2019年03月28日

「固有の領土」なる概念を放棄せよ!

【教科書明記でも言えない? =北方領土「固有」で政権ちぐはぐ】
 北方領土をめぐる安倍政権の対応のちぐはぐさが際立っている。2020年度から使われる小学校5、6年の社会の教科書全てが北方領土について日本の「固有の領土」と明記。しかし、こうした記述を主導してきた安倍政権は国会答弁などで「固有の領土」との表現を避け続けている。
 文部科学省が26日発表した教科書の検定結果によると、北方領土を「固有の領土」としたのは申請のあった6点全て。このうち3点がこの表現を初めて使った。17年告示の新学習指導要領が「竹島や北方領土、尖閣諸島がわが国の固有の領土であることに触れること」と求めているためだ。
 特に、東京書籍と日本文教出版の計2点は、申請段階で「北方領土の返還問題が残されています」などと記述。いずれも検定で「児童が誤解するおそれのある表現だ」との意見が付き、「日本固有の領土である北方領土の返還問題が残されています」などと修正に応じた。
 にもかかわらず、安倍政権は北方領土をめぐる日ロ交渉への影響を懸念し、昨秋ごろから「固有の領土」との表現を封印。27日の参院予算委員会で野党は「あまりに弱腰だ。固有の領土と言ってほしい」と迫ったが、河野太郎外相は「波静かな中で交渉を行わせてほしい」と応じなかった。
 こうした姿勢には「政府は児童を混乱させている」と批判の声が出ている。国民民主党の玉木雄一郎代表は27日の記者会見で「教科書に書いているなら、固有の領土と言うべきだ。今のままでは、領土は1島も返ってこない」と切り捨てた。
(3月28日、時事通信)

そもそも定義が存在しない「固有の領土」などという概念を使い続けているから、こういうことになる。
同時に、「固有の領土」と主張することによって外交交渉を一方的に拒否するため、外交関係も悪化の一途を辿る上、いざ交渉する段になると、今回のように「今まで言ってきたことと違うじゃねぇか!」と国内の反発を買って、交渉の障害をつくることになる。
また、国際的にも存在しない概念で、外務省が英文訳をでっち上げて和製英語で表現しているため、これまた国際社会の嘲笑を買うところとなっている。
何重にも愚かな話であり、この一点だけもってしても、外務省は即刻解体すべきであろう。
そして、政府のデマゴギーを信じた国民からの突き上げに乗っかって「固有の領土」論で政府を攻撃する野党やリベラル派も百害あって一利無い存在である。

外交や領土問題はその時々のパワーバランスや地政状況によって変化してくるものであって、交渉の手を自ら縛るようなことは愚の愚でしかない。

以下、補足。
1874年の日本による台湾出兵と79年の第二次琉球処分によって、日清間の緊張が高まり、清朝では出兵も検討されていたところ、米国のグラント元大統領が仲裁に乗り出して、北京で琉球帰属問題の交渉が持たれた。この時の裁定案は、沖縄本島以北を日本、先島諸島を清が領有するというもので、日本側も了承し合意に至ったものの、調印の直前に清朝内部で反対論が噴出、調印には至らなかった。最終的に琉球の帰属が確定するのは日清戦争を経て下関条約でのことであり、つまり沖縄諸島は1895年まで領土係争地だったことを意味する。明治を知るものであれば、沖縄が「日本固有」たりうるはずがないことは常識だったのである。なお、沖縄で徴兵が開始されたのは1898年、衆議院議員の定数が割り振られたのは1912年のことだった。
和平条件としての沖縄と「固有本土」

7月8日、東郷外相は軽井沢に滞在中の近衛元首相を訪ね、和平交渉の対ソ特使を依頼、内諾を取り付ける。9日には、昭和天皇が鈴木首相にソ連仲介による和平交渉の促進を督促。翌10日夜、最高戦争指導会議構成員会が開催され、「遣ソ使節派遣の件」が決定された。
12日には近衛が宮中に呼ばれ、天皇から直々に対ソ特使の要請がなされた。軍の反発を想定した鈴木首相と木戸内府による画策だった。
近衛はその日のうちに側近とも言える酒井鎬次中将を呼び出し、近衛を交えて数人で和平交渉案を作成した。交渉案は「要綱」と「解説」の二部からなり、前者は天皇に奏上して御璽を受け、後者は木戸の了解を得て印をもらう予定だった。

その和平案の条件は、第一に「国体の護持は絶対にして、一歩も譲らざること」とし、第二は「国土に就いては、なるべく他日の再起に便なることにつとむるも、やむを得ざれば固有本土を以て満足す」であった。
「解説」によれば、「国体の解釈については皇統を確保し天皇政治を行ふを主眼とす」とあり、但し最悪の場合は昭和帝の退位もやむを得ないとしながらも、それでも「自発の形式をと」るとした。
さらに領土について、「固有本土の解釈については、最下限沖縄、小笠原原島、樺太を捨て、千島は南半分を保有する程度とすること」と説明している。

この条件は、つまり天皇制と皇統の存続が認められない限り和平はあり得ず、本土決戦まで覚悟していたことと同時に、沖縄は日本の「固有本土」ではなく、和平条件として「捨て」うる存在であったことを意味している。
連合軍に占領された地域の返還を和平条件に入れることは、当事者の立場に立つならば現実的ではなかったのだろうが、少なくとも意識の上では沖縄は帝国の本土ではなく、あくまでも明治維新後の帝国主義戦争によって獲得した「帝国領外地」の一つに過ぎなかったことを示唆している。だからこそ和平条件の一つにすることができたのだ。
(同上)

そもそも「固有の領土」は日本語にしか存在しない、内向きの論理でしかない。欧州の歴史学で「固有の」と使われるのは、古代史における先住民との関係の場合であって、19世紀や20世紀に一国家が占拠した土地を「固有」とすることはあり得ない。例えば、”native american” という場合、移民や侵略者に対する「先住者の権利」という意味が持たれる。つまり、欧米の歴史学に準じるならば、「固有の」とは明治維新で成立した「日本人」に対するアイヌや琉球人に対してこそ用いられるべきものであり、その意味で成り立ちうるのは「北海道はアイヌの native territoryである」とか「沖縄は琉球人の native landである」といったものでしかない。

世界史を学んだことのある者ならば、少し想像してみれば分かる話だ。例えば、米国人が「ハワイはアメリカ固有の領土だ」、豪州人が「タスマニアはオーストラリア固有の領土だ」などと言おうものなら、ハワイアンやアボリジニが猛反発して非難轟々となるだろう。ロシアや中国に至っては領土の大半がそんなところであり、下手な言い方をすれば自らの支配の正当性に瑕疵を付するだけに終わるだろう。
「固有の領土」は英訳可能か?



posted by ケン at 12:00| Comment(7) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする