2019年08月07日

2040年の日本はどうなる?

私に対する質問でけっこう多いのは「これから日本はどうなるのか?」というもの。
基本的にロクでも無いことしかないので答えたくないのだが、この際きちんと書いておこうと思う。

まず人口は現在の1億2800万人から1億500万人程度になり、一都三県と愛知、大阪への人口集中は5割前後に及ぶ。
総人口に占める65歳以上人口の割合を示す高齢化率は全国平均で35%を占め、辺境県では5割に及ぶだろう。
自治体単位でも高齢化率が5割を超える市町村が4割を軽く超えるとみられる。

これらの意味するところは、一都三県と自治体の半数近くが税収不足により運営不能になるということである。
それを避けるためには、収入の無い高齢者に課税を強化するか、地方交付税を増やすほか無い。地方交付税を増やすにしても、その財源は一都三県に集中する現役層に対する徴税強化ということでしか実現できない。
恐らくは行政サービスが恐ろしく低下してゆくことになるだろう。

地方行政のさらに厳しいところは、1980年代末の「地方創生」や1990年代に「バブル崩壊対策」として「整備」された巨大な公共インフラ群がこぞって老朽化し、更新期を迎える点にある。その象徴が3本あり、現状で5兆円とも言われる債務を抱える本四連絡橋だ。
既存のインフラを含めるとインフラの維持整備額だけで年間15〜20兆円になると見られるが、少子高齢化による税収不足によって、ほぼほぼ維持できない形となる。
ソ連帰りのケン先生的に想像されるのは、ソ連崩壊後に見た「ソ連の墓場」(廃棄放置された工場やインフラ群)である。
同時に、インフラが集中する大都市部においても更新が追いつかず、道路陥没や橋の崩落、水道管・ガス管の破損などの事故が続発する恐れがある。

家族的にも単身世帯が4割を超えると見られ(私もそうなるだろう)、孤独死や社会的孤立の弊害がさらに進むことは間違いない。
私などは年齢に比して政界、ゲーム、アカデミズムなど比較的人との繋がりが多い方であるため、よほど長生きしない限り、社会的孤独に悩まされることは無さそうだが、平均レベルにおいては「誰とも関係が無いのがデフォルト」的な社会になることが予測されるだけに、今の40代以下の人はその辺を考慮して人間関係を構築すべきだろう。
私の母などは、いまだに現役で働いており、社会的関係も広いが、「知り合いが死んでいくたびに、自分の中の社会そのものが失われていくようだ」との感慨を述べている。まぁそういうものなのだろう。

また、経済的には高齢化とともに貧困が悪化する。2040年にはいわゆる「就職氷河期」世代が65歳を迎えるわけだが、この世代は厚生年金がもらえない人が多く、「国民年金を納めていればまだマシ」というレベルだ。
現状、厚生年金の平均受給額は男性で月17万円、女性で11万円であるが、中央値になると2万円程度下がりそうだ。この給付額も物価スライドがあるとはいえ、高齢化率の上昇とともに給付水準の維持が難しくなり、恐らくは給付開始年齢も70歳まで上がるだろう。だが、70歳まで働ければまだ良いが、働けても超低賃金、働ける日数も体力的に少なくなることを考慮すれば、定年から年金受給開始年齢まで所得水準はかなり下がりそうだ。
「国民年金がもらえるかどうか」という就職氷河期世代のものがどの程度いるのかはまだ未知数なのだが、その後非正規職員の割合は4割まで上昇しており、3割以上の人間は「国民年金だけ、もしくはそれすら無い」ということになる。国民年金のみの場合、その給付額は月6万円である。人口1億人、高齢化率4割とした場合、少なくとも1200万人がが国民年金以下となるのだ。
これに若年貧困層や母子家庭層が加わった場合、人口1億の内、2千万人近い人が「食うのも難しい」社会となることが想像される。「食うや食わず」の絶対的貧困層が人口の2割近くに達し、相対的貧困(平均所得の半分以下)を含めると3割以上となると推測される。
現在のところ、自民党・霞が関政府は外国人労働者の導入に前向きだが、これはGDP水準を維持するためには必要かもしれないが、賃金の上昇を抑えると同時に、職場環境や待遇の改善を抑止する効果もあるため、若年貧困層や失業が蔓延することも覚悟すべきだろう。
貧困が高齢層に限られる場合、破滅的状況にはならないかもしれないが、若年層にも貧困が広がった場合、テロや暴動が頻発する恐れもある。

現政府は「現状を維持するのが精一杯」として将来を見据えた政策を採っておらず、以上のことはほぼほぼ回避不能な未来となっている。
あとは個人レベルで「いかに生き延びるか」を考えるほか無いだろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする