2019年06月29日

教員の労働環境は改善可能である!

【中学教員の仕事時間、日本は48カ国中最長の週56時間 OECD教員調査】
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 経済協力開発機構(OECD)は19日、加盟国など世界48カ国・地域の中学校の教員らを対象に、勤務環境などを調べた国際教員指導環境調査(TALIS)の結果を発表した。日本の教員の仕事時間は週56時間で、参加国の中で最も長かった。2013(平成25)年の前回調査と比べても約2時間長く、働き方改革の議論が進む中、改善されていない現状が浮き彫りになった格好だ。
 調査はほぼ5年ごとにOECD加盟国などで行われ、日本は昨年2〜3月、全国196校の校長と教員3605人がアンケートに回答した。小学校が対象の調査もあり、日本は今回初めて参加。ただ、参加した国・地域は一部に限られている。
 調査結果によると、日本の中学教員の仕事時間は週56・0時間(前回53・9時間)で、参加国平均の38・3時間を大幅に上回った。しかし、このうち授業に使う時間は日本が18・0時間で、参加国平均の20・3時間を下回った。
 日本では、部活動などの「課外活動の指導」が週7・5時間(参加国平均1・9時間)、「一般的な事務業務」が週5・6時間(同2・7時間)−など、授業以外の仕事が他の参加国と比べて圧倒的に多く、それが全体の仕事時間を増やしている状況だ。
 小学教員の仕事時間も日本は週54・4時間で、調査した15カ国・地域の中で唯一、50時間を超えた。
 文部科学省では今回の調査が行われる前の平成29年12月、部活動を含む一部業務の外部委託の促進などを盛り込んだ「緊急対策」を示し、働き方改革を促していたが、改善が進まなかった形。文科省の担当者は「深刻に捉えている。学校現場で教員配置の充実といった対策を速やかに行っていきたい」と話している。
(6月19日、産経新聞)

労働問題を丁寧に報じるところは(今となっては)産経の意外な面であり、良い点である。

教員の労働問題は本ブログを始めた当初から指摘していたことであり、永田町に勤務していた時もずっと言い続けたことだが、状況はむしろ悪化してしまっている。まぁ現実に政治に参画して、十数年経てなお、誇るべき成果を殆ど挙げられなかったので、責任を取って辞めたという側面もあるのだが。
教員の労働問題は複雑な問題ではない。過去ログから再掲しよう。
「労働時間における授業等の割合」という点でも、日本は世界的に見て群を抜いて低い水準にある。だいたい小学校で4割弱、高校になると2割強といった具合。つまり、授業(+準備)以外の業務があまりにも多すぎるのだ。その他の業務が増えれば増えるほど授業の質が低下するのは道理だろう。その一つが部活である。
教員の勤務時間に占める部活動の割合は10〜20%に上り、これに学校行事とクレーム対応を合わせると軽く30%を超える。日本における教員の平均勤務時間は週約55時間で、この30%を削除すると38時間になって、OECD諸国平均となる。同時に、勤務時間に占める授業関連の割合は5割超に達するが、これはまだOECD平均の65%には届かない。教員を授業に集中させるためには、まだまだ「ムダ」を排する必要があるのだ。
(中略)
ちなみに、欧州の学校には日本の部活動に類するものはなく、授業が終わると生徒は学校から追い出されて校門を閉じられてしまう。授業を終えた教員は残務整理すると、さっさと「退社」する。日本の学校のように夜遅くまでは職員室に明かりが付いているなど決してあり得ない。休日も無く一日15時間も働かされる日本の教員と、週休二日の上に一日8時間労働がきっちり守られている欧米の教員を比べた場合、どちらのパフォーマンスが高いかという話である。
同様の話は太平洋戦争にも見られた。交替も無いまま、戦死するまで孤島に貼り付けられたままだった日本兵と、定期的にローテーションで後方に送られて豪州などで鋭気を養っていたアメリカ兵では、どちらのパフォーマンスが高いかなど比べるべくもないだろう。日本の「玉砕体質(Stand and die)」は戦後70年を経ても全く変わっていない。
「部活動の全面廃止に向けて」(2016.3.1)

要は部活動と学校行事とクレーム対応や給食費徴収などの雑務から教員を解放してやれば、既存の労働問題は(まだ課題は残るにせよ)ほぼ解決するのである。
しかも、これらはいずれも本来業務ではないのだから、原理的にはどれを廃止するのも文科省通達の一本で済むはずだ。やり方次第では法改正すら必要ない話である。

だが、ケン先生が主張したいのは行政の怠慢よりも労働側の怠慢である。
これも何度も指摘していることだが、日本では、教員組合が本来の業務であるはずの労働問題を軽視し、平和運動などの本来業務以外の活動に注力してきた歴史がある。この点も、何度も関係者と話したが、全く改善されなかった。
政党も同じである。日本の政党はブルジョワ・リベラルから旧式左翼に至るまで、憲法や平和問題ばかり訴えて、労働問題や貧困問題に殆ど無関心であり続けている。

例えば、イギリスやフランスあるいはドイツの教員組合は、毎年管理側と業務分担を細かく精査し、「教員がやるべき仕事」と「そうではない仕事」に分類、教員は後者には一切タッチしない仕組みが作られている。その交渉が不調なときは、学校現場でも普通にストライキが起き、授業が中止になる。しかし、これで保護者がクレームを付けることは稀だという。その結果、授業が終わると、教室はカギで閉められ、校門も閉鎖される。下手すると、教頭級が学校中を見回って、生徒を追い出す始末だ。教員は概ね自分の授業が終われば、サッサと帰宅する。欧州における勤務時間が短いのは、授業準備は自宅で行っているケースが少なくないためだ。

上記の表を見れば分かるとおり、日本の教員の授業時間数は決して多くないのに、勤務時間はその三倍以上に達している。しかも、そこには授業準備の時間は殆ど含まれていないというのだから、日本の教員の労働環境や教育環境がいかに悪質であるか分かるだろう。

教員の労働環境改善に対し、私以上の対案を出している政治関係者を見たことが無いのは、本当に深刻なことである。これも議会制民主主義の限界を示すものなのかもしれない。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする