2019年05月22日

日露交渉を交渉学から考える

日露間の平和条約交渉が遅延し、合意も遅れていることを受けて、リベラル派を中心に「安倍首相が得点稼ぎにやっていること」などという非難が上がっている。また、「不法占拠」「四島返還」などの主張が後方へとやられたことについても、リベラル派を中心に批判が強まっている。
だが、リベラル派は「北方領土はロシアによって不法占拠されている」「四島一括返還以外あり得ない」などと言いつつ、丸山某が「武力奪還」を唱えると、これも非難するのだから、要は「ロシアとは一切話をするな」と言っているだけに過ぎない。

それはそれとして、中国にあっても、国際政治研究者たちから「日露交渉などやはり無理なのでは」という意見が上がっており、「そんなことは無いですよ」と言うのだが、なかなか納得してもらえない(表向きは反論しないが)。
そこで最近流行しつつある「交渉学」の概念を用いて、日露交渉を検証してみたい。

【1.背景と情勢】
日本をめぐる安全保障環境は大きく変化しつつある。中国が巨大化し、アメリカの影響力が相対的に低下、遅くとも2030年代前半には中国のGDPは米国を抜き、軍事力においても2040年頃までにアメリカを凌駕すると考えられている。これは早くなることはあっても、遅くなることはなさそうだ。従って、2040年頃までには在日米軍は撤退し、太平洋の東西で米中が覇権を分ける形になるだろう。

日本は米国の後ろ盾を失ってゆくわけだが、日本の選択肢としては、@中国に従属、A独自に重武装(核武装含む)、Bロシアやインドと連携しつつ、東アジアの勢力バランスを取る、が考えられる。このうち「比較的無理なく独立性を保てる」のはBであり、その連携先として最も有力なのはロシアとなる。

今後仮に中台併合が実現した場合も、アメリカの東アジアからの退去が進み、日本のシーレーンは中国の影響圏に入るところとなる。これも対中従属の決定的要素となるが、化石資源の輸入を中東・インドネシアからロシアにシフトできれば、中国への依存度は相対的に低くできるだろう。ロシアは核エネルギーの連携相手としても有望。

逆に日露協商に失敗した場合、北朝鮮型の「独自路線」か、今のアメリカが中国に取って代わられることになるが、誰にとっても好ましくないだろう。

【2.ミッション】
日露協商のミッション(大方針)は、些細な領土問題(しかも誰も住みたがらない)ではなく、「アメリカのアジア退去後」を見据えたものでなければならず、中国の独走・覇権化を抑止する目的を持つ。同時に、日本の独自性と国際的影響力を担保しつつ、エネルギー安全保障を充実させる狙いがある。つまり、領土問題はあくまでも「カード」であって、本筋では無い。
当面はエネルギー面と経済面での協力、将来的には軍事協力を視野に入れるべきだろう。

【3.日本の強みとロシアの弱み】
長期低迷しているとは言え、日本はまだ世界で第三位の「経済大国」にある(強みを言う場合は謙虚にならない)。同じく、ロシアが必要としている様々な技術力も有している。そして、人口1億2600万人を有する市場でもある。

ロシアはEUとアメリカから徹底的に敵視され孤立傾向にあるため、中国への依存を強めている。また、シベリアで生産される化石資源の輸出先も、ほぼ中国に占有されており、価格交渉で下手になってしまっている。
ロシアにとっての悪夢は何時の時代でも「東西挟撃=両面戦争」であり、絶対に回避すべきものだが、欧州方面は当面改善しそうに無い。

【4.日本の弱み】
時間が経てば経つほど、中国が強大化して米国が弱体化、日本の立場は不安定になる。経済的にも改善の見込みは無い。少子高齢化の進行で、市場としての魅力も失われつつある。つまり、時間経過は日露交渉において、日本側に不利に働く可能性がある。また、他の連携先としてインドがあるが、日印協商の実現性には疑問が残る。

また、日本では65年にわたるプロパガンダで「択捉、国後は北海道の一部」と考えている国民が圧倒的多数を占めており、これを納得させるためには、安倍政権のような「強い指導力」が不可欠で、今後の内閣で実現できるか不確定要素が多い。

【5.ターゲティングとBATNA】
最も重要な合意点は短期的には「日露平和条約」を締結することで、短中期的にはエネルギーと安保面の協力だが、日露間の信頼関係はまだ十分とは言えず、日露間の信頼醸成に多くの資源を費やす必要がある。

「BATNA」とは「最悪の状況に陥った場合の代替案」を意味する。日露の場合、「領土問題で譲歩しすぎた」と世論が不穏になることが想定される。そのため、無理して短期的にいずれかが譲歩しすぎる形は望ましくない。「無理な合意」は結局のところ「長続きしない」というのが、現代交渉学の定説になっている。

日本政府は既に「不法占拠」説と「四島返還」論を(こっそり)引っ込めており、交渉の土台は十分に積み上がってきている。「日露2プラス2」も順調に進んでいる。
「合意できなかった」と騒ぐのは、交渉(ビジネスでも何でも)を行ったことの無いものが言っているか、あるいは政争の道具とするためだろう。

ロシア側の態度が強硬と判断した場合、日本としては対中従属や日印協商をカードとして提示することも一案であろう。これらは「比較的望ましくない」「実現性が低い」と考えられているだけで、日露協商を絶対のものと考えてしまうと、日本側に不利な交渉になってしまう。

素人はどうしても「交渉するからには合意しないと損」と考えてしまうが、交渉学では「メリットの無い合意はしなくても良い」としている。
古来、外交交渉は「外交よりも内交が難しい」と言われており、自組織内の調整の方が難しい側面がある。
「合意できなかった」のは、むしろ交渉担当者が利害を強く主張した結果であり、国益を守ったためと考えるべきで、安易に非難すべきでは無い。
一方、十五年戦争期の帝国政府のように中国などに対して、どう見ても受け入れ不可能な要求を繰り返し、逆にアメリカから「ハル・ノート」を提示されると、逆ギレして宣戦布告なしで武力行使(真珠湾攻撃時に米政府に送ったものは宣戦布告の要件を満たしていない)するような愚劣さは、重々戒めるべきである。

以上から考えて、日露交渉は十分及第点にあると考えられる。

【参考】
『戦略的交渉入門』 田村 次朗/隅田 浩司 日本経済新聞出版社(2014)
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする