2019年06月04日

「面倒な話は選挙後に」は日本の常

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中国の皆さんも「不利な合意は選挙後にってことだろ、いくら何でも国民は騙されないでしょ」と言って下さるのだが、歴史的にはよくある事だった。

例えば1969年11月の日米首脳会談では、翌12月に総選挙を準備していた佐藤首相がニクソン大統領に懇願して繊維交渉についての合意を先送りしてもらい、沖縄返還についてのみ発表、12月の選挙で大勝している。その後、繊維交渉はアメリカ側が交渉のハードルを上げ、難航、最終的に妥結したのは71年10月のことだったが、大幅に日本側が譲歩する形となった。

1983年の牛肉、オレンジ交渉が妥結したのは83年12月の総選挙後の84年4月のことだった。農協の支援無くして選挙を戦えない自民党では、農産物輸入自由化に反対する議員連盟に200名以上が参加、選挙で大勝した後、翌84年4月に輸入枠を2倍以上にする日米合意がなされた。ここでは「完全自由化は阻止した」との弁明がなされた。

最近では安倍首相がTPP交渉への参加を表明したのは、2012年12月の総選挙後の13年3月だった。第46回衆議院議員総選挙に際しては、自民党候補の多くが選挙公約として「TPP(交渉参加)反対」を掲げた 。この総選挙で自民党は多数議席を占め、民主党から政権を奪回したが、翌2013年1月に自民党内で結成された「TPP参加の即時撤回を求める会」には203人が参加し、党所属議員の過半数を占めた 。現実には、同2013年3月15日に安倍晋三首相がTPP交渉への参加を表明し、自民党の選挙公約は実質的に反故にされている。

日本における議会制民主主義とはそういうものなんですよ!
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする