2019年04月30日

伍相廟

政治思想教育の「ついで」に立ち寄った伍相廟。
春秋期の呉王闔閭と夫差に仕えた名軍師で、越王勾践に仕えた軍師范蠡との戦いで知られる。
呉越戦争に勝利した際、夫差に対して「滅ぼさねば禍根を残し、逆にこちらが潰される」と諫言するも聞き入れられず、その後も諫言を続けたため疎まれて自害を命じられ、「越によって滅ぼされるのを見るために、死後、我が目を城門の上に掲げよ」と言い残して自裁したと伝えられる。

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日本では漢文好きを除いて伍子胥の名はさほど知られていないが、「日暮れて道遠し」(吾日暮途遠)は聞いたことのある人も多いだろう。ただ、本来の意味はあまりに過酷な戦争のやり口を非難する同僚に対し、「老い先短いんだから、無理してでもやるんだ、手段を問うてる場合じゃ無い!」というキレた老人の戯言だった。しかし、現代では「年をとっても、まだまだやるべきことが沢山ある」みたいな良い話になってしまっている。
また、「死者に鞭を打つ」も楚王平王の死体を300回も鞭打ったことから来ている。
どう見ても優秀だが、人格に難がありすぎる人であり、上司にしたくないタイプである。
しかし、郷土の英雄かもしれないが、中国人は好きらしい。

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2019年04月29日

烏鎮

懇意にしていただいている中国人のお二人と三人で小旅行に行く。
レンタカーを借りて行くのだが、GM製のそれなりのセダン車が1日100元(1600円)で借りられる。これでは、車を買うのは道楽でしか無い。街の外郭までは地下鉄で行き、そこからレンタカーなので、市内の渋滞も概ね回避できる寸法だ。
目的地までは高速道路を含めて2時間かからないくらい。高速料金も30元(500円)と安い。

烏鎮は唐の時代から栄えた水郷で、この近辺では最大の規模を誇る。
かなり整備されて観光地化してしまっているが、そこはそれ。
中国の場合、日本のように「可能な限り当時の雰囲気を残そう」というよりも、「雰囲気だけ残して」徹底的に整備してしまう傾向が強い。まぁ日本の1980年代的感覚かもしれない。
ここも平日の割にかなりの人出で、休日は歩くのも大変だろうことは容易に想像できる。
こちらは一日券が150元(2400円)と日本の感覚で考えても高い。とはいえ、中国人も同じ値段なので、やはり全般的に豊かになってきているのだ。

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夜景はきれいにライトアップされており、気分を味わうことができる。
この日は中国語の「民宿」、日本で言えばプチ・ホテル的なところに宿泊。新しくできたところのようで、非常にきれいで快適だったが、やはりバスタブが付いておらず、シャワーだけだった。シングルで朝食付き350元(5600円)。観光地だから仕方ないが、かなり日本の価格に近づいていることが分かろう。
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2019年04月28日

28年ぶりの思想政治教育?

嘉興市にて、ソ連留学以来28年ぶりとなる思想政治教育の実践。
とはいえ、そこは現代中国なので殆ど観光気分でユルユルだ。

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まずは南湖上の小島にある「紅船」。
1921年、毛沢東らが第一回共産党全国代表大会を開き、中国共産党の成立を宣言した「聖地」で、本来は上海にある李漢俊の自宅で開かれたのだが、早々に官憲に察知され、すぐさま全員脱出、汽車で移動した上、安全を確保するため船上で「大会」を続行した。その人数はわずか12人だったと言う。
この12人の内、日本の大学を出ているものは4人おり、時代を感じさせる。また、このうち生き延びて1949年の中華人民共和国成立に立ち会えたのは、毛沢東と董必武(日大)の二人だけだった。

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遊覧船に乗って南湖上にある小島に渡るのだが、老若男女とりどりで、仏僧のツアーも見られ、船の前でみな騒々しく記念撮影し、まぁ完全に観光地と化している。こういうところも、いかにも現代中国だ。
島自体は、清の時代につくられた別荘・庭園として存在しており、これも観光地になっている。

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船を下りて、10分ほど歩いて「英雄公園」に。
南昌蜂起から長征・抗日戦を経て国共内戦に至る殉死者を祀る記念碑だが、2006年に整備されたもの。
こちらは紅船とは打って変わって誰もいない。
今になって「英雄公園」を整備するというのは、やはり政治的思惑が見えすぎて、今ひとつピンとこない。

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さらに数分歩いて、南湖革命記念館へ。
こちらは2011年に建てられた、さらに新しい革命史の博物館。いかにも巨大で、見た目は人民大会堂にしか見えないし、金にものを言わせている感じ。そういえば、日本のバブル期に乱造された巨大公民館、美術館を思えば良いかもしれない。
こちらは学生の社会科見学を含め、けっこう人が入っている。
身分証の提示は必要だが無料で、この辺はさすが社会主義国である。

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(初心を忘れるな、のスローガンが何とも微妙)

中では、アヘン戦争から辛亥革命を経て、中国共産党の成立、内戦と戦争を経て、新中国の成立から現代に至る170年の歴史を延々と展示している。巨大な建物に3フロア分もあるので、見るだけで相当疲れる。
しかし、展示内容は意外と(思ったよりは)客観的で、陳独秀や周仏海のような「裏切り者」についても、罵倒するような記述では無く、淡々と解説している(全て中国語だから完全に理解できるわけでは無いが)。あまりプロパガンダ、プロパガンダしていないところは好印象で、普通に見ていられる。
さすがに新中国成立後になると、あれやこれや「すっ飛ばしすぎ」なところはあるものの、そこは現代にまで掛かってくることだから仕方ないかもしれない。それでも、文革前後のことなど可能な範囲で客観的に伝えようとしている努力の跡は見受けられ、ソ連学徒としては色々葛藤が想像されて面白い。

自分が中国学徒だったら、もっと楽しめたのかもしれなかったが、とにかく色々勉強になった。
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2019年04月27日

2019衆参同日選は無いか?続

永田町周辺では同日選の気運が高まっているという。
同日選については、KM党が強く反対しており、KM党に配慮した場合は、年内解散ということになるかもしれない。
しかし、10月に消費増税を控えている以上、10月以降に総選挙となれば、少なくとも議席減は避けられないだろう。

恐らく安倍氏は、国会で憲法改正が議論され、今国会中に発議できるのであれば、それを花道に身を引くことも考えていただろう。だが、現状は発議どころかロクに議論されておらず、国民投票法のCM規制がどうのと言っているレベルで、およそ「やる気」が感じられない。

増税前に解散を打たないと、敗北率が上がる。
解散総選挙に勝てば、再び首相の主導権が回復して、少なくとももう一度くらいは改憲のチャンスが訪れる。
解散せずに、ずるずると行った場合、10月以降はレームダック化して、何もできない状態に陥る公算が高い。

ということを考えれば、やはり9月前に解散総選挙に打って出る蓋然性は非常に高いと考えられる(70〜80%くらいか)。
問題は総選挙に打って出て勝てるのか、という点だろう。
まず、安倍内閣の支持率は4割以上あり、十分だ。
自民党の支持率は高くは無いものの、野党の支持率は酷く落ち込んでおり、特に立民の支持率が10%を割っている。
野党共闘は実質的には機能しておらず、恐れるに足らない。大阪12区の衆院補選で「野党共闘」候補が取った票は維新の4分の1、旧民進系候補の半分以下だったことは象徴的だ。
となれば、やはり「やるなら今」ということだろう。

あとは、勝率を上げるために消費増税を延期するかどうか、である。
延期は勝率を上げるが、財政破綻を早めるため、わざわざジョーカーを次の総理総裁に渡すような話になる。
そこは政治判断なので難しいところだが、ケン先生は「増税延期」カードを切らなくても、自公は十分に勝てるだろうという判断に立つ。
が、ゲーマー感覚的には「持ってるカードを使わないバカはいない」という感じもする。
そこは、今の段階では判断できないということだろう。

とにかく、「解散風」は本物の香りがすることは間違いない。
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2019年04月25日

余計なお世話でご愁傷様?

【10連休、旅行消費に期待=菅官房長官】
 菅義偉官房長官は24日午前の記者会見で、27日から始まる10連休の経済効果に関し、「旅行者数は国内・海外ともに過去最高となる民間試算があり、旅行関連消費を押し上げる可能性は極めて高い」と期待を示した。 
(4月24日、時事通信)

・お上が決めないと十連休も休めない。
・休めるのは一部の正規職員だけで、非正規は無給。
・名目は新帝即位の恩恵、本音は景気対策。
・プラチナ価格で旅行に行けるのはお金持ちだけ。
・五月の「景気浮揚」で参院選はハッピー?
・子どもは学校に行かない、親は子のお守り

余計なお世話でご愁傷様ってとこですかね?
ちなみにケン先生の休みは5月1日だけです。
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2019年04月24日

党と政府に見る対中対応の差

【二階氏、「一帯一路」国際会議に出席…24日から訪中】
 自民党の二階幹事長は今月24〜29日、安倍首相の特使として中国を訪問する。26日に北京で開かれる中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に関する国際会議に出席する。6月の習近平(シージンピン)国家主席の来日に向け、準備を進める狙いがある。
 二階氏の訪中は昨年8〜9月に北京を訪問して以来。習氏に首相の親書を手渡すため、会談する方向で調整している。経団連の中西宏明会長、全国農業協同組合連合会(JA全農)の長沢豊会長らが同行する。
 政府は、習氏の国家主席としての初来日を6月28〜29日に大阪市で開かれる主要20か国・地域(G20)首脳会議に合わせて実現させ、今秋以降に習氏の国賓としての再来日につなげる道筋を描いている。二階氏は政府間の外交を側面支援し、関係改善の流れを確かなものにしたい考えだ。
 これに関連し、二階氏は18日、東京都内の中華料理店で開いた派閥会合に、近く離任する程永華(チョンヨンフア)駐日中国大使を招き、労をねぎらった。二階氏は会合で「日中友好は大事なことだ。これからも取り組んでいかなければならない」と強調した。
(4月18日、読売新聞)

【河野氏、習氏を国賓待遇とせず…G20来日予定】
 中国を訪問中の河野外相は15日、李克強(リー・クォーチャン)首相、王毅(ワン・イー)国務委員兼外相と相次いで会談した。会談後、河野氏は記者団に対し、6月の大阪での主要20か国・地域(G20)首脳会議に合わせて来日が予定される習近平(シー・ジンピン)国家主席について、「特にどなたを国賓にということではない」と述べ、国賓待遇とはしない考えを示した。
(4月15日、読売新聞)

日本はかなり一党独裁国に近い体制をとっている。
つい先日も、懇意にしている教授が国際会議を開催するにあたって、日本から野党議員を中国に招待したのだが、それを聞きつけた領事館員(恐らく外務省、領事館員の多くは他省庁の出向者で占められ、プロパーは少数)が教授に電話してきて、「何で自民党議員を呼ばないのか」と難癖を付けてきたという。
つまり、外務官僚からすれば、日本の自民党以外の政党など、共産国における衛星党や傀儡党と何ら変わらない認識なのだ。かといって、「では、自民党議員を紹介してください」と言うと、「それは我々の仕事では無い」などと言う始末で、温厚な教授が怒っておられた(聞いてる私の方はマジギレ寸前だったが)。

さて、政府・外務省は相変わらずアメリカの方しか向いていない。新帝即位に合わせて来日するトランプ大統領は国賓扱いなのに、G20で来日する習主席は「その他大勢と同じ」とするのが、その表れだ。これは近いうちに詳細を書くが、早ければ2030年、遅くても2040年までには米中の国力差は逆転すると言われる。
例えば、英PwC社の調査レポート「2050年の世界(World in 2050)」(2017)は、2030年時点におけるPPPベースのGDP予測で、中国が3611億ドル、米国が2545億ドル、日本が600億ドルと、中国の経済力が日米の合算を上回るとしている。「中露同盟」で考えれば、中露のGDPが4096億ドルに対して米日は3145億ドルと76.8%を維持するに過ぎない。少なくとも経済力では、近い将来「日米同盟が中露の太平洋進出を封鎖する」構図は成り立たなくなる。
にもかかわらず、アメリカしか眼中に無い政府・外務省の頭は、共産体制の存続を最後まで信じて疑わなかった1980年代の東欧諸国の共産党員を思わせる。

それに対して、自民党はさすがに老獪である。活発とは言えないし、利権目当ての側面はあるにせよ、日中関係の改善を進めているのは、やはり自民党であり、それも旧田中派の系列なのだ。それと宗教宣伝を意図するKM党。
非自民党でも、やはり旧田中派の系譜を引く小沢一郎氏が、鳩山政権期に対中外交を志向したが、親米派官僚らや反小沢派の陰謀もあって、疑獄にはまり、封じられてしまった。それを見て、小沢以降の菅内閣、野田内閣は従来の親米路線に戻り、低い支持率の中、世論を煽動するために対中強硬路線をとるに至った。
世論の支持が弱い党や議員が政権をとると、どうしてもポピュリズム的に世論を喚起する意欲が強くなり、「外に敵を作る」外交を演じやすくなる。その意味で、少なくとも外交の点からは、今の野党に政権を委ねたいとは全く思わない。仮にいま立民などが政権をとっても、再び「尖閣沖漁船衝突事件」のような悪夢を引き起こし、もちろん日露交渉は破棄され四島返還論に逆戻りするという、最悪の事態となるだろう。

とはいえ、自民党にあっても対中・対北外交を担えるのは、二階氏のような「豪腕」を持つものだけで、二階氏の跡を継げるような「やり手」が党内に見当たらない現状は、いかにも不安がある。自民党内も、支持基盤の弱い議員が圧倒的多数にあり、彼らの多くは反中・反南北ポピュリズムに対する強い誘惑と同居している。

自民党は外交的には「まだマシ」「現実的」ではあるが、「安倍・二階以降」の展望は開けない。
米大統領下の調査機関である国家情報会議が公表した「Global Trends 2030」は、2030年時点の日米関係について、「安全保障や日米同盟を非常に重視する安倍政権でさえ、ワシントンの一部が期待する自国の安全保障の底上げや対米協力強化には限界がある」と悲観的観測を述べつつ、その理由として「財政難と政治的麻痺」を挙げている。米国が2013年時点で「安倍後」の政治的混乱を予測していることは、率直に驚きを禁じ得ない。
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2019年04月23日

四半世紀ぶり?ロシアン・キャンペーン2

先に「ヤフオクで格安で買った!」と「ロシアン・キャンペーン2」(国際通信社)持ってきた人がいて、Zさんが「来週はこれをやろう」と言うので、受けて立つことになった。中国語訳もあるが、若干粗さが見られる。まぁ説明しながらプレイすればよいだろう。

私自身は四半世紀前に大学のシミュ研で並べたことがある程度で、それも多分AH社製の「1」だったと思うが、誰とやったかすら記憶に定かでは無いほど。
記憶にあるのは、「スターリンかヒトラーユニットを除去すれば勝ち」みたいな将棋ルールで、「こんなのスターリンが逃げ回ればよいだけでは?」と子供心(でも大学生)に思ったことぐらい。確か並べて1ターンだけプレイして、「何じゃこりゃ?」と止めてしまったような・・・・・・

何十年ぶりにルールを読んでみると、さすがに将棋ルールは改善されていたが、相変わらず独特すぎるルールだった。まぁ1970年代のゲームだから仕方ないが。
まずZOCはあるものの、戦闘後前進がない。しかもマストアタックである。ZOCにいないユニットが二次移動できるので、カバーはできるのだが、何ともイメージしづらい。
さらに退却に際しては、ユニットを持つ陣営ではなく、敵が退却路を決めるという極悪(さすがに意図的に全滅させるのはダメ)。
地形ルールもかなりオリジナルで、全てのヘクスは移動力1で進入できるが、山や湿地などは進入した途端に移動停止する。つまり、戦闘後前進がないため、湿地で守ってるユニットが全滅しても、攻撃側は次のフェイズで一歩前進して終わりということになる。さらに言うと、川の上で守っていると防御修正が付くのではなく、川の上にいるユニットが川以外にいる敵を攻撃すると防御効果が付くという、現代の感覚からすると超わかりにくいルール。

自分は何とか理解もしたし、何となくではあるがイメージできたものの、経験の浅いZさんはやる気こそ満々だったが、不安は否めなかった。しかも、ソ連を持ちたいという。防御側が好きなのかもしれないが、こういう独特すぎるゲームの場合、守る方がはるかに難しい。しかし、やはり希望には添うべきだろう。

Zさんは一応国境線に二重戦線を敷いて、最低限の条件はクリアされていたが、やはり進入停止の地形を上手く使いこなしているとは言えない感じ。ちなみに、戦車が森で止められてしまうことを含め、地形の使い方がソ連プレイヤーの最低条件となる。

第1ターン(41年5,6月)、中央軍集団正面は第1線と第2線をともに10:1の自動的勝利で突破口を開き、大前進。北方軍集団正面のソ連軍6-3はダイス目で降伏させ、第二フェイズにはリガ正面のユニットを蹂躙して、ソ連のバルト〜西方方面軍はまるまる包囲されてしまう。

Zさんは救出を諦めて、何とかヴィテフスク−スモレンスクのラインで戦線らしきものを張るが、あまり地形を使いこなせていない。あと、独ソ戦の基本はドイツ軍の補給源と増援出現場所になる鉄道線の確保にあり、ソ連軍はそれを脅かすことを常に考える必要がある。優先順位的には、

1.鉄道の交差点を確保する。
2.鉄道線を扼する。
3.鉄道線を脅かす。

という感じだ。「相手の嫌がることをやる」「相手がやりたいことを先にやる」はどのようなゲームにも共通するものだろう。

結果、第2ターン(41年7,8月)には、両翼を突破されて、包囲されるには至らなかったものの、スモレンスクは陥落、ヴィテフスクは包囲されるところとなり、モスクワとレニングラード正面はガラガラという有様になった。
ここでZさんは投了。「これは無理ゲーでは?」などと言い出す始末。

まぁ待て。さすがに今回はどうにもならない(1ターン早いイメージ)かもしれないが、私の感覚では、「このゲームはそういうもの」という感じだったし、私ならまだ続けた感じだ。
しかし、言語の問題もあって、上手く説明できない。そこで、選手交代、陣営を入れ替えて再開することに。

今度は私がソ連を持ち、感覚であっという間に配置を終えるが、Zさんは初期配置に30分以上かけていた。
しかも、何故かルーマニア方面での突破に拘り、3つしかない航空支援を使ってしまう。確かにルーマニア正面には穴が空いたが、肝心の南方軍集団は殆ど進めず、ルーマニア正面の独軍とルーマニア機械化部隊は第二フェイズで二ヘクスしか進めないため、効果不十分もいいところだった。
西方正面も、第二フェイズでソ連側の第二戦線に穴を開けただけに終わり、他の通常攻撃で良いダイス目が出て少しソ連ユニットを除去できたものの、突破には程遠かった。

ソ連軍は上の原則に従ってユルユルと撤退、川向こうで戦線を張ってしまった上、鉄道線用の「捨てがまり」や鉄道ゲリラ用の戦車部隊まで用意できた。
第2ターン、ドイツ軍は「C」「EX」などの結果を出しまくり、ソ連側に損害は与えたものの、ヴィテフスクースモレンスクには至らず、ドヴィナ川手前で終了。リガも攻撃には至らず。

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上下ともに第3ターン開始時。

第3ターン(9/10月)、「軽い泥濘」ということもあり、独軍はヴィテフスクースモレンスク線に進出して終了するが、南方軍集団は中央に転出するというちぐはぐも演じてしまう。しかし、ソ連の増援が大量に出てきて、ゴメル方面に突進したドイツの装甲集団を包囲。主要ルート上は、5-3や6-3で固められた。
「冬の前にこれでは・・・・・・」とZさんは投了。「何でこんなに違うのか?」と頭を悩ませるが、私も上に挙げた原則以上のことは説明できない。
ドイツ側はソ連側に「何かやる余裕」を与えないようにする工夫が必要なのと、あとは「突破と包囲」「歩兵の前進」が重要だということだ。この辺は独ソ戦ゲームなら大体同じだろう。やはり、いかにイメージできるか、ゲームの流れを想像できるか、というところが大きいのだが、そこが一番難しいようだ。私の場合、40年近いゲーム経験が勝っているだけなのだとは思うが。

確かに振れ幅が大きいゲームであるのは確かだし、かなり独特なのも確かだが、ダメ出しするような感じでもなかった。マストアタックなので、ドイツ側にも少しずつ損害が蓄積していくところも悪くない。ただし天候は史実の天候でやる方が良いとは思う。
私的には、「全然アリ」という評価だったが、Zさんは納得いかなかったようだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする