2019年03月05日

立民と国民が候補者公募

【衆院選候補を来月公募=立憲】
 立憲民主党は26日、次期衆院選の候補者公募を3月に行うことを決めた。夏の参院選に合わせた衆院解散・総選挙の可能性が取り沙汰されていることを受け、枝野幸男代表が準備の前倒しを指示していた。募集期間は3月1〜31日。「党の綱領や基本政策に賛同」することが応募の条件で、書類審査と面接で選考する。 
(2月26日、時事通信)

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この画像を見れば、この連中に期待できるものが無いことは一目瞭然だろう。特に国民のは酷すぎる。
これを見て、「自分がやります!」と言ってくるような連中がどの程度のものになるかなど、あまりにも容易に想像できよう。

候補者を公募するというのは、自分たちの党が自前で適切な候補者を擁立できないことの表れでしかない。
本来であれば、政党内で有力あるいは有望な党員や支持者の中から選抜し、または推薦して候補に据えるのが、代議制民主主義の常道である。
しかし、旧民主党は党員を募集せず、自前の党組織をつくってこなかったため、候補者を公募することによってしか必要数を満たすことができなかった。
党員を募集、党組織を作らなかったのは、日本社会党が強い党組織や派閥(特に社会主義協会)をもって国会議員の「上」に立ってしまい、議会活動を掣肘し続けたことへの「反省」がある。つまり、旧民主党系の政党は、党員が強い発言権を持って議員の活動に口出しすることを恐れて、党組織を作らないという逆転現象を起こしている。結果、連中にとって政党は「国会議員の受け皿」「集票看板」に過ぎず、個人的人気で当選し続けるもののみが生き残り、一定の発言権を有する話になっている。
これは、本来的には「民意を議会に反映させるための市民的基盤」としての政党では無い。それに対する後ろめたさ(後ろ目痛い)から「立憲民主党はあなたです」などという余りにも内容の無いスローガンが掲げられているのだろう。議員しか党員になれない「政党」が、どの口でもって「党はあなたです」などと言うのか。この点、不誠実さで言えば、立民も自民も殆ど違いは無いように思える。

公募候補の質が低い理由についてはすでに述べている。
政党と中間団体が没落し、小選挙区制が導入されると、今度は「中間団体の代表」では当選が難しくなり、政党は候補者を自前で用意できなくなり、より「一般ウケする候補」を公募するようになった。公募になると、公平の建前上、就職試験と同じで面接や論文のテクニックが重視されるようになった。ただ、就職試験と異なるのは、試験官が素人であることと、議員としての能力よりも「有権者ウケしそう」なことが重視されるようになったことだった。結果、見た目は良いのだが、中身の水準は急落していったと考えられる。
中選挙区制から小選挙区制に移行したことで、「田中金脈」に象徴される利権政治はなりをひそめ、せいぜいが甘利事件程度の規模になったのは確かだ。しかし、それと引き替えに個々の議員の質は大幅に低下、「まともな人」は立候補しようとは思わず、「一発逆転」を目指す若者が公募に群がるところとなった。彼らは良く言えば「普通の人」かもしれないが、一般社会で出世できない人が、「一発逆転」で国会議員になってしまうことで、人間としてのタガが外れ暴走してしまったり、地盤の無いところで無理して支持を得ようとしてポピュリズム的言動に走るという弊害が目立っている。
「公募議員の質が低いワケ」(2016.2.17)


自民党に敵対できるだけの力を持たない「弱い民主党の残党」が野党であり続けるがために、自民党が半永久的に政権を維持できるという、自民党にとっては非常に有り難い状態が今しばらく続きそうだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする