2019年04月23日

四半世紀ぶり?ロシアン・キャンペーン2

先に「ヤフオクで格安で買った!」と「ロシアン・キャンペーン2」(国際通信社)持ってきた人がいて、Zさんが「来週はこれをやろう」と言うので、受けて立つことになった。中国語訳もあるが、若干粗さが見られる。まぁ説明しながらプレイすればよいだろう。

私自身は四半世紀前に大学のシミュ研で並べたことがある程度で、それも多分AH社製の「1」だったと思うが、誰とやったかすら記憶に定かでは無いほど。
記憶にあるのは、「スターリンかヒトラーユニットを除去すれば勝ち」みたいな将棋ルールで、「こんなのスターリンが逃げ回ればよいだけでは?」と子供心(でも大学生)に思ったことぐらい。確か並べて1ターンだけプレイして、「何じゃこりゃ?」と止めてしまったような・・・・・・

何十年ぶりにルールを読んでみると、さすがに将棋ルールは改善されていたが、相変わらず独特すぎるルールだった。まぁ1970年代のゲームだから仕方ないが。
まずZOCはあるものの、戦闘後前進がない。しかもマストアタックである。ZOCにいないユニットが二次移動できるので、カバーはできるのだが、何ともイメージしづらい。
さらに退却に際しては、ユニットを持つ陣営ではなく、敵が退却路を決めるという極悪(さすがに意図的に全滅させるのはダメ)。
地形ルールもかなりオリジナルで、全てのヘクスは移動力1で進入できるが、山や湿地などは進入した途端に移動停止する。つまり、戦闘後前進がないため、湿地で守ってるユニットが全滅しても、攻撃側は次のフェイズで一歩前進して終わりということになる。さらに言うと、川の上で守っていると防御修正が付くのではなく、川の上にいるユニットが川以外にいる敵を攻撃すると防御効果が付くという、現代の感覚からすると超わかりにくいルール。

自分は何とか理解もしたし、何となくではあるがイメージできたものの、経験の浅いZさんはやる気こそ満々だったが、不安は否めなかった。しかも、ソ連を持ちたいという。防御側が好きなのかもしれないが、こういう独特すぎるゲームの場合、守る方がはるかに難しい。しかし、やはり希望には添うべきだろう。

Zさんは一応国境線に二重戦線を敷いて、最低限の条件はクリアされていたが、やはり進入停止の地形を上手く使いこなしているとは言えない感じ。ちなみに、戦車が森で止められてしまうことを含め、地形の使い方がソ連プレイヤーの最低条件となる。

第1ターン(41年5,6月)、中央軍集団正面は第1線と第2線をともに10:1の自動的勝利で突破口を開き、大前進。北方軍集団正面のソ連軍6-3はダイス目で降伏させ、第二フェイズにはリガ正面のユニットを蹂躙して、ソ連のバルト〜西方方面軍はまるまる包囲されてしまう。

Zさんは救出を諦めて、何とかヴィテフスク−スモレンスクのラインで戦線らしきものを張るが、あまり地形を使いこなせていない。あと、独ソ戦の基本はドイツ軍の補給源と増援出現場所になる鉄道線の確保にあり、ソ連軍はそれを脅かすことを常に考える必要がある。優先順位的には、

1.鉄道の交差点を確保する。
2.鉄道線を扼する。
3.鉄道線を脅かす。

という感じだ。「相手の嫌がることをやる」「相手がやりたいことを先にやる」はどのようなゲームにも共通するものだろう。

結果、第2ターン(41年7,8月)には、両翼を突破されて、包囲されるには至らなかったものの、スモレンスクは陥落、ヴィテフスクは包囲されるところとなり、モスクワとレニングラード正面はガラガラという有様になった。
ここでZさんは投了。「これは無理ゲーでは?」などと言い出す始末。

まぁ待て。さすがに今回はどうにもならない(1ターン早いイメージ)かもしれないが、私の感覚では、「このゲームはそういうもの」という感じだったし、私ならまだ続けた感じだ。
しかし、言語の問題もあって、上手く説明できない。そこで、選手交代、陣営を入れ替えて再開することに。

今度は私がソ連を持ち、感覚であっという間に配置を終えるが、Zさんは初期配置に30分以上かけていた。
しかも、何故かルーマニア方面での突破に拘り、3つしかない航空支援を使ってしまう。確かにルーマニア正面には穴が空いたが、肝心の南方軍集団は殆ど進めず、ルーマニア正面の独軍とルーマニア機械化部隊は第二フェイズで二ヘクスしか進めないため、効果不十分もいいところだった。
西方正面も、第二フェイズでソ連側の第二戦線に穴を開けただけに終わり、他の通常攻撃で良いダイス目が出て少しソ連ユニットを除去できたものの、突破には程遠かった。

ソ連軍は上の原則に従ってユルユルと撤退、川向こうで戦線を張ってしまった上、鉄道線用の「捨てがまり」や鉄道ゲリラ用の戦車部隊まで用意できた。
第2ターン、ドイツ軍は「C」「EX」などの結果を出しまくり、ソ連側に損害は与えたものの、ヴィテフスクースモレンスクには至らず、ドヴィナ川手前で終了。リガも攻撃には至らず。

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上下ともに第3ターン開始時。

第3ターン(9/10月)、「軽い泥濘」ということもあり、独軍はヴィテフスクースモレンスク線に進出して終了するが、南方軍集団は中央に転出するというちぐはぐも演じてしまう。しかし、ソ連の増援が大量に出てきて、ゴメル方面に突進したドイツの装甲集団を包囲。主要ルート上は、5-3や6-3で固められた。
「冬の前にこれでは・・・・・・」とZさんは投了。「何でこんなに違うのか?」と頭を悩ませるが、私も上に挙げた原則以上のことは説明できない。
ドイツ側はソ連側に「何かやる余裕」を与えないようにする工夫が必要なのと、あとは「突破と包囲」「歩兵の前進」が重要だということだ。この辺は独ソ戦ゲームなら大体同じだろう。やはり、いかにイメージできるか、ゲームの流れを想像できるか、というところが大きいのだが、そこが一番難しいようだ。私の場合、40年近いゲーム経験が勝っているだけなのだとは思うが。

確かに振れ幅が大きいゲームであるのは確かだし、かなり独特なのも確かだが、ダメ出しするような感じでもなかった。マストアタックなので、ドイツ側にも少しずつ損害が蓄積していくところも悪くない。ただし天候は史実の天候でやる方が良いとは思う。
私的には、「全然アリ」という評価だったが、Zさんは納得いかなかったようだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする