2019年06月17日

ソ連学徒から見たXG問題

私の立場ではセンシティブな問題になかなか触れられないのだが、表現を抽象的にしつつ、見解を述べてみたい。
アップできれば「OK」ということである。
日本では在野は「がんばれ」と盛り上がっているようだが、政府や政党は静観の構えを見せている。この時点で、非常に微妙な問題であることがわかる。本質的には内政問題だからだ。
ケン先生としては、ソ連学徒らしく、ソヴィエト学を踏まえて論評したい。以下参照。

「プラハの春」−ソ連の対応と誤算
「プラハの春」とカーダールの苦悩

「プラハの春」は、チェコスロヴァキア内部で発生した経済改革の流れが制御不能に陥り、内部分裂を引き起こした結果、ワルシャワ条約機構の介入を招いたものだった。これが自由主義史観では、「民主化を求める市民をソ連が暴力を以て弾圧した」という理解になり、今日に至っている。しかし、自由主義史観から得られるものは殆ど無い。

今回の件も同様で、「権威主義を否定する市民が抵抗」というのは問題の一側面でしかない。
また、抵抗運動が統制不能に陥り、あるいは自治政府を倒壊させるなどした場合、武力介入を招く恐れがあるということだ。ソ連学を学ばなかった者、あるいは自由主義史観に染まっている者の見方は非常に一面的で危険である。

そもそも今回の騒乱の原因は、本土で犯罪や汚職を犯して逃亡する者が後を絶たず、それが悪い例となってさらに増え続けているため、問題となった条例案の提出に至っていることにある。
言うなれば、植民地時代の租界と同じ構図だ。

本土人からすれば、「高度な自治」を認めていること自体、植民地時代の汚辱なのである。
そもそも欧米列強が武力と恫喝によって強奪した領土を返還するのに、「高度な自治」の条件が付けられ、それを飲まざるを得なかったほど「弱かった自分」に対するコンプレックスもある。

さらに言えば、返還当初は本土に無い機能を有していたが、いまや港湾システムにしても金融システムにしても本土内で代替可能であり、経済的価値は非常に低下している。逆に犯罪者の逃亡先や不法取引の温床としての「租界」としての機能が相対的に強まっており、治安関係者やイデオロギー担当者からすれば、「諸悪の根源」に見えつつあるという現実がある。
つまり、「経済的価値が高いから」という実利から「目こぼし」されていたものが、今や実利が失われてタダの「腐臭の元」になってしまっているのである。

「プラハの春」や「ポーランド危機」の時もそうだったが、自由主義陣営の介入は無いという判断もある。
米中は貿易戦争の真っ只中にあり、改善の気配も無く、ロシアと中東問題で手一杯のアメリカに配慮する必要はどこにもない。
日本経済は中国市場なくしては成立しえない状況にあり、内政問題に介入して対立を起こす勇気は無い。
つまり、武力行使に対する意思決定のハードルは、むしろ「プラハの春」時よりも低いと考えられる。

当局は静観の構えを見せているが、それも「プラハの春」と同じで、自治政府が自分で対処できるなら「その方が望ましい」というだけで、日本国内で言われているような「民衆の勝利」ではない。この点は、まだ確認取っていないが、自治が制御不能な事態に陥ったり、あるいは「分離独立」などという主張が強まったとき、武力行使を躊躇することは無いであろう。ただ、当局も「最後の最後の手段」と見なしているためで、「プラハの春」時にもブレジネフに対して早期介入への圧力がかかったことを考えれば、今も当局内で激しい議論が交わされているやもしれない。

いわゆる中国クラスタの人たちが現象の分析に終始して、全体主義の構造や歴史を学ぼうとしないことは、愚かだとしか思えない。

【追記】
この問題についてはまだ殆ど他の人と話せていないのだが、わずかに聞いてみた感じでは、「このまま盛り上がりすぎるとヤバいのでは」という具合に概ね私と同意見だった。ソ連時代は、センシティブな話をするときは必ず「森に散歩」に行ったものだが、それに比べれば今の中国はユルユルである。
1956年のブダ=ペストも1968年のプラハもそうだったが、「まさか〜するはずがない」「西側が助けてくれるはず」という楽観主義と「弾圧者が攻めてくるから戦おう!」「自由か死か!」などといった市民煽動が統治不能状態を招くことは、歴史上ままあることで、それは結果的に悲劇しか生まない。そのスタンスは、フランス革命やロシア革命を無批判に称賛するのと同じくらい愚かなことである。
posted by ケン at 12:00| Comment(5) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする