2019年06月19日

「サザエさん」の高文脈性について

現地の日本語教員研修会で教室活動報告を行う。
珍しいのは、多くの場合、この手の研究会は日本人(ネイティブ教員)だけで運営されるのが一般的だが、当地の研修会は中国人教員が半分程度占めている。教員の平均水準が高いということもあるのだろう。
とはいえ、そこは教員研修会なので、発表と言っても学会での発表のような厳しいものではない。せいぜい学会の一分科会程度のレベル。

私は先に記事にした「サザエさんからクロ現へ」を多少アカデミックに擬装して発表した。ホールのコンテキスト文化の「理論」は、今ではほぼ否定されてしまっており、学術的に使用するのはかなり厳しくなっているためだ。
従って、文化類型として否定されているだけで、言語類型としては使えるかもしれないという「主張」に根拠を置くわけだが、自分で言っていてなかなか苦しい感じ。しかし、特に厳しい指摘は無く、むしろ称賛されたので、何とも微妙だった。
まぁそれは良い。

結局、時間が足りず、発表では触れられなかった「サザエさん」の高文脈性(わかりにくさ)について、ここで補足しておきたい。
最近のアニメ版「サザエさん」は比較的単純な日常生活が若干形を変えながら延々とループしているだけなので、一見分かりやすそうに見えるし、実際に多くの人が「分かった気」になって何となく見ているわけだが、実は肝心な部分の多くが省略されている。

その一つが人間関係である。
サザエさんをめぐる家庭環境は、現代日本では非常に珍しい大家族で、三世帯同居の上、叔父・叔母と甥まで同居している。この時点で、私よりも下の世代になると、想像の範疇外になってしまう。ケン先生の場合は、幸いにして三世帯同居の上、母の妹である叔母も同居していたため、全く問題ないわけだが、核家族化が進んだ1970年代以降の世代には家庭内の人間関係からして分かりづらいだろう。

さらに言えば、マスオは入り婿だが、名字はフグ田姓のままであり、従ってサザエもタラもフグ田である。しかし、カツオとワカメは磯野であるため、姉と弟妹で名字が異なるわけだが、中国人にはここから説明する必要がある。中国では婚姻によって例外的に姓が変わることはあっても、多くの場合は変わらないからだ。

しかも、原作では大陸からの帰還兵だったマスオのPTSD(戦時後遺症)が原因と思われる行動(家の木塀を打ち壊して暖を取ろうとした)によって借家を追い出されて、磯野家に移住、同居することになったわけだが、当然ながらアニメではそんなことは表現されておらず、「何となく入り婿で同居」になってしまっている。

また作中に良く出てくるノリスケは、波平の妹の息子であり、サザエ・カツオ・ワカメにとって従兄に当たるわけだが、「サザエさん、よく見てました」という中国人ですら「知らなかった」という始末である。
作中でノリスケは、よく波平に向かって「伯父さん」と呼んでいるのだが、大半の視聴者は気にもしていないことが想像される。しかし、この人間関係を把握していないと、ドラマとして理解していることにはならないだろう。
とはいえ、古いアニメ版だと波平はノリスケに対して「ノリスケ君」と君付けで呼んでいるため、ますます関係が分かりづらいのも確かだ(6月20日追記:我が祖父を思い出した場合、中流家庭の家長が親族を君付けで呼ぶのはごく普通のことではある)。
結果、ノリスケとマスオは「義理の従兄」の関係になるわけだが、現代ではここまで濃密な関係が築かれることは稀なのでは無かろうか。ノリスケの妻のタイ子やその子のイクラまで出てくると、日本人でも家族構成が把握しきれない、というかまず意識しては見ていない。

良く出てくるキャラクターだけでも、これだけ複雑なのに実際にはさらに家族が広がっていくため、よほど教員が注意を払って説明しないと、人間関係の把握など不可能だし、外国人には日本の婚姻制度や家族制度(類型)などまで説明しないと、不親切になってしまうのだ。つまり、間違った解釈を与える恐れがある。

これを思ったのは、昨年私がロシアドラマ『静かなドン』を観て、コサックがみな親戚関係にあるのだが、具体的にどう繋がっているのか把握するのに、非常に時間が掛かったためだった。具体的な説明がどこにもないため、自分で想像し、最悪ネットで調べるしかないからだ。
人間関係が分からないと、キャラクターの発言・主張や対応の根底にあるものが理解できない。
「サザエさん」で人間関係が問題にならないのは平和な時代の日常を描いており、紛争が無いためだが、現実には家族同士の諍いや抗争は少なくない。

中国の場合、日本よりは三世帯同居が多いようだが、それでも都市部では急速に核家族化が進んでいる。
日本人でも説明が難しくなっているような人間関係を描くドラマを教材にするのは、コンテキストが高すぎるのである。

【6月20日、追記】
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なにげに反響が大きかったので、立証、補足しておく。
サザエたちが実家に戻って両親と住むようになったのは、マスオが借家の板塀を打ち壊して薪にしようとしたところ、大家に見つかって怒られて、それに逆上したサザエが大家をボコボコして、借家を追い出されたことに起因している。終戦直後の話で、マスオは復員兵という設定である。中国戦線などでは、炊飯時に現地人宅の家壁や板塀を壊して薪にするということは普通にやっていたらしく、復員後も無自覚に「つい」やってしまったという話なのだが、実際に終戦直後は良く見られた光景だったらしい。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 教育日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする