2019年03月23日

日本人は短気すぎ、外交はタフに

【ロシア次官「交渉はまだ入り口」 平和条約で日本側に表明】
 森健良外務審議官は21日、モスクワでロシアのモルグロフ外務次官と会談し、両国の平和条約締結問題を協議した。冒頭、モルグロフ氏は「平和条約交渉はまだ入り口で、双方の立場には大きな差異がある」と指摘した。森氏は、日ロ関係の発展はアジア太平洋地域の安定と繁栄に貢献するとし「長年にわたり未解決な困難な問題を解決し、平和条約を締結することが肝要だ」と述べた。次官級協議では、河野太郎外相とロシアのラブロフ外相の過去2回の会談結果に沿い、日ロ間の歴史的、政治的な諸問題を協議する。ラブロフ氏の日本訪問の時期が決まるかどうかも焦点だ。
(3月21日、共同通信)

ほんこれな話、ロシア人の言うとおりである。
日本人は二言目には「あいつらは真面目に交渉する気が無い」などと言って、交渉を止めようとしてしまうところがある。
今回の日露交渉については、むしろリベラル派を中心に「ロシア人どもの虚言に惑わされるな」「四島返還から一歩も譲るな」と叫んでいるが、まさに私が連中と手を切った最大の理由でもある。

何度も述べているが、ロシア人が交渉において高いハードルを出してくるのは「いつものこと」であり、その後は信じられないほど妥協してくるケースが少なくない。確かにロシア側が圧倒的に有利な時は、妥協しないケースもあったが、今はNATOと中国に囲まれる中で、そのような余裕は無い。

日露戦争開戦前の交渉では、ロシア側は朝鮮の全面放棄まで提起してきたし、ポーツマス交渉では領土割譲に合意、全面戦争になってもおかしくなかったノモンハン交渉では、ソ連側が大きく譲歩して「現状線」で妥結している。

逆に日本は、日露戦争に際しては「ロシア側は交渉を引き延ばしているだけ」と一方的に交渉を放棄、奇襲攻撃を行っている。また、日中戦争に際しても、南京陥落で戦意を喪失し掛けていた国民政府が回答期限の延長を求めてきたのに対し、近衛内閣は「いつもの引き延ばしだ」「誠意が無い」と断じ、「爾後国民党政府を対手とせず」との声明を出して、自ら和平交渉を閉ざしてしまった。

【参考】紛争解決に交渉は不可欠

今回の米朝交渉についても、日本では「米朝交渉は破綻、第二次朝鮮戦争」などと煽る意見や報道が幅をきかせているが、百害あって一利無きものである。
外交はとにかくタフに主張し、交渉する他ない。特にロシア人との交渉は体力と精神力が求められるわけだが、諦めさえしなければ得られるものが大きいことを自覚すべきである。
posted by ケン at 12:00| Comment(3) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月22日

中国人学生の体罰認識

ちょうど日本の高校の部活動で体罰を繰り返していた教員が訓告処分を受けたニュースを見つけたので、学生に紹介して、意見を求めてみた。
一人ずつ全員に聞いたわけではないが、大半の学生が程度の差はあれど体罰を受けた経験があることが判明した。中でも最も多かったのは、「手のひらを棒で打つ」というものだった。また、「黒板の横にずっと立たされる(さらしもの)」「頬を打たれた」という学生もおり、程度は様々な模様。

原則論的には中国では義務教育法で体罰は明確に禁止されているものの、全く無くなる気配は無い。
一般的には「農村部の方が酷い」と言われているが、これは体罰の程度を表すものであって、体罰自体は都市部においても行われていると見て良い。

ただ、学生の圧倒的多数は「体罰は暴力」「悪影響しか無い」「人権に反する」と述べており、感覚的にはほぼ日本と変わらない印象。
恐らくは、中国の場合、「強制力をもって子どもに勉強させる」という考え方が根強いため、強制力としての体罰が黙認されてしまうところがあるらしい。
興味深かったのは、教室内でも大体一人二人の学生が「殴るのは論外だが、一定の体罰は必要」との認識を示し、それに対して大半の学生が「え〜!」「信じられない!」などの反応を示したことにある。これは中国においても、人権意識や子どもの権利意識が育っていることの表れの一つと見るべきだろう。

とはいえ、中国は日本の1980年代の受験戦争や管理教育をこじらせてしまったくらいの状況にあるだけに、「子どもにもっと勉強させろ」という圧力が強いこともあって、すぐには改善されそうにない。
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2019年03月21日

サザエさんからクロ現へ

考えてみれば、教育現場に戻ってきたのに、本業に触れる機会はあまり多くないことに気づいた。
シベリアで教えていた時よりもインターネットや生活環境が大幅に改善されて、日本にいるときと大きな違いがなくなっていることもあろうし、教育者として余裕が出てきたこともあろうし、中国語がロクに話せずとも中国生活はロシア語のできるロシア生活よりもはるかに楽であるという理由もありそうだ。

さてさて、後期は視聴覚の授業を受け持つことになった。視聴覚に特化した授業を受け持つのは初めてのことなので、どうしたものかとあれこれ考えた。
前任者はアニメの「サザエさん」やTVドラマなどを使っておられたようだが、まずは常識的あるいは妥当なところなのだろうが、ケン先生的には「そうじゃない」感が拭えなかった。
確かに自分も学部でロシア語を学んだ際、視聴覚の授業では「チェブラーシカ」「ワニのゲーナ」を始めとする(人形含む)アニメや映画が中心で、当時はそれに疑問を覚えることもなかった。
中学校でフランス語を学んだ際には、フランス人の教員に『ラ・ブーム』を見せられて、「学校でこんなの見ちゃっていいの?」と大ショックを受けたが、印象としては「ソフィー・マルソーが(当時は)可愛かった」くらいのものしかなかった。

ここで問題にしたいのは、視聴覚つまり聞き取り能力を向上させるために何をすべきか、ということである。しかし、他方で「言語能力の育成だけで良いのか」という問題もある。この二点から考えたい。

言語教育に関わらない人には想像が難しいかもしれないが、日常会話というのは意外と難しい。言語能力が低くても日常会話が理解できるのは、自分が当事者であり、言語以外の情報(視覚や嗅覚、その他の音声など)から推測が可能であるためだ。旅行会話はテンプレートの会話で成り立つが、日常会話となると、基礎的な単語以外の語彙や俗語が飛び交うため、実は難易度は低くない。
これは、外国語でも自分に向けられた発話なら理解できるが、隣で話している人の外国語を聴き取るのは恐ろしく難易度が高まることからも説明できる。自分の場合、ロシア語でなんとかこの域にあるイメージだ。

私が「実はサザエさんは簡単では無い」と考えるのは、第三者同士の日常会話であるという点と、文化的な相違から文脈を理解することに一定のハードルがあること、実は人間関係が入り組んでいることなどの理由がある。
これが映画であるならば、登場人物も限られ、「大きなストーリー」があるので、序盤でストーリーに入り込めさえすれば、想像力で補正して着いていくことが可能なのだが、「サザエさん」の場合は「永遠に繰り返される日常」というところを含めて、一、二回なら良いとしても何回も続けるのは苦しいのでは無かろうか。

また、自分は「チェブラーシカ」でロシア語を学んだことに不満は無いものの、大学生にもなって授業中に「サザエさん」や「ドラえもん」を見せられて語学学習するのは、ある程度意識の高い学生にとっては屈辱的かもしれず、やはり何回も見せるのは適当では無いだろう。
同時に言語は言語そのものを学ぶのではなく、「言語を使って何を学ぶか」というところに最終的な意義がある。それだけに、あまり日常会話に特化してしまうと、学生の学習意欲をそいでしまう恐れがある。

そこで私はドキュメンタリーやニュース系を中心に据え、映画やドラマは従とする方針を立てたわけだが、今度は90分の授業時間内に収めるコンテンツを探さねばならない。視聴覚の場合、基本は前提情報なしに一回見せて、語彙や内容補足を行った上でもう一度見せ、さらに内容について質問したり議論したりする必要がある。そのため、NHKスペシャルのような45〜60分番組では長すぎるという問題がある。
補足すると、内容質問や議論についても、ドラマやアニメだと「登場人物は何をしたか」「何を言ったか」「なぜあのような行動をとったのか」などの設問に限られてしまうという問題もある。ケン先生的には、これらの質問に大きな意味は無いように思われるからだ。

色々検討した結果、NHKの「クローズアップ現代+」を採用、日本で録画したものを使うことにした。
クロ現の場合、一回25分という「長すぎず短すぎず」な上に、授業中に二回回せるところも大きく、様々なテーマが取り上げられ(中には使えないものもあるが)、外国の大学生が日本社会経済文化を学ぶ上でも非常に有用なコンテンツと言える。
特に中国の学生の場合、フリップやテロップが補助的な役割を果たすので、聴覚能力に劣る学生でも内容を把握できるメリットがある。視聴覚の場合、聴覚能力に劣る学生が戦意を喪失してしまうケースも少なくなく、これをカバーできるメリットは非常に大きい。

今までに4回授業を行って(米中貿易摩擦、外国人労働者問題、SNS犯罪など)、他の授業よりも関心度が高く、集中力が維持されているように思われ、今のところ成功と判断して良さそうだ。日本語力が高くない学生も、それなりに関心を持って見てくれており、自分の判断に満足している。
posted by ケン at 13:00| Comment(2) | 教育日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月20日

暴言市長が再選

【明石市長に泉氏3選=暴言で辞職、2氏破る−兵庫】
 兵庫県明石市の泉房穂前市長(55)が市職員への暴言問題で辞職したことに伴う出直し市長選は17日投開票され、無所属前職の泉氏が、無所属元職で前県議の北口寛人氏(53)、共産党公認の新人で元県議の新町美千代氏(71)の2人を破り、3選を果たした。投票率は46.84%で前回(45.50%)を上回った。
 公選法の規定により、泉氏の任期は辞職前と同じ4月30日まで。このため、統一地方選に合わせ同14日告示、同21日投開票の市長選が再び実施される。
 泉氏は暴言への謝罪を繰り返した上で、将来のまちづくりに責任を負いたいと強調。手厚い子育て支援策や高齢者施策の充実などを主張し、県内外の首長の応援も得て支持を集めた。
(3月18日、時事通信) 

この人も舛添前都知事同様、「人格に問題はあるが、能力は高い」系らしい。
パワハラについても常態化しているほどではなかったと聞くし、普通の市民に対しては決して居丈高では無かったとも言われる。大阪を中心にネオリベ系の市長が増えている中で、福祉や子育て施策を地道に進める貴重な市長で、一般市民の支持も篤く、本人が再出馬に慎重な姿勢を見せていたところ、市民からの要請を受けて立候補したとされる。
今回の立候補の経緯はいささか「できすぎ」な感じもあり、どうにも素直に受け取れないところもあるのだが、それはそれで一つの政治力なのだろう。

暴言については、「明石あたりは神戸と違って恐ろしく言葉が下品」という話があり、関西人的には河内弁と明石弁は「一緒にされたくない」筆頭だともいう。仮にそうだとしても、同じ言葉を地元のヤンキーが吐くのと現職市長が吐くのとでは、周囲の受け止め方は全く異なるだろう。
もっとも、泉氏は東大、NHKを経て衆議院議員という準エリート系ではあるものの、実家は漁師で弟は障がい者という苦学の叩き上げでもあり、比較するのも何だがフルシチョフみたいなものかもしれない。育ちが言葉として表れてしまうところは、多少割り引いてしかるべきとも言える。
逆に、それくらいの人でなければ、明石の市長などは務まらないのかもしれず、そこは東京人の私には分からない世界である。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月18日

南京攻略戦

今回のゲームカフェはテストを中心にプレイ。
Xさんが制作中の「南京攻略戦」とSさんが制作中の「魏武三国」、どちらも完成が近い。

南京攻略戦は、南京城をめぐる日本軍の全面攻勢と国民党軍の瓦解をシミュレート、12月7日にスタートし、12月13日までの一週間を描く。
本来的には中国軍は10〜12万人からの兵を配し、対する日本軍は十分な準備の無いまま不完全な四個師団(約8万人)で攻撃を開始しており、そうそう簡単に負けるわけがなかった。実際に上海戦では、日本軍を遙かに上回る兵を有していたとはいえ、二カ月以上粘り強く守り続けたのだから。装備を見ても、国民党軍の装備は日本軍のそれと比べて圧倒的に劣るものではなく、部分的には日本軍を凌駕していた。当時、日本軍は山梨軍縮の影響をいまだ克服しておらず、近代化のために実戦装備の予算を削っていたところがある。例えば、三好捷三『上海敵前上陸』を読むと、歴とした第三師団でも支給された手榴弾や缶詰は日露戦争の残り物、弾薬の補給が来ないからできるだけ弾を撃たないようにしていたなどと回顧している。
もっとも、国民党軍の場合、特に中上級の指揮官にかなり問題があったようで、棒給の横領や兵器・補給物資の横流しは日常茶飯事で、兵員も装備も常に定数が満たされていなかったらしいから、崩壊前の帝政ロシア軍みたいなものだったのかもしれない。

中国軍が余りにもアッサリと潰走して南京城内に大量の敗兵と脱走兵が逃げ込んだこと、日本軍が兵站を含めて不十分な準備のまま何の計画も持たずに市内に突入したことが後に大悲劇を生む一因となった。

さてゲームに話を戻すと、中国軍はユニット数だけは多いが、日本軍が三ヘクス以内に近づかないと動けないし、一定ターンに達すると士気チェックを行って失敗したユニットは敗走始めてしまう。戦力自体は決して低くないのだが。
日本軍は戦力も士気も高いのだが、いかんせんユニット数が少ない。初期配置三個師団のうち一つは特設師団(第114、宇都宮)だし、第九師団は増援として散発的にマップに登場する有様。よくこれで首都直接攻撃を始めたものだ。当時の軍人の鼻息の荒さが感じられる。
初期配置だけ見ると、とても最終ターンまでに南京を全て占領できるようには思えない。

日本軍は浸透移動できる騎兵を上手く使いながら敵を包囲しつつ、ユニットをうち減らしてゆくが、敵ZOCでも損害を受けつつ退却できてしまうので、十分なダメージが与えられない。戦闘結果表もブラッディで、最大戦力比でも、攻撃側にどんどんダメージが入るので、どうしても慎重になりがちだが、それでは南京市にもたどり着けそうに無い。

中国側は日本軍が近づいた時しか動けないので、一カ所突破されるといきなり戦線の維持が難しくなるし、南京市内の部隊は勝手に動かせないので、できることが限られている。
が、中国軍は最終的に逃亡ユニットも含めて10ユニットが長江を渡って脱出できれば勝利条件を満たせるので、「そこはそれ」ということらしい。
しかし、渡河点を日本軍に抑えられると、サドンデスになってしまうし、南京市の過半が占領されても同じなので、最終ターンまで戦線を保てるか非常に微妙な感じ。

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日本軍は史実通り出血を顧みずに攻撃し続け、中国側を拘束することが大事だが、あまり損害を受けすぎると、南京城を攻撃する戦力が足りなくなってしまうところが難しい。

今回、ケン先生が日本軍を持たせてもらったが、ほぼ史実に近い展開で、南京市にたどり着いた頃には中国軍の過半は敗走し始めるか、日本軍に包囲されている有様となった。だが、日本側もかなりダメージを受けている。プレイヤーによっては、途中で心が折れるかもしれないだろう。
X氏は「ダイス運良すぎ」と言うが、私の感覚では「良いところで良い目が出た」という程度で、特別偏っていた印象は無い。

中国側の勝利条件がいささかゲーム的だとは思うが、そこはやむを得ないのだろう。
あと中国軍の移動力が日本軍と同じで、敗走するとZOCを無視して逃げてゆくのだが、敗走し始めた時点で部隊としての統率を失っているだろうから、そのままの戦力(ユニット)が維持されているのはどうかと思う。
中国製のゲームは日本人から見ると、まだ粗い印象はあるものの、ゲームとしてはシンプルで雰囲気も良く出ている感じで悪くない。

だが、そもそも中国でこんなゲーム販売できるのか???
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月17日

二階氏は最後の大物なのかただのやり手爺なのか?

【二階氏、小池都知事と会食 五輪などで意見交換】
 自民党の二階俊博幹事長と東京都の小池百合子知事が15日夜、東京・虎ノ門の日本料理店で会食した。出席者によると、来年の東京五輪・パラリンピックの施設整備や、都市と地方の格差是正について意見交換した。二階氏は今月上旬、来年の知事選で小池氏を支援する意向を表明したが、この日は知事選は話題にならなかったという。小池氏は「とても有意義だった」と記者団に語った。
(3月15日、毎日新聞)

立民と国民が主導権争いしている間に、二階氏は民進系残党や郵政離反者を次々と配下に入れ、ついこの間離反した小池氏すらも引き入れようとしている。その貪欲さは倫理的にはサイテーではあるが、政治家あるいはゲーマーとしては率直に評価したい。
つまり、二階氏は現在の安倍政権あるいは自民党の圧倒的優位にあぐらをかくことなく、むしろ積極的に野党に先制攻撃を加えることでその反撃能力を予め削いでおく行動をとっている。「守っているだけではダメ」というスタンスは、防御側指導者にとって重要な要素であるのだが、それができる者は非常に少ない。

そして、これができる者こそが政権党の大物幹事長の名にふさわしい。
近年で言えば、小沢氏と野中氏がそれに当たる。小沢氏は自民党系議員や中間団体を次々と傘下に引き入れたし、野中氏は自由党の分裂を画策し、KM党との連立を進めた。野中氏自身はもともとは自公連立に反対の立場だったとも聞く。
ある右翼の方は、「二階先生がケツをふいてくれるからこそ、我々は堂々と運動できるのだ!しかし、先生が引退されたら・・・・・・」と述べておられたが、岸信介すらも彷彿とさせる。

しかし、この二階氏は本来は小沢氏の片腕であり、自民党には出戻りで本来的には外様どころか裏切り者でしかない。しかも80近い超高齢である。
にもかかわらず、宏池会に匹敵する派閥を擁し、自民党の幹事長をになっている。これは、二階氏のやり手具合を示すと同時に、自民党に人がいないことの証左でもある。
こういう人物が親中、親韓派であるところも、自民党が一筋縄ではいかないことの表れでもあるわけだが(例えば枝野氏も玉木氏も反中、親米派)、この点でも二階氏の後を継いで大物ぶりを発揮しそうな人物は自民党に見当たらない。

こういうやり手爺は憎らしいほど大好きなのである。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月15日

陸軍人事―その無策が日本を亡国の淵に追いつめた

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『陸軍人事―その無策が日本を亡国の淵に追いつめた 』 藤井非三四 光人社NF文庫(2013)
『昭和の陸軍人事―大戦争を戦う組織の力を発揮する手段 』 藤井非三四 光人社NF文庫(2015)

いわゆるミリオタは見向きもしないだろう一冊だが、これが超面白い。
日本陸軍の人事がどのような制度の下に、運用されていたのか、そしてそれがどのように戦争に影響したのかを解説している。
とにかく「なるほど!」と思ったのは、226事件で多くの将校を予備役に入れたものの、その多くは「いつか現役復帰させてやるから」と空手形を切った上でのことだった。その翌年に盧溝橋事件と上海事変が起こり、日華事変・日中戦争に突入すると、大動員のために現役復帰し、皆サルのように戦争を支持したという。同時に、戦時編制と師団増説が続き、連隊長以上のポストが大売り出し状態となって、これもまたバンザイ状態になったという。

また年功序列と成績主義が蔓延しており、戦時でもそれが優先された結果、「無天(非陸大卒)でこの序列では連隊長はダメ」「大佐を6年やらないと少将にはなれない」などということが戦争中でもまかり通り、殆ど選択肢の無い人事で戦争を戦っていたという。
言われてみれば、長妻氏の話によれば、民主党政権時に大臣として厚労省の人事を主導しようとしたところ、全く同じようなこと(このポストはこの経験が無いとダメ、あのポストはあの大学卒の占有地みたいな)を人事部長に言われ、「大臣の人事権など無いも同然じゃ無いか!」と声を荒げたことがあるという。それでも無理に人事権を行使したところ、内部から刺されてしまったところがあるらしい。

その一方で、人事権の恣意的な行使もなされ、有名どころでは服部や辻のケースがあるが、かの栗林忠道も、第23軍参謀長として香港攻略戦における部下の不手際(独断専行)を咎められ、陸士26期の中将進級一選抜から外されたあげく、留守近衛第二師団長から寄せ集めの第109師団を任され、南方に飛ばされたのだという。「アメリカ帰り」「仲間(後ろ盾)の少ない騎兵科」ということもあっただろう。

ここで比較してみたいのはアメリカ軍である。
ニミッツ提督が開戦時に少将だったことは有名だとしても、アイゼンハワーは1941年3月に大佐に昇進したばかりで、それが1年3ヶ月後には中将になってヨーロッパ戦域の連合国軍最高司令官に就任している。マッカーサーに至っては、1930年に一度退役(名誉昇進で大将)したのに、1941年7月に少将として現役復帰を果たしている(翌日中将に昇進)。
アイクと同期のブラッドレーが大佐になったのは1941年2月で、この時すでにパットン(ウエストポイント3期上)は少将に就任していたが、1944年のノルマンディー戦においてはアイクが最高司令官、ブラッドレーが第一軍司令官、パットンは第三軍司令官となっている。
このパットンは、1912年に士官学校を卒業して、第一次世界大戦の終了時には大佐にまで昇進したが、大戦終結と共に少佐まで格下げされている。いかにもアメリカを象徴する事例であろうし、日本では考えられない話だ。
また、中将以上の階級は基本的に役職に付随するもので、退役する場合はその階級のまま退役できるが、現役を続ける場合は次の役職によっては降格になる場合もある。これも日本では考えられない話だが、極めて合理的な発想である。

政治を担っていた者として、読んでいるだけで色々ダメージの入る一冊だが、示唆するところが非常に多く、お薦めしたい。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする