2019年05月09日

立民はやっぱダメポ? 続

【元「筆談ホステス」や女子アナ、立憲民主が公認】
 立憲民主党は7日の常任幹事会で、夏の参院選比例選に、前東京都北区議で新人の斉藤里恵氏(35)を公認することを決めた。斉藤氏は、元「筆談ホステス」として知られる聴覚障害者。宮城選挙区(改選定数1)では、アナウンサーで新人の石垣のり子氏(44)の公認を決めた。
(5月8日、読売新聞)

ブンヤの見出しも相当に酷いが(ジェンダー運動家は大いに抗議すべきだ)、立民は一段と「色物」色が濃くなりつつある。
個別にどうこう言うつもりはないが、明らかに(特に女性の)候補者不足を補うために無理を重ねた結果、他党の公募に応募していたような輩あるいは他党から引き抜いてきた者も複数人確認できる。
また、自前の組織を持たないため、とにかく少しでも話題性のある候補を優先させた結果、色物ばかりになりつつある。

選挙は当選しないことには始まらないのは確かだが、とうてい国会議員が務まる、あるいは組織活動や運動を担えるとは思えないものばかりになっている。それがどういう結果を生むかは、2009年の民主党政権や2005年の小泉政権を思い出せば、明らかだろう。
目先の勝利のために、中長期の戦略を持たず、自転車操業している形だ。それでも百歩譲って勝利できるのであれば、「勝てば官軍」と言い張ることもできようが、とても勝てる陣容に無い。
敢えて言うなら、大坂の陣で金に飽かせて全国から浪人を集めた豊臣家のような様相だ。
自民党もまた決して強いわけでは無いのが唯一の救いだが、あまりにも低レベルの争いである。

政治家というのは、個々人の能力よりも、むしろ調整能力や人脈、あるいは(意外かもしれないが)事務管理能力
に優れたものを必要とする。レーニンの後継者がトロツキーでは無く、スターリンになったことは余りにも象徴的だ。
ところが、立民の場合、枝野、長妻、福山、辻元など、主要幹部はすべからく個人的能力で勝負している者ばかりで、組織をつくるつもりもなく、むしろ組織を有害と思っているものばかりになっている。結果、候補者選定においても、組織力ではなく、個人的能力や商品価値を基準とする傾向が強く感じられる。
それは数々の差別主義者を候補に据えて、問題が発覚した後、取り消すといったことからも推し量られる。
組織人は容易に揚げ足を取られるような発言はしないが、個人的能力を売りにする者は名声と人気を得るために、より目立つ発言や行動をとる傾向がある。

しかも、立民は党組織を持たず、党本部機能も意図的に脆弱にしているため、組織管理能力が全くなく、仮に問題議員が当選して問題を起こしても、放逐することくらいしかできないだろう。

私はもはや投票に行くつもりもないので、どうでもいいとは言えるが、見ているだけで萎えてくる。
posted by ケン at 12:00| Comment(6) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする