2019年03月06日

親の責任で子どもを国外追放する「人権大国」

【日本に生まれ育ったイラン国籍少年の強制送還 「無効」認めず 東京地裁】
 日本で生まれ育ったイラン国籍の少年(16)が、父親の不法滞在(オーバーステイ)での逮捕を機に入国管理局に退去強制令書を出されたのは、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くとして、国を相手取り無効確認などを求めた訴訟で、東京地裁は28日、原告側の訴えを退ける判決を言い渡した。少年側は「ペルシャ語を話せず、イスラム教徒でもない原告が、イラン社会に適応することは困難」と主張したが、清水知恵子裁判長は少年に責任がないことを認めつつ「客観的にみれば法秩序に違反する」と判断。原告の支援者は「少年の人権を踏みにじる判決」と批判した。
(2月28日、毎日新聞より抜粋)

一方では外国人労働者の受け入れを拡大して、他方では国際会議に出席した外務省幹部が「日本は世界一の人権国」などと叫んで、足下ではこの有様。というか、これが日本の現実。
確かに法秩序には反するだろうが、その責任を子どもに負わせ、生活も人権も保障されない国に追放するのは非人道のなせる業である。
最高裁で非人道な判決が下されるのは「いつものこと」だが、地裁でこれは酷すぎる。まぁ東京地裁というのが運が悪かったとは言えるだろうが。
これからさらに増えるであろう外国人がどのような仕打ちを受けるのか、報道機関はよくよく海外に向けて報じて欲しい。
それにしても、一体何のための三権分立と憲法なのか、全く分からない。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月05日

立民と国民が候補者公募

【衆院選候補を来月公募=立憲】
 立憲民主党は26日、次期衆院選の候補者公募を3月に行うことを決めた。夏の参院選に合わせた衆院解散・総選挙の可能性が取り沙汰されていることを受け、枝野幸男代表が準備の前倒しを指示していた。募集期間は3月1〜31日。「党の綱領や基本政策に賛同」することが応募の条件で、書類審査と面接で選考する。 
(2月26日、時事通信)

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この画像を見れば、この連中に期待できるものが無いことは一目瞭然だろう。特に国民のは酷すぎる。
これを見て、「自分がやります!」と言ってくるような連中がどの程度のものになるかなど、あまりにも容易に想像できよう。

候補者を公募するというのは、自分たちの党が自前で適切な候補者を擁立できないことの表れでしかない。
本来であれば、政党内で有力あるいは有望な党員や支持者の中から選抜し、または推薦して候補に据えるのが、代議制民主主義の常道である。
しかし、旧民主党は党員を募集せず、自前の党組織をつくってこなかったため、候補者を公募することによってしか必要数を満たすことができなかった。
党員を募集、党組織を作らなかったのは、日本社会党が強い党組織や派閥(特に社会主義協会)をもって国会議員の「上」に立ってしまい、議会活動を掣肘し続けたことへの「反省」がある。つまり、旧民主党系の政党は、党員が強い発言権を持って議員の活動に口出しすることを恐れて、党組織を作らないという逆転現象を起こしている。結果、連中にとって政党は「国会議員の受け皿」「集票看板」に過ぎず、個人的人気で当選し続けるもののみが生き残り、一定の発言権を有する話になっている。
これは、本来的には「民意を議会に反映させるための市民的基盤」としての政党では無い。それに対する後ろめたさ(後ろ目痛い)から「立憲民主党はあなたです」などという余りにも内容の無いスローガンが掲げられているのだろう。議員しか党員になれない「政党」が、どの口でもって「党はあなたです」などと言うのか。この点、不誠実さで言えば、立民も自民も殆ど違いは無いように思える。

公募候補の質が低い理由についてはすでに述べている。
政党と中間団体が没落し、小選挙区制が導入されると、今度は「中間団体の代表」では当選が難しくなり、政党は候補者を自前で用意できなくなり、より「一般ウケする候補」を公募するようになった。公募になると、公平の建前上、就職試験と同じで面接や論文のテクニックが重視されるようになった。ただ、就職試験と異なるのは、試験官が素人であることと、議員としての能力よりも「有権者ウケしそう」なことが重視されるようになったことだった。結果、見た目は良いのだが、中身の水準は急落していったと考えられる。
中選挙区制から小選挙区制に移行したことで、「田中金脈」に象徴される利権政治はなりをひそめ、せいぜいが甘利事件程度の規模になったのは確かだ。しかし、それと引き替えに個々の議員の質は大幅に低下、「まともな人」は立候補しようとは思わず、「一発逆転」を目指す若者が公募に群がるところとなった。彼らは良く言えば「普通の人」かもしれないが、一般社会で出世できない人が、「一発逆転」で国会議員になってしまうことで、人間としてのタガが外れ暴走してしまったり、地盤の無いところで無理して支持を得ようとしてポピュリズム的言動に走るという弊害が目立っている。
「公募議員の質が低いワケ」(2016.2.17)


自民党に敵対できるだけの力を持たない「弱い民主党の残党」が野党であり続けるがために、自民党が半永久的に政権を維持できるという、自民党にとっては非常に有り難い状態が今しばらく続きそうだ。
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2019年03月03日

地道に進む日露交渉

【モスクワで5日に次官級協議=日ロ】
 日ロ平和条約交渉を担当する森健良外務審議官、ロシアのモルグロフ外務次官が5日、モスクワで会談する。日本外務省関係者が1日明らかにした。両氏が平和条約交渉の首脳特別代表に選ばれてから会談するのは2回目。先月16日、日ロ外相がドイツ・ミュンヘンで会談し、次官級協議の早期開催で合意していた。北方領土問題で一致点を探るほか、ラブロフ外相の来日日程も調整する見通しだ。
(3月1日、時事通信)

日本の報道では日露交渉は否定的なスタンスのものしか見られないが、地道に交渉が進んでいることの証左の一つである。
日本もロシアも政治課題は山積みで、見込みの無い交渉に限られた政治資源を費やす余裕は無い。
こう言うと、「やってる感を出すため」などと言い出すものが少なくないが、安倍総理の「やってる感」にプーチン氏が付き合う必要は無いだろう。
お互いに実益があり、「このタイミングしか無い」という思いが共有されているからこそ、タフな交渉が進んでいると見るべきだ。

確かにロシア側は強硬なスタンスを示しているが、「いつものあれ」であって、それに恐れを成すのは向こうの思うつぼでしかない。本当にそれだけのものを要求していたら、すでに交渉は成り立たなくなっている可能性が高いからだ。向こうは向こうで、「俺は交渉で頑張った」と示す必要があるのだから、あまり囚われる必要は無い。

ただ、ロシア側は「参院選で大敗したら、政権がひっくり返ってちゃぶ台返しされる恐れがある」と見て、7月前には妥結したくないという考えを持っているという話を耳にした。その可能性は否めない。
この場合、安倍総理は「日露平和条約の外交成果をもって衆参同日選」というカードが切れなくなるので、それはそれで難しい状況になるかもしれない。

これ以上は憶測になってしまうので控えるが、とにかく「日露交渉は全く可能性無し」などという見方は、対米従属派のプロパガンダに過ぎないことは間違いない。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月02日

苦しい沖縄県民投票

【沖縄県民投票、埋め立て「反対」が7割超え】
 沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設に伴う名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う県民投票が24日に行われ、埋め立て「反対」が7割を超え、多数となりました。名護市辺野古の埋め立てについて、「賛成」「反対」「どちらでもない」の3つの選択肢で問う県民投票は24日に投開票されました。開票の結果、埋め立て「反対」が投票総数の72%と多数となり、「賛成」は19%、「どちらでもない」は8.8%でした。
 「反対」は投票資格者全体の4分の1にも達し、玉城知事は条例をふまえ、投票結果を総理大臣とアメリカ大統領に通知することになります。
 「今回の県民投票で辺野古埋め立てに絞った県民の民意が明確に示されたのは初めてであり、極めて重要な意義があるものと考えている。県民投票の結果を受け、辺野古新基地建設の阻止に改めて全身全霊を捧げていくことを誓います」(玉城沖縄県知事)
 玉城知事は近く上京し、安倍総理に直接、今回の投票結果を伝え、埋め立て工事の中止などを求める方針です。最終投票率は52.48%でした。県民投票は、1996年に日米地位協定の見直しと基地の整理縮小への賛否を問う投票が沖縄で実施されて以来、全国で2例目です。県民が辺野古の埋め立ての賛否を直接問うのは初めてで、投票結果に法的拘束力はありませんが、「反対」が多数となったことで、埋め立て工事を進める政府が今後、どう対応するのか注目されます。
(2月25日、TBS)

辺野古新基地建設に伴う埋め立ての是非を問う県民投票が行われ、72%の反対多数が確立した。しかし、投票率はかろうじて50%を超える52.48%に止まった。

私はかねてよりこうした住民投票や国民投票には懐疑的なスタンスをとっている。
西側自由主義社会では議会制民主主義、代議制民主主義が採用されているが、これは有権者から選ばれた政治エリートが民意を受けて主権を委ねられ、政治的利害を調整する役割を担うシステムである。
今回の場合、沖縄という日本全体から見れば小さい地域の利害と国家全体の利害が対立し、「ごく少数の沖縄県選出議員だけでは沖縄の「民意」を反映することができない」との判断から、直接民主主義的手法である住民投票が採用された。
だが、これは代議制民主主義がある種機能していないことの現れであると同時に、住民投票そのものが公正なものであるかを問いかけている。

まず私が懐疑的に思ったのは、住民投票を主導した反対派が反対しているのは「基地建設(移設)」であるはずなのに、住民投票のテーマは「辺野古埋め立ての是非」にされている点である。確かに埋め立て問題は基地建設における最大の問題ではあるのだが、この課題設定自体に反対派が有利になるような恣意的意図を覚える。
先に述べておけば、私は少なくとも心情的には基地建設は不要と考えている。
以下、他の問題点を列挙する。

・基地建設の是(推進)か非(中止)か、「どちらでもない」という三択は公正あるいは現実的か。「どちらでもない」という回答にはどのような意味があるのか。

・仮に51対49で賛否が決まった場合、推進にせよ中止にせよ否定された側は納得できるのか。

・低投票率だった場合の投票結果の正統性あるいは正当性をどのように評価するか。仮に投票率30%で賛成45、反対40、その他15となった場合、全有権者のわずか13.5%の賛成票をもって基地建設が決まることになる。

・住民投票の実務を担うのは沖縄県庁であるが、そもそも基地に否定的な県庁が公正かつ公平な投票を担保できるかどうか。

・反対多数だった場合、政府方針とあからさまに対立することになるが、その利害調整は誰が担うのか。そして、その責任を負えるのか。

今回の県民投票の場合、確かに反対多数の民意が示されたものの、得票率は52.5%で、絶対得票率では38%でしかない。住民投票や国民投票の場合、本来が直接民主主義的手法であるために、やはり絶対得票率で5割を超えないと、「多数派民意」としての正統性に欠けてしまう問題がある。
今回の場合も、沖縄県側は「民意が示された」と言うだろうが、政府・政権党側は「絶対多数ではない」と反論することで、ますます対立を深める恐れがある。しかし、政権党側がそれを言った場合、憲法改正の国民投票で苦労することになり、非常に苦しい立場に置かれるだろう。

最終的に「全国の有権者から(低い投票率と不公正な選挙制度で)選ばれた政治エリート」と「不完全な住民投票で示された民意」が対立するところとなり、一方が他方を「打倒」(この場合は推進か中止)したところで、「奴らは民主主義の敵だ!」とのレッテルを貼って対抗するだけになる恐れが強い。
今回の場合、反対派が他に対抗手段が無くなって「住民投票で主張の正当性を確保する」という戦術的抵抗を採った形なのだが、だからと言って、基地反対派の主張により沿う有力な野党(やる気の無い立民を含めて)がいるわけでもなく、自民党や霞ヶ関に妥協する理由もなく、非常に苦しい展開が続くものと考えられる。
確かに反対派は戦術的に勝利し、賛成派を圧倒した。しかし、それを戦略的勝利に持ち込むのは至難のわざであり、「プラハの春」とならないことを祈りたい。

【参考】
原発国民投票に見る社会的選択のあり方について
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする