国民投票に踏み込んだ結果、完全に収拾が付かなくなってしまった。
今回の離脱案にしても、国民投票に従うなら、否決するのは「主権者に対する離反」になってしまうし、離脱案の内容に不備があるのであれば、議会内で調整すべきものであるはずだが、どちらも不可能になっている実情は、議会制民主主義の破綻を意味している。

もっとも、EUはEUで民主的正統性を持たないEU官僚が財政に絶対的権威を持っており、こちらはこちらでデモクラシーの根源が侵されつつある。東欧に権威主義政権が続々と誕生し、南欧が統治不全に陥りつつある現状は、日本では十分に報道されていないものの、非常に深刻な事態にある。

日本の場合は東欧型の権威主義政治をもって、危機の打開を図ろうとしているわけだが、排外主義の高まり、財政危機、政治的無関心と腐敗の蔓延など、それはそれで困難を抱えている。
英国の問題については、下記の記事で言い尽くしているので、参照して欲しい。

【参考】 英国でもエリート不信
posted by ケン at 10:33| Comment(0) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

映画が1900円に

【TOHOシネマズが鑑賞料金を値上げ 一般1900円に】
 TOHOシネマズが3月18日、映画鑑賞料金の値上げを発表した。アルバイト人件費などの運営コストの増加を理由に、6月1日から料金を改定。TOHOシネマズ名の全国66拠点で、現在1800円の一般鑑賞料が1900円、1100円のファーストデイやレディースデイは1200円に変更される。
 TOHOシネマズは、以下のコメントを発表。「弊社では、デジタル映写機や自動券売機等の導入による運営の効率化を図るとともに、映画をより多くのお客様にお届けし楽しんでいただくために新規出店や鑑賞環境の改善などに努めて参りました。しかしながら、アルバイト人件費を中心とした運営コストの上昇や各種設備投資への負担増により、企業努力だけではこれらの吸収は極めて困難であると判断し、鑑賞料金を改定させていただきます。今後も更なる企業努力により、お客様にご満足いただけるようサービスの向上に努めて参りますので、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」。
 改定後は、現在1800円の一般鑑賞料金が1900円に。1100円のシニア、ファーストデイ、レディースデイ、TOHOシネマズデイは1200円、2200円の夫婦50割引(2人で)は2400円となる。大学・高校・中学・小学生、幼児、レイトショーの料金改定はなく、12月1日の「映画の日」は現行料金の1000円で実施される。
(3月18日、映画.com)

色々なものが少しずつ値上がりしているが、映画1900円は高すぎだろう。日本にいた時はさほど気にならなかったが、海外から帰ってみると強く感じる。
そもそも「アルバイト人件費を中心とした運営コストの上昇」ということだが、時給1000円程度でボーナスも社会保障費も無い人件費が経営を圧迫するだろうか。これが本当だとすれば、そもそも経営に失敗しているとしか思えない。
やはりMX4Dを始め、IMAX、TCX、ATMOSなどの映画そのものの上映費用ではなく、付加価値を高めるための投資があまりにも高くついていることが大きいのでは無かろうか。これらは個人的には「どうでもいい」ものであり、そのために値上げされるのは、いささか納得がいかない。

この傾向は2000年代前後に日本の家電メーカーが、中国・韓国ブランドと競争するために、価格競争では無く、付加価値を高めることで対応しようとした結果、使われない機能ばかりが増えて、ユーザーからそっぽを向かれ、ほぼ全滅してしまった(残るはパナと日立のみ)故事が思い出される。

今の時代、映画館での上映など止めて、ネット配信だけで良いのではなかろうか。それで価格が半分以下になるのであれば、その方が良いように思える。少なくとも、その選択肢は欲しいところだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月28日

「固有の領土」なる概念を放棄せよ!

【教科書明記でも言えない? =北方領土「固有」で政権ちぐはぐ】
 北方領土をめぐる安倍政権の対応のちぐはぐさが際立っている。2020年度から使われる小学校5、6年の社会の教科書全てが北方領土について日本の「固有の領土」と明記。しかし、こうした記述を主導してきた安倍政権は国会答弁などで「固有の領土」との表現を避け続けている。
 文部科学省が26日発表した教科書の検定結果によると、北方領土を「固有の領土」としたのは申請のあった6点全て。このうち3点がこの表現を初めて使った。17年告示の新学習指導要領が「竹島や北方領土、尖閣諸島がわが国の固有の領土であることに触れること」と求めているためだ。
 特に、東京書籍と日本文教出版の計2点は、申請段階で「北方領土の返還問題が残されています」などと記述。いずれも検定で「児童が誤解するおそれのある表現だ」との意見が付き、「日本固有の領土である北方領土の返還問題が残されています」などと修正に応じた。
 にもかかわらず、安倍政権は北方領土をめぐる日ロ交渉への影響を懸念し、昨秋ごろから「固有の領土」との表現を封印。27日の参院予算委員会で野党は「あまりに弱腰だ。固有の領土と言ってほしい」と迫ったが、河野太郎外相は「波静かな中で交渉を行わせてほしい」と応じなかった。
 こうした姿勢には「政府は児童を混乱させている」と批判の声が出ている。国民民主党の玉木雄一郎代表は27日の記者会見で「教科書に書いているなら、固有の領土と言うべきだ。今のままでは、領土は1島も返ってこない」と切り捨てた。
(3月28日、時事通信)

そもそも定義が存在しない「固有の領土」などという概念を使い続けているから、こういうことになる。
同時に、「固有の領土」と主張することによって外交交渉を一方的に拒否するため、外交関係も悪化の一途を辿る上、いざ交渉する段になると、今回のように「今まで言ってきたことと違うじゃねぇか!」と国内の反発を買って、交渉の障害をつくることになる。
また、国際的にも存在しない概念で、外務省が英文訳をでっち上げて和製英語で表現しているため、これまた国際社会の嘲笑を買うところとなっている。
何重にも愚かな話であり、この一点だけもってしても、外務省は即刻解体すべきであろう。
そして、政府のデマゴギーを信じた国民からの突き上げに乗っかって「固有の領土」論で政府を攻撃する野党やリベラル派も百害あって一利無い存在である。

外交や領土問題はその時々のパワーバランスや地政状況によって変化してくるものであって、交渉の手を自ら縛るようなことは愚の愚でしかない。

以下、補足。
1874年の日本による台湾出兵と79年の第二次琉球処分によって、日清間の緊張が高まり、清朝では出兵も検討されていたところ、米国のグラント元大統領が仲裁に乗り出して、北京で琉球帰属問題の交渉が持たれた。この時の裁定案は、沖縄本島以北を日本、先島諸島を清が領有するというもので、日本側も了承し合意に至ったものの、調印の直前に清朝内部で反対論が噴出、調印には至らなかった。最終的に琉球の帰属が確定するのは日清戦争を経て下関条約でのことであり、つまり沖縄諸島は1895年まで領土係争地だったことを意味する。明治を知るものであれば、沖縄が「日本固有」たりうるはずがないことは常識だったのである。なお、沖縄で徴兵が開始されたのは1898年、衆議院議員の定数が割り振られたのは1912年のことだった。
和平条件としての沖縄と「固有本土」

7月8日、東郷外相は軽井沢に滞在中の近衛元首相を訪ね、和平交渉の対ソ特使を依頼、内諾を取り付ける。9日には、昭和天皇が鈴木首相にソ連仲介による和平交渉の促進を督促。翌10日夜、最高戦争指導会議構成員会が開催され、「遣ソ使節派遣の件」が決定された。
12日には近衛が宮中に呼ばれ、天皇から直々に対ソ特使の要請がなされた。軍の反発を想定した鈴木首相と木戸内府による画策だった。
近衛はその日のうちに側近とも言える酒井鎬次中将を呼び出し、近衛を交えて数人で和平交渉案を作成した。交渉案は「要綱」と「解説」の二部からなり、前者は天皇に奏上して御璽を受け、後者は木戸の了解を得て印をもらう予定だった。

その和平案の条件は、第一に「国体の護持は絶対にして、一歩も譲らざること」とし、第二は「国土に就いては、なるべく他日の再起に便なることにつとむるも、やむを得ざれば固有本土を以て満足す」であった。
「解説」によれば、「国体の解釈については皇統を確保し天皇政治を行ふを主眼とす」とあり、但し最悪の場合は昭和帝の退位もやむを得ないとしながらも、それでも「自発の形式をと」るとした。
さらに領土について、「固有本土の解釈については、最下限沖縄、小笠原原島、樺太を捨て、千島は南半分を保有する程度とすること」と説明している。

この条件は、つまり天皇制と皇統の存続が認められない限り和平はあり得ず、本土決戦まで覚悟していたことと同時に、沖縄は日本の「固有本土」ではなく、和平条件として「捨て」うる存在であったことを意味している。
連合軍に占領された地域の返還を和平条件に入れることは、当事者の立場に立つならば現実的ではなかったのだろうが、少なくとも意識の上では沖縄は帝国の本土ではなく、あくまでも明治維新後の帝国主義戦争によって獲得した「帝国領外地」の一つに過ぎなかったことを示唆している。だからこそ和平条件の一つにすることができたのだ。
(同上)

そもそも「固有の領土」は日本語にしか存在しない、内向きの論理でしかない。欧州の歴史学で「固有の」と使われるのは、古代史における先住民との関係の場合であって、19世紀や20世紀に一国家が占拠した土地を「固有」とすることはあり得ない。例えば、”native american” という場合、移民や侵略者に対する「先住者の権利」という意味が持たれる。つまり、欧米の歴史学に準じるならば、「固有の」とは明治維新で成立した「日本人」に対するアイヌや琉球人に対してこそ用いられるべきものであり、その意味で成り立ちうるのは「北海道はアイヌの native territoryである」とか「沖縄は琉球人の native landである」といったものでしかない。

世界史を学んだことのある者ならば、少し想像してみれば分かる話だ。例えば、米国人が「ハワイはアメリカ固有の領土だ」、豪州人が「タスマニアはオーストラリア固有の領土だ」などと言おうものなら、ハワイアンやアボリジニが猛反発して非難轟々となるだろう。ロシアや中国に至っては領土の大半がそんなところであり、下手な言い方をすれば自らの支配の正当性に瑕疵を付するだけに終わるだろう。
「固有の領土」は英訳可能か?



posted by ケン at 12:00| Comment(7) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月27日

立民ヘイト候補擁立未遂事件

【立憲新顔の立候補予定者がヘイト投稿 神奈川県議選】
 立憲民主党は、神奈川県議選(29日告示、4月7日投開票)に横浜市戸塚区選挙区(定数3)から同党公認で立候補する予定だった新顔の飯田強(つよし)氏(43)の公認を取り消す方針を固めた。同党県連は「SNS上で過去にヘイトスピーチを繰り広げていたため」としている。
 飯田氏は、過去に繰り返しツイッター上に投稿されていた韓国人などに対する差別的な書き込みについて、朝日新聞の取材に、自身の投稿だと認めた。「面白おかしく投稿すると反応もあって楽しく、本心と違うことも投稿してしまった。党に迷惑をかけ、申し訳ない」と話した。
 飯田氏が県議選立候補に向けて報道各社に提供した経歴によると、会社員などを経て今年2月から立憲民主党衆院議員の事務所で秘書をしていた。党県連幹事長の青柳陽一郎衆院議員は立候補予定者の調査について、取材に「マンパワーもお金もそうないので、プロのようなきちんとしたものにはならない。足りない部分があったことは認めざるを得ない」と述べた。
(3月26日、朝日新聞)

この手の話は大体当事者たちが「黙っていればバレないだろう」と思っているケースが多く、青柳議員の弁明は永田町勤務経験者としてはいかにも苦しい言い訳にしか聞こえない。
と言うのも、私自身が秘書としてこの手の人物調査を担っていたからだ。自分の場合、まず議員に「この人についてちょっと調べておいて」と言われ、まずプロフィールと経歴を調べた後、ネット上での言説を見て、見当たらないときは文書の類いを探すという手順を踏んでいた。
基本的に議員になりたがる人間は、自意識が平均より過剰で、「何か言わないではいられない」自己顕示欲過剰な者が圧倒的多数を占めている。残念ながら、そういう人間でなければ、そもそも自分から立候補しようとは思わず、その傾向は近年ますます強まっている。これも代議制民主主義の限界の一つである。
結果、殆どの場合、また若い人ほどすぐにネット上の言説が確認でき、資料を集め、候補者の適不適について自分なりの評価をつけて、議員に報告することになる。前ボスの場合、自分が「ちょっとどうかな」と思う人だけ私の調査させていたようだが、殆ど「あたり」だったことは、さすがとしか言い様がない。

仮にこうした作業をしていないとすれば、それはそれで何のための幹事長や選対委員長であるのか、問われるだろう。また、この手の人間が「改心」するケースは少なく、仮に改心したとすれば過去の言説を恥じて、そうそう立候補しようとは思わないはずだ。つまり私の見立てでは、「青柳氏は知っていて擁立を試みた」ということになる。

立民は組織拡大のためにかなり怪しげな人物を取り込んでおり、候補者不足もあって、「立候補できるなら誰でも」に近い状態にあると見て良い。
posted by ケン at 12:00| Comment(10) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月26日

中国で「国防軍の夜2」

中国でまさかの「国防軍の夜2」をプレイ。
「国防軍の夜」をプレイして好評だったため、「ぜひ2もプレイしたい」との声が上がったためだ。
「2」は日本の軍閥を率いて十五年戦争を戦う大キャンペーンゲームなのだが、現代中国人は「ゲームはゲーム」と全く頓着しない模様。ただ、ルールが分かりづらく、色々整理できていない作品であるため、私自身も上手く説明できる自信が無く先延ばしにしてきた経緯がある。

一回目、ケン先生はマスター役に徹し、中国人プレイヤー4人でプレイ。
ズルズルと日中戦争を戦い続けるも、皆建艦競争に走っており、大陸進出は全然進まない。
そのため、日米関係もなかなか悪化せず、欧州情勢ばかりが進んで、あっという間にドイツがフランスを陥落させ、インドシナへの進出が可能になる。
「援蒋ライン」の阻止を図るためにインドシナに進出すると、さすがに日米関係が悪化するが、陸海両大臣の辞任でこれを回避、そうこうしているうちに海軍は大和どころか紀伊までつくって「掛かって来い!」状態に。
しかし自らは開戦せず、アメリカに宣戦布告させ、マッカーサーをマリアナで待ち伏せてボコボコにしてしまう。
その後、ソロモン、ギルバート諸島に進出、ギルバート諸島に攻め寄せたニミッツ艦隊を損害を出しつつも撃破したところで、アメリカの戦意が喪失(1D6の6)、ゲーム終了となった。
ある意味では、五十六案(真珠湾奇襲)ではない、伝統的な海軍の対米作戦に従って理想的に展開した形だったわけだが、現実にこれでアメリカが休戦するとは思えない。
しかし、中国人プレイヤーは大盛り上がりで、うるさいほどに騒いでいた。結局、艦隊派のプレイヤーが「保持戦艦最大」の追加1VP分上回って勝利していた。

私は一回マスターしただけで疲れてしまったのだが、「他にもやりたがっている人がいるから」とのことで、私も入ってもう1プレイ。
今度は陸軍がメインとなって、こぞって中国大陸に進出、「独断専行」技能を使って勝手に戦線を広げるものもおり、「長沙さえ取れれば重慶に行ける」というところで、満州がガラ空きになっていたため、ソ連が対日宣戦布告。一度はソ連軍を撃破してウラジオストクを占領するも、繰り返し攻めてくる極東ソ連軍に関東軍が敗北、中国戦線でも損害が重なり、日米関係の悪化で工業力が下がっているため、陸軍部隊の回復が追いつかず、ソ連軍に満州を占領され、本土決戦になってしまう。
本土決戦は艦隊が参加できるため、敗北することは無いのだが、以降、毎回ソ連軍が攻めてくることになるため、「これはもう無理」ということになり、全員で投了した。
欧州情勢のタイミングによっては、日本軍がウラジオストクを抑えていると、ドイツが独ソ戦に勝利してソ連が降伏することもあるのだが、今回は欧州情勢が全く進んでおらず、フランス戦役すら起きていなかったことが災いした。

「1」よりもかなり時間と労力と気力の要るゲームで、ルールがいささか分かりづらく、未整理な点で私的には面白いものの微妙な評価なのだが、中国の皆さん的には「何でこれが同人なんだ?市販されないのか?」と大人気だった。
中国人とマルチゲームをすると、すっごくうるさいデス。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月25日

魯迅先生の墓参

日本語教師会のランチ交流会に出席するが、ちょうどすぐ脇に魯迅先生のお墓があり、墓参することにした。
どこかで行こうとは思っていたし、特に遠いわけでもなかったのだが、普段の行動範囲外だったため、つい失念していた。

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魯迅先生と言えば、やはり「同志小林の死を聞いて」(1933)の一文。
日本と支那との大衆はもとより兄弟である。資産階級は大衆をだまして其の血で界をゑがいた。又ゑがきつつある。
併し無産階級と其の先駆達は血でそれを洗って居る。
同志小林の死は其の実証の一だ。
我々は知って居る。我々は忘れない。
我々は堅く同志小林の血路に沿って前進し握手するのだ。

小林多喜二が特高によって撲殺された際に、魯迅が日本語で書いて中国から送った弔文である。
私は幸いにして公安によって撲殺されることはなかったが、今や同じことが起きてもおかしくない情勢にあり、日中関係も1933年ほどではないにせよ、衝突リスクは高まる一方にある。
それだけに、墓を前にして思うところも多かった。

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墓の周りは公園になっていて、魯迅記念館も併設されているのだが、いかんせん春の日曜日で凄まじい人出だったため、今回は墓参のみにして退散した。
改めて訪問したい。
posted by ケン at 15:25| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

海自の省力化が意味するもの

【海自「省人化」推進へ なり手不足深刻で効率化】
 海上自衛隊は新たな防衛計画の大綱が適用される来年度以降、省人化の取り組みを強化する。乗員を半分程度に減らせる新型護衛艦を22隻建造するとともに、休養時間を確保するために乗員を途中で入れ替えるクルー制を導入。無人哨戒機の導入も検討する。背景には、警戒監視などの任務が増大する一方で、少子化で隊員募集が困難になっている状況がある。
 新型護衛艦は今年度予算から取得が始まった。船体のコンパクト化を図り、乗員は現在の護衛艦の半分程度の約100人でも運用できるようにする。機雷を排除する掃海艇の機能も併せ持ち、駆逐艦(DD)よりも小型のフリゲート艦の頭文字を取ったFFMを略号とする。海自は昨年度末に47隻だった護衛艦を今後10年間で54隻まで増やすが、このうち22隻をFFMにする方針だ。
 海自は主にこのFFMを対象に、ヘリコプターなどを使って護衛艦の乗員を任務途中で入れ替えるクルー制を導入する。これまでは艦艇ごとに乗員が固定されており、休養のためには停泊しなければならなかった。クルー制にすることで、乗員の洋上勤務期間を短縮し、陸上での休養日数を増やしたい考えだ。
 近年は中国海軍の活動範囲が拡大したことに伴い、海自の警戒監視任務も増大。国連の経済制裁を逃れるための北朝鮮による洋上取引の監視任務なども加わったことで乗員の負担が増し、十分な訓練時間の確保も難しくなっている。
 このため、警戒監視任務に特化した哨戒艦も12隻導入する。海上保安庁の巡視船並みの乗員約30人、排水量1000トン級の小型艦を検討している。哨戒艦導入により、他の護衛艦が訓練などに当てる時間を増やすことができるという。さらに無人化技術の導入も推進し、他国艦艇を上空から監視する無人の滞空型哨戒機の導入に向けた検討も始めている。
 一連の施策について海自幹部は「人の確保が最大の要因だ」と話す。少子化などに伴い、隊員の募集環境が厳しくなっているが、特に洋上勤務の長い海自は募集に苦戦している。部隊の中核を担う一般曹候補生の応募倍率が昨年度は陸自(5・7倍)や空自(11・8倍)を大きく下回る2・5倍だった。
 海自は今年度、艦内の無線LANで家族とメールをできるようにするなど勤務環境の改善に努めているが、海自幹部は「現在の約4万5000人の定員をいつまで維持できるか分からない。防衛力の整備には時間がかかるので、今から省人化の態勢作りを進めておく必要がある」と話す。
(3月19日、朝日新聞)

省力化は当然の流れではあるものの、根源的な解決にはならないだろう。
一方で圧倒的な少子化が止まらずに定数充足の基盤が無いも同然の有様にある上、他方で遠からず米軍がアジアから撤退するにもかかわらず、中国との対峙関係を続けているのだから、戦わずして末期戦に突入するようなものだ。

仮に中国を仮想的とする場合、「今ある手駒でしか戦えない」自衛隊など第一戦で消耗してしまい、およそ戦争にはならない。太平洋戦争と同じで序盤は勝てるかもしれないが、その後は全く続かないだろう。傭兵でしか無い自衛隊は、あくまでも「米軍が後詰めに来るまで持ちこたえる」ための存在であって、根源的にそれ以上の能力を有していない。少なくとも、それが憲法第九条と日米安保の「奇怪なる融和」状態だった。

ゲーム的に言えば、日本はマップ上に初期配置されているユニットだけで困難な防御戦を強いられているプレイヤーであり、「援軍が来るかどうかは日米安保(米連邦議会)次第」という状態にある。だが、日本政府と自民党は後半部分の不確実性については全く触れず、単に「米軍が必ず来るから大丈夫」と言い続けたのが、この60年来の戦後史だった。
確かに1980年代まででのソ連が相手であれば、そうだったかもしれないし、上陸してきたソ連軍に対して米軍が負けることもまずなかったであろう。しかし、今日の中国軍は全く想定が異なる。第一戦では勝てるとしても、第二戦以降で勝つ見込みがなく、徒に損害(死傷者)が増えることが確実である条件下において、米軍は出てこないと考えるのが妥当だ。

いわゆるミリオタの認識が根本的に間違っているのは、現在のアメリカにおいて損害の許容度が恐ろしく低下している点にある。最近では、アメリカはシリアに対する武力介入を回避しているが、その理由の一つは「想定される損害が許容度を上回る」というものだった。アメリカはイラク戦争と占領に際して、少なくとも4千人以上の戦死者と3万人以上の負傷者を出しているが、そのために内部では非常に批判的に評価されている。
国内で急速に貧困と不満が増大しているアメリカでは、多くの死傷者を出したり、広範な支持の無い戦争はもはやできなくなっている。つまり、「日本に攻めてきた中国軍と戦うために、数万人からのアメリカ市民が死ぬかもしれない」という状況は全く許容できなくなっているのだ。
「軍人なんだから死ぬのは織り込み済みだろう」などと考えるのは、「50万人の英霊が納得しない」などと言って中国側との和平を拒んだ昭和の軍人や政治家と同レベルの考え方である。アメリカのこの辺りの感覚を理解したい人は『ロング・ロード・ホーム』を見ることをお薦めしたい。

今後、アメリカは全世界から米大陸への撤収を進めることになるが、それが進むほど日本の軍事的負担は重くなり、重武装が必要になる。しかし、日本国内にはそれだけの人的資源もなければ、経済的余裕も無い。とすれば、戦前のように総力戦を想定した国づくり(ファシズム)になるか、親中政権をつくって日中安保に切り替えるかの二者択一を迫られることになるだろう。
後者は、戦後の「象徴天皇制=自民党一党優位体制=対米従属」体制の瓦解を意味し、既存のエリート層にはまず受け入れがたいだろう。従って、現状では前者に突き進んでいく蓋然性が高いと考えられる。私が中国に来ているのもそれが一因である。
だが、日本一国で中国と対峙する総力戦体制は、戦前のそれと同様に全く現実的なものでは無い。

海自は政治的要請に則って省力化を進めているだけだが、これもまた戦略無き国家のなせる業なのである。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする