2019年07月31日

参院選2019に見る左派の課題

今回の参院選では、与党票はほぼ得票を減らすこと無く、野党内で票の再分配が行われた格好となった。
結果、旧民進、共産、社民の票が減り、それが「れいわ」に流れた。
また、直前の世論調査を見ても、自民党の支持率は30%強でそのまま自民党に投票されたが、野党は筆頭の立民ですら6%程度に過ぎず、「支持できる野党が無い」中で、「他に無いかられいわ」となった可能性を示している。
つまり、「有力な野党が存在しない」現状は今も変わらない。近々また世論調査が行われるだろうが、「れいわ」の支持率が急速に伸びるとは考えがたい。

「れいわ」が伸張した理由は、「安倍批判が強烈だから」というよりも「明確な経済政策」にある。
その主な主張は、

・消費税廃止
・最低賃金1500円
・奨学金「チャラ」
・公的住宅拡充
・正規公務員の増員


だ。これらは旧式左翼が言いたくても言えなかった(言わなかった)政策で、本来は左翼政党が主張すべきものだ。
「れいわ」のHPを見れば分かるが、意外なことに反原発、安保、憲法問題は下の方に記載されている。
ここがポイントなのだ。

欧米で起きている社会民主主義・リベラル政党の凋落は、本来彼らが発揮すべき再分配と階級闘争の主張を忘れ、エリート化(支配階層化、知識人化)してしまったことにある。
日本のNK党や社民党も、憲法、安全保障にはうるさいが、経済政策になると、途端に主張が弱く見える。そこが問題だった。

貧困が急速に進み、中流が没落する中、本来は社会主義的政策が求められるはずだが、その需要を満たす政党が存在しないことが、ポピュリズムにつながっている。貧困層がトランプ氏やル・ペン氏を支持する構図がそれだ。
ところが、日本では貧困層が自民党を支持しており、NKや社民を支持する貧困層は決して多くない。
野党内におけるその受け皿が、「左翼では無い」「れいわ」に流れる現象は、ギリシアやスペインのポピュリズムに近いかもしれない。

恐らく今後、左派に求められる政策はリベラリズムではない。
憲法、安保、人権、原発などの主張は再検討、ないし優先順位を下げる必要がある。
そして重要となるのは、

・消費減税(廃止)
・資産課税
・法人課税強化(税率アップではなく優遇廃止と課税強化)
・教育無償化
・公共住宅の整備(居住住宅の非課税化)
・最低賃金上げ
・非正規職員に対する社会保障強化
・公共部門へのてこ入れ
・労基法の徹底遵守(ブラック企業対策)
・部活動の全面廃止

・外国人労働者反対
・保護貿易


などだろう。移民、外国人労働者に反対するのは、賃金の低下を避けるためである。
本来、労働力不足は生産効率の上昇で対応すべきものであり、生産性の向上に応じて賃金が上がり、内国市場が発展するのが、「あるべき市場」の姿だった。
しかし、日本の場合、低賃金労働が定着、労働運動も殆ど機能しないため、賃金が上がらず、資本側は生産性を向上させる必要がなかった。
その結果、他国であればとっくに淘汰されているはずの低収益企業がゾンビ化、ブラック企業とともに存続してしまっている。
日本の経営層が無能なのは、無能であることが許される環境が存在しているためだ。その象徴が低賃金と超長時間労働であり、そうした風潮を育成しているのは学校教育であり、部活動であると言える(その上に天皇制もある)。

西側諸国で社会民主主義政党が衰退したのは、戦後和解体制の中で階級政党を脱し、国民政党化して政権まで担った「成功体験」が災いして、戦後和解体制が崩壊した後(90年代以降)も国民政党の枠組みから脱することができず、階級分化が進み、再び階級闘争が先鋭化している21世紀の政治状況の中で、労働者層や貧困層の支持が得られなくなっているためだった。
日本の場合、自民党と霞ヶ関が低賃金労働を推奨することで、低収益企業を存続させ、低失業率を維持、「大衆の大半がギリギリ貧困を自覚しない生活環境」を作り上げることで、自民党による一党優位体制が存続している。

こうした社会構造が理解できず、将来像を描けない既存の左派政党やリベラル勢力が中途半端な形で存続しているため、いつまで経っても有力な野党が誕生しないという側面もある。
その意味では、「れいわ」には、既存のリベラルや旧式左翼を淘汰する役割が求められるわけだが、現状ではそこまで推測するのは難しい。
posted by ケン at 09:35| Comment(7) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月30日

アメリカで死刑再開

【米連邦政府、死刑執行を16年ぶり再開へ】
 ウィリアム・バー(William Barr)米司法長官は25日、連邦政府が16年間にわたり停止していた死刑執行の再開を決め、殺人罪で有罪となった死刑囚5人の刑執行日を設定したと発表した。
 死刑執行の再開は、暴力犯罪に対する処罰の厳格化を求めたドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領の要請に応じた形。バー氏は米連邦刑務所局(Federal Bureau of Prisons)に対し、死刑執行の再開に向け、薬物注射による刑執行の新手順制定を指示した。バー氏は声明で「司法省は法の支配を守る。われわれには、犠牲者とその家族のために、司法制度が言い渡した刑を執行する義務がある」と説明した。
 米国では昨年25件の死刑が執行されたが、これらはすべて州レベルで有罪となった死刑囚に対し州当局が執行したものだった。一方、連邦レベルの死刑囚については、執行方法や使用薬物をめぐる議論や、バラク・オバマ(Barack Obama)前大統領の消極的姿勢により、2003年を最後に刑が執行されていなかった。
 米NPO「死刑情報センター(Death Penalty Information Center)」によると、米国には連邦レベルの死刑囚が62人おり、この中には2013年に3人が死亡したボストン・マラソン(Boston Marathon)爆破事件で有罪判決を受けたジョハル・ツァルナエフ(Dzhokhar Tsarnaev)死刑囚や、2015年にサウスカロライナ州チャールストン(Charleston)の教会で黒人9人を殺害した白人至上主義者のディラン・ルーフ(Dylann Roof)死刑囚が含まれている。
 連邦刑務所局はバー氏の指示を受け、5死刑囚の刑執行日を設定。5人はいずれも、被害者に子どもが含まれる残忍な殺人事件で15年以上前に死刑判決を言い渡されていた。
(7月26日、AFP)

自由貿易と自由・人権は冷戦期から現在に至るまで西側自由陣営の正当性を示すイデオロギー的根幹だった。
死刑廃止についても、不完全ながら人権擁護の象徴の一つで、EUにおいては加盟の条件にすらしたほどだった。
この点、死刑を人道的制度(少なくとも人道には反しないという理解)とする日本政府は例外的存在であり、その根拠の一つは「(宗主国である)アメリカで廃止されていないから」だった。
あのロシアですら、欧州評議会への参加を理由に、1996年以降、死刑の執行を停止している(日本では意図的に報道されないが)。

アメリカにおいて、まして連邦レベルで死刑を復活させるということは、保護貿易の推進とともに自由民主主義の自己否定でしかない。
アメリカは、自らの意思で自らが掲げてきたイデオロギーを否定しつつあるが、これはソ連が社会主義を否定するのと同じことであり、社会と政治制度の根幹理念を否定するものとなろう。
その影響は当然日本にも及ぶと考えられ、司法行政の非人道化・権威主義化が加速するものと推測される。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月29日

立民は敗北感でいっぱい

【顔色冴えぬ立民・枝野代表 参院選終え党内から不満】
 21日投開票の参院選で議席を「倍増」させた立憲民主党の枝野幸男代表の顔色がさえない。枝野氏ら幹部が推した目玉候補が相次ぎ落選し、比例代表の得票数も平成29年の衆院選に比べ激減したからだ。強さが「張り子の虎」だったことが露呈した今、党内で枝野氏への不満がくすぶり始めた。
 「参院選では議席倍増という結果が出た。衆参両院ともに野党第一党として、さらに大きな責任を負うことになった」
 枝野氏は25日の常任幹事会で、参院の勢力が改選前の9議席から17議席に伸びたとして胸を張った。とはいえ、トップの「勝利宣言」とは裏腹に出席者の表情は総じて暗かった。
 それもそのはず。党幹部は投開票日直前、「選挙区・比例代表合計で20議席は固い」と踏んでいたが、蓋を開ければ、有名弁護士や元アイドルら目玉候補は軒並み落選。比例得票数も29年衆院選の約1100万から約316万減の約791万に落ち込み、与党の土台は揺らぎもしなかった。
 立憲民主党は29年衆院選での比例得票数と、野党で最も高い政党支持率を売りに勢力拡大を図ってきた。それだけに、中堅は「幹部は比例得票数が800万を下回ったことに衝撃を受けている。政党の地力がバレて、枝野氏の求心力は落ちていくだろう」と解説した。若手も「お偉いさん方は認めたくないだろうが、今回の参院選は明らかに負けだ」と強調した。
 野党の主役の座は、初の国政選挙で約228万の比例票をたたき出した山本太郎代表率いる「れいわ新選組」に奪われつつある。山本氏は21日深夜の記者会見で「他の野党と手を組まなければ政権交代までいけない。力を合わせていく必要がある」と述べた。
 枝野氏は選挙前まで党勢拡大を優先し、野党が一つの政党にまとまることに否定的だった。しかし、参院選での伸び悩みやれいわの躍進、国民民主党系無所属を含めれば勢力を維持したともいえる国民民主の粘りを目の当たりにし、独自路線からの転換を迫られる可能性もある。
(7月25日、産経新聞)

ケン先生が立民にいる旧知の何人かに尋ねたところでも、敗北感と執行部への不満が充満していた。
目標としていた前回衆院選並みの1100万票に遠く及ばず(投票率低下を考慮しても)、国民民主は意外と健闘してしぶとく残り、22人も候補者を出して8人しか当選させられず、供託金と経費(選挙運動の公費負担にならなかった分)だけでも1億近くなるのではないかと言われている。
立民の戦略目標を整理すると、以下のようになる。

1.1100万票以上とって野党の主導権を握る → 791万票
2.国民民主を完膚なきまでに叩いて、立国対立に終止符を打つ → 国民348万票
3.当選者のジェンダーバランスを限りなく等しくする → 比例当選8人中女性は労組の2人

このうちの一つも実現することなく終わったのだから、「俺たちは負けてない!」と強弁するのは難しいだろう。
とはいえ、立民と国民をあわせると、少なくとも比例票は前回2016年の民進党並には取っている。全体の議席では32から23になってしまい、選挙区での敗北が痛すぎる。要は弱小政党が分裂してさらに弱くなっただけだった。

立民は今回の選挙では、全く運動員を確保できず、労組の動員すら進まず、もっぱら秘書が証紙張りからポスター貼りまでしていて、「電話かける暇すらなかった」というのだから、全く組織の体をなしていなかった。
これは組織の純化を図った結果、旧民進系の自治体議員が国民や無所属になってしまったことも影響している。その後、立民は統一選挙で候補を擁立したものの、その多くは素人だったため、国政選挙についていけなかったこともある。こうした新人議員を教育するだけの組織がないため、どうにもならないのだ。
つまり、立民は候補の頭数だけ揃えたものの、手足が全く機能せず、選挙運動にならなかったようだ。

政策についても、「民主リベラル」の焼き直しと年金問題に象徴される追及型の主張ばかりで、大きな問題提起も「物語」も提示できないまま、「お前は何がしたいんだ?!」という話になってしまったところがある。
結果、「消費税廃止」「打倒安倍」と主張が非常に明快な「れいわ」に政権批判票が流れてしまった。無党派中の一定数は政権批判が激しく、劇場的なスタンスを好むものであり、それは2017年の衆院選で枝野氏が自分で起こした「風」だったはずだ。にもかかわらず、一度「勝って」しまったことで、変に政権奪取に色気を持ち、主張を「現実的」にしてしまったことも失敗の一端だった。

候補擁立過程についても、参院選選対を組みながら、実質的には「枝野=福山ライン」で決めていたことが多く、事務方も知らないうちに候補が決まっていたケースが多かったそうで、結果当初2人のはずだった「芸能人枠」が倍以上になり、秘書の間では評価の高かった奥村氏や斉藤氏が落選、「上手く使われただけ」「使い捨てかよ」などの不満が高まっている。
無駄に多く擁立した比例候補についても、党本部の職員が少なすぎて、大半の人は運動らしい運動ができず、他の議員秘書が補佐して街頭活動の調整をするだけというケースが多く、地方に行っても「行くところが無い」という状況にあったという。
要は「運動できないなら擁立するな!」という話だった。

立民内は「これではとても次の衆院選は戦えない」「次はれいわに食われるだろう」「もう終わりだ」「ケンちゃん、良いときに辞めたね」といった話ばかりで、相当に深刻である。
posted by ケン at 12:00| Comment(6) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月27日

参院選2019を分析する・下

(前回の続き)
 もう一つの問題は、比例代表の制度上の不具合である。今回の選挙から比例代表に「特定枠」制度が新設された。これは政党が当選者の優先順位をあらかじめ決めることができる制度で、特手枠に指定された候補は、個人の得票に関係なく、名簿の順に当選が決まる。但し、特定枠を設けるかどうかは政党の裁量に委ねられている。もともと参議院の比例代表制は拘束名簿式で、政党の得票率に従って名簿順に当選者が決まる仕組みだったが、2001年の参院選から非拘束名簿式が導入され、比例代表の当選者は名簿順では無く、個人の得票数に応じて順位付けされるようになった。つまり、制度改変が屋上屋を建てるように行われた結果、非常に分かりにくいシステムになってしまったのだ。
 その結果、例えば「れいわ新選組」の山本太郎候補は99万票からの個人票を獲得したにもかかわらず落選する一方、特定枠の候補者は全く選挙運動せずに(公選法で個人の選挙活動が禁止される)当選している。また、公明党の最終当選者は1万5千票余りで当選している。これは、「多数者の支持を得た者が主権の代行者となる」「複数の候補が主張を競い、有権者の選択を仰ぐ」という代議制民主主義の原理が問われる事態だと言える。

 最後になるが、今後の政局の動きにも触れておきたい。今回の選挙で与党と維新が3分の2を得られなかったこと、そして今年10月に消費増税が行われることで、今後憲法改正はますます難しくなってくるものと考えられる。また、安倍晋三氏の自民党総裁の任期は2021年の9月までで、今のところ規約で4選が禁じられているため、再選もない。そのため、安倍氏の権威は今後レームダック化し、自民党内の後継争いにシフトしてゆく可能性がある。これを回避し、総理総裁としての指導力を維持するためには、衆議院を解散して総選挙に打って出る選択肢があるが、消費増税後には景気が悪化する蓋然性が高く、非常に難しいだろう。
 野党は野党で、弱小政党が乱立する状況が続いており、自民党に対抗するだけの理念も政策も打ち出せていない。政権党に対する支持が盤石な中で、乱立する野党内で政権批判票を奪い合う構図は当分続きそうだ。中でも「れいわ」がその動きの中心となって、さらにNKや社民の票を食うのか、立民や国民と合併あるいは吸収してゆくのかがポイントとなるだろう。立民と国民はともに影響力を弱めてゆく中で、連合との関係も悪化、さらに衰退して行く可能性がある。もっとも、「れいわ」も山本太郎氏が「四番ピッチャー」を務める政党である上、理念も組織も無いので、一過性のポピュリズム運動に終わる可能性も十分にある。いずれにしても、野党側には殆ど展望らしいものが無い。
この状況は与党にとって都合が良いため、現行の衆議院の任期満了となる2021年までは、政局上の大きな変化は生じない可能性が高そうだ。

【追記】
ポピュリズムとは、既成政党が民意の受け皿になり得なくなった時に発生するもので、新たな政治運動や政党が生じて、既成政党から支持が流れる現象を指す。本来的には、価値中立的な概念だが、「既存の体制に対する疑義あるいは挑戦」という意味で、ネガティブな評価を込めて使われるケースが多い。20世紀で言えば、イタリアのファッショやドイツのナチスがそれに相当する。近年では、アメリカのトランプ大統領や、フランスにおけるル・ペン氏やメランション氏らの左右の運動、ギリシアやスペインにおける左翼運動などが挙げられる。いずれも既存の政治家やインテリ層からは酷評される傾向にあるが、「既成政党が民意の受け皿になっていない」という視点が無いと、本質を見失うだろう。

【参考】
立憲民主党の限界(2017.11.4)
posted by ケン at 00:00| Comment(2) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月26日

参議選2019を分析する・上

日本の第25回参議院議員通常選挙は、7月4日に公示され、同月21日に投票が行われた。大手マスコミは概ね「与党の勝利」または「大勝」と報じているが、本当にそう言えるのか、「勝利」の定義を含めて改めて評価する必要がある。その上で、今後の国会情勢を占ってみたい。

現在、参議院の定数は245で、このうち124議席が今回の選挙で改選となった。改選124議席の内、自民党と公明党が獲得した議席は71であり、半数の62を9議席ほど上回っている。概ねマスコミはこれをもって「与党勝利」としている。
 だが、自民党の改選議席(2013年参院選の当選者)は68議席で、これが57議席に減り、公明党は11議席から14議席に増えている。つまり、「議席を減らした」という点では「自民党が勝利した」とは一概に言えない。
 また、安倍晋三首相が悲願としている憲法改正を実現するためには、衆議院とともに参議院においても全議席の3分の2が必要で、その数は164議席である。しかし、自民、公明、改憲志向の野党である維新の合計議席は157議席で、3分の2には及ばなかった。「指導者が求める戦略目標を達成できなかった」という点でも、「勝利」と言ってしまうのは安易に過ぎるだろう。
 しかし、野党は野党で、野党側が期待したほどには得票が伸びず、野党内で政権批判票を奪い合う形となり、不満の残る結果となった。前回2016年の参院選比例代表の得票率、獲得議席と比較して検討してみよう。得票数ではなく得票率で分析するのは、投票率が異なるためである。2016年の投票率は54.7%だったが、今回は48.8%に低下しており、得票数では単純に比較できなくなっている。

 2016年の参院選で自民党が獲得した比例区の得票率は35.9%で獲得議席は19。一方、分裂する前の野党民進党の得票率は21%で議席は11だった。今回の参院選では、自民党が35.4%、19議席を獲得。公明党は前回13.5%、7議席で、今回は13.1%、7議席となっている。他方、野党では民進党が2017年に分裂、立憲民主党と国民民主党に分かれたが、立民が15.8%、8議席、国民が7%、3議席となっている。得票では旧民進党系が若干伸びたものの、議席増には至らず、自民党はほぼ横ばいに終わっている。
 
 2016年と比べて今回得票を大きく減らしたのは日本共産党で、前回の比例区得票率10.7%が9%にまで低下している。また、社会民主党も2.7%から2.1%にまで低下している。これに対して、山本太郎議員が新たに結成した「れいわ新選組」が4.6%を獲得した。山本太郎は2016年の参院選では「生活の党と山本太郎となかまたち」の一員として選挙を戦っており、参考値だが同党の比例得票率は1.9%だった。このことから言えるのは、自公政権に批判的な既存の左翼政党の票が新たに結成されたポピュリズム政党に流れたということであり、自民・公明が支持を失ったわけではないことを示している。
 以上、得票率から言えるのは、自民党と公明党は安定的に勝利したが、両党の比例得票率は48.5%と半数に満たず、政権に批判的な野党の合計得票率は38.1%に及んでおり、およそ「与党が圧勝」とは言えない結果にある。ただ、比例区と違い、選挙区は大政党に有利な制度であるため、総合獲得議席では自民党に有利な形になっている。

 選挙区を概観した場合、一人区が重要となるが、32カ所のうち野党系候補が勝利したのは10区で、2016年の選挙より一カ所減っている。北海道、千葉、兵庫、福岡の3人区では、いずれも与党が2人当選させており、与党が選挙戦を有利に進めたことが分かる。特に4人区の大阪で、政権に批判的な野党が一議席も獲得できなかったこと、また6人区の東京において立民の二人目が当選できず、維新に議席を許してしまったことは、立民にとって大きな打撃となっている。大票田の都市部において立民が十分に票を集められなかったことは、次に想定される衆議院総選挙に向けて大きな課題となるだろう。立民と国民は、比例区では分裂前の民進党と同程度の得票だったが、選挙区では2016年に民進党が獲得した32から立民と国民あわせて23議席に減少しており、党分裂による影響力低下が見て取れる。
 野党は32ある一人区のうち10カ所で勝利したものの、もともと自公の地盤が弱い東北に偏っており、野党共闘に課題を残す形となっている。

 全体的には、与党側は安定的な勝利を得たものの、「改憲に必要な参議院の3分の2を取る」という戦略目標の達成には失敗した。他方、野党は「与党に3分の2を取らせない」という目標は達成したものの、与党票を取り込んで票を伸ばすには至らず、野党内の少数乱立が災いして現状維持に留まった。
 筆者が関係者に尋ねた感触では、自民党では「厳しい情勢の中で十分健闘した」という感想が一般的だったのに対し、立民と国民では「実質的に敗北」と捉える向きがあり、当事者の主観においては概ね与党が勝利、野党は敗北という認識にあるようだ。特に立民内における敗北感は深刻なようだが、これは別途記事にしたい。

 また全体情勢とは別に、本選挙においてはいくつかの大きな問題が露呈している。一つは低投票率で、全国の投票率は48.8%と5割を切った。これは1995年の44.5%に続く低さになる。2017年の衆議院総選挙も投票率は53.7%と低く、安倍内閣と自公連立政権が長期化する中、政治的無関心層が増加、代議制・議会制民主主義の根幹を揺るがしつつある。
 参院選の公示1週間前にNHKが行った世論調査を見ると、「投票に行くか」という質問に対し、「必ず投票に行く」と答えた者は46%だった。つまり、「必ず行く」と答えた者以外は殆ど投票しなかったことになる。また、支持政党についての質問では自民党が34.2%で、自民党支持者がそのまま自民党に投票していたことが分かる。これに対して、立憲民主党の支持を明言した者は6.0%、国民民主党の支持者は1.5%に過ぎなかった。にもかかわらず、実際の投票では両党あわせて22.8%を得票しているが、これは「政党として支持はしていないが、政権党以外の投票先として他に選択肢が無く、やむを得ない」判断として、投票していることを暗示している。つまり、自民党の支持者は強い自覚を持っているが、野党は政党や政治家が必ずしも支持されていない中で、政権批判票として消極的に投票されていると言えるだろう。こうした健全な批判勢力の不在、野党の機能不全といった要素が、さらに政治と議会への不信あるいは無関心を助長していると見られる。
(以下続く)
posted by ケン at 23:00| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月25日

石崎議員暴行疑惑の背景を考える

【男性秘書「数百発殴られた」 自民・石崎議員を任意聴取へ】
 自民党の石崎徹衆院議員から暴行を受けたとして、秘書の男性が警察に被害届を提出している問題で、この男性秘書がFNNの取材に答えた。
秘書の男性「彼の暴力はひどいもので、今まで合計すると、数百発殴られている。多いときは1日に30発くらい、何十発も殴られる」
30代の秘書の男性は、FNNの取材に「会合へ移動する際の道の選択が気に入らないなどの理由で暴行を受けた」と主張していて、6月に被害届を提出した。
 警察は、任意で石崎議員から事情を聴く方針。
一方、石崎議員は、「業務上の注意の言葉が、徐々に感情的になってしまったことがあった。大変反省し、恥ずかしい気持ちでいっぱいです」などとコメントしている。
(7月24日、新潟総合テレビ)

トヨマユ事件が忘れられつつあったところに再びバクダンが。
被害届まで出しているのだから、相当部分は事実で、議員が言う「業務上の注意の言葉が、徐々に感情的になってしまった」程度のものではないことは、ほぼ確実だろう。同時に、どう見てもクロの事象に対して、「業務上の注意の言葉」で切り抜けようとする危機管理能力の低さや自己認識の甘さも強調すべき特徴(無能の証拠)だ。

トヨマユと共通するのは、地元の生え抜きではなく、霞が関官僚出身で官界に早々に見切りをつけて自民党から出馬して、あまり苦労せずに「代議士様」になっているところだろう。
かつては自民党に多かった「地元の生え抜き≒地方議員などから国会に転じるケース」の場合、地元の有力者や関係者の推薦で秘書を雇うケースが多く(大切な人を預かる)、暴言や暴行を繰り返すなどしたら、地元での評判が悪化し、支持者との関係も悪化するため、そうそう暴行などできないものだった。
言うなれば武家奉公人のようなもので、有力国人衆の子弟を「お預かり」して「教育」しているのだから、いくら主君といえど、暴行や暴言が繰り返された場合、国人衆のメンツが潰されてしまう。政治の世界でも、特に保守業界はそういう傾向が強かった。
例えば、ケン先生が地元の自民党議員の秘書を務めることになった場合、「大伯父が自民党の元重鎮」「祖母と父は地元医師会の顔」などの属性(価値)が自然付与されるわけで、保守業界的には「地場の准名士のお子さんを大切にお預かりして、社会勉強して頂く」というスタンスを取るのが伝統だった。そんな私を罵倒し暴行を加えるなどのことがあった場合、「あの議員は奉公に上がっている某家の子を傷物にした」ということになるが、それがどのような結果を生むかについては、読者の皆さん自身で想像してもらいたい。
逆に左翼業界では、大名と国人衆のような関係が無かったため、秘書を雇う場合でも誰かに気兼ねするケースは少なく、むしろ人権無視が多かったように思われる(自分も話を聞いただけで、幸いにも被害者にはならなかった)。

ところが、自民党においても候補者不足が深刻となり、一般公募が増え、ルサンチマン(劣等感)を抱えた未熟な若年層が応募し、学歴や経歴だけは「ご立派」な者が候補となって、小選挙区下で苦労せずに当選すると、問題が露呈するようになる。
これらの議員は地元に深い関係がないため、秘書も一般公募のようなもので雇われるケースが多く、しかも財政的後ろ盾が無いため、議員も金欠なら秘書給料も安く、さらに昔のように「陳情処理して謝礼たんまり」ということも減って、国会議員と地方議員、議員と秘書の関係も非常にギクシャクしたものになっている。
議員は候補選定の段階で人格が考慮されなくなり、秘書は「他に仕事が無い」「将来議員になって見返してやる」ような者が急増、議員も秘書を「使い捨ての手下」と考えるようになっている。秘書の数も、昔は地元に10人以上いるのが普通だったが、今では数人になってしまい、議員の要求が高まる一方、秘書の質は低下の一途を辿っている。

本来「なるべきでないもの」が「運良く」代議員になってしまい、万能感に支配され、希薄な人間関係の中で秘書を奴隷のように扱うケースが増えている。これは左右や政党に関係なく見られる傾向だろう。
こうした点も、私が永田町に見切りをつけた遠因の一つであるわけだが、仮に石崎氏を排除してみたところで、根っこはますます腐ってゆくだろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月24日

Nemesis Burma 1944 (Legion Wargames)

新興のLegion Wargames社によるインパール作戦のゲーム。
ビルマーインド国境のみならず、フーコン渓谷や雲南方面までシミュレートしており、ビルマ方面(北部)全域の戦いを俯瞰することができる。
規模は大隊〜連隊、1ヘクス=16km、1ターン=2週間。

インパール作戦のゲームは、なんとか入手可能な範囲でOCSの「ビルマ」があったが、限りなくプレイ不可能(少なくとも全域は無理)だったので、諦めていた。
もちろん、様々な文献を読んで、「ハナから無理ゲー」なのは重々承知しているが、「何が、どう無理だったのか」仮想体験してみたい欲求は強かった。せっかく「シミュレーション・ゲーム」というツールがあるのだから、シミュレートしてみたかったのだ。

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マップはフルマップより少し大きめながら、ヘクスが大きいため、「広い」感じはしない。
しかも、日本軍の初期配置線からインパールまでは、最短で5ヘクスしかなく、並べてみると「ホントこれ大丈夫なんだろうな?」という気持ちと、牟田口的な「たかが80kmなんだから、気合いで行けるだろ!」というキモチになってしまう。絶対ワナだ!
また、雲南方面の中国軍はとてつもない規模で国境をびっしり埋め尽くしているものの、そのQV(部隊の素質)は最低の「1」で、自分から接敵することもできない、やる気のなさ。
当然ながら、初期配置時(44年3月)にはチンディット旅団が降下済みなので、日本軍はかろうじて補給線は繋がっているものの、主要道路は寸断されまくりの状況にある。さらにフーコン渓谷からは、米式装備の中国軍が進んでくるが、防衛兵力は圧倒的に足りない。
肝心のインパール方面はまともな道路が一本しか無く、そこは英軍の戦車や砲兵がガッチリ守っており、日本軍的には山道を通って進むしか無い。史実通りとはいえ、第一ターンの機動を考えただけで萎えそうになる。
この状況で「攻勢」を始めること自体、ちょっと信じがたい精神である。
こういう全体状況が俯瞰できるところも、シミュレーションゲームの醍醐味だ。

ただ、いかんせんルールが厄介すぎる。
決して難解なわけではないのだが、ZOCもあるような無いような話だし、部隊の素質によって「やれること」が少しずつ異なるし、戦闘ごとに「満足ポイント」や「悩みポイント」(継戦意思みたいなもの)が両軍で上下するため、処理することが非常に多い。
要は難しくは無いのだが、一般的なゲームと「少し違う」ところや例外事項が非常に多いため、「俺、ホントに正しくプレイできてる?」と毎回確認しないと不安になりそうだ。

今回は並べて、ルールを確認しながらプレイしたものの、確かにインパールの隣接ヘクスまでは行けそうではあるものの、その辺で英軍とドロドロの殴り合いを続け、日本軍は雨期になって補給切れになってボロボロになる、という形にしかなりそうにない。いや、それどころか、「そもそも(史実で一ヶ月以上占領した)コヒマなんてどうやって行くの?」という感じ。
序盤を二回プレイして検討した結果、第一ターンに山道を敵ZOCに入らずに二倍移動・突進するのが「お手前」なのではないか、という話になり、「次回やる機会があれば、それを試してみよう」ということになった。

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第一ターン終了時

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フーコン渓谷方面

歴史再現性、納得度が高く、プレイアビリティも決して低くなく(処理することは多いが、処理回数は少ない)、慣れれば一日でプレイ可能なレベルなのだが、いかんせんルールが特殊(ちょっとだけ違うというのが逆に厄介)で処理が煩雑であるところが、好みを分けそうだ。
そして、日本軍プレイヤーは、自分に牟田口でも憑依させない限り、攻勢を続けようというモチベーションを維持するのが難しいのではないかと思われる。

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史実的にはこんな感じで突進した模様

何はともあれ、日本人ならば、一度はプレイして損は無い作品である。
posted by ケン at 15:45| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする