2019年08月24日

香港軍事介入の現実味

ソ連学徒から見たXG問題」の続編。
基本的なスタンスも背景事情も特に変わっていないのだが、情勢が悪化、緊迫感を増しており、軍事介入の現実味が増している。
全体主義を知らず、大国を知らず、戦争(軍事)を知らない日本人の大半は「まさか武力行使は無いだろう」と考えているのではないか。
この点、ソ連、ロシア、中国に住んで生活していたケン先生は異なる見解を持っている。

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これは香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」8月15日の記事。
同紙は中国政府が公式発表できない本音をこっそり西側に伝達するために使うメディアで、全体主義研究者的には超萌えるネタである。
こういう「裏と表」の使い分けについても理解できないと、ロシアや中国のことは理解できない。ロシアや中国については、「にわか」「なんちゃって」研究者あるいはウォッチャーがまったく機能しないのはここにも一因がある。

本記事には、中国人民大学のアメリカ問題専門家で、国務院のアドバイザーを務める時殷弘教授のインタビューが掲載されている。
同教授は、軍事介入について「まだその時期には至っていないが、暴力が続けば状況は変わる」と答えつつ、同時に「軍の直接介入は中国にとってコストが高過ぎる。あらゆる手段が尽きた場合に初めて発動される」とも述べ、現時点では政府が介入に慎重であることを示唆している。

これは1968年の「プラハの春」に際して、ソ連のブレジネフ政権が当初示していたスタンスと全く同じだ。香港との境界にあたる深圳に軍が集結しつつあるというのもよく似ている。
当時、ブレジネフ政権は、東側全体に与える影響を考えれば、軍事介入は「最後の最後の手段」であり、当事者による解決を望んでいたが、チェコスロヴァキア共産党が内部崩壊して意思決定ができなくなり、市民の暴走が止まらなくなって、体制瓦解とワルシャワ条約機構からの離脱が現実的なものとなったため、介入に踏み切っている。
ブレジネフ政権はチェコスロヴァキアの改革を全否定していたわけではなく、それが経済改革や部分的改革に留まる限り、自主性を認める方針を持っていた。この点、現在でも西側諸国で信じられているような「改革を認めないため軍事介入した」のではない。

香港に至っては現時点で中華人民共和国の一部であり、その主権は中国にあって、行政権の一部を自律的に運用できる一国二制度があるとはいえ、あくまで香港問題は中国の国内問題である。この点は、チェコスロヴァキアの件よりも厳しいことを示している。

その中国にとって最大の脅威は「中国の分裂」である。
中でもセンシティブになっているのが新疆ウイグルとチベット問題で、多民族国家である中国にとって分離独立の主張は国家の危機に直結する。
この点、日本人にはイメージしづらいだろう。仮に沖縄が独立したとしても、日本本土はほぼ影響ないわけだが、中国の場合、一カ所で分離独立を認めてしまえば、内蒙古、雲南、東北部、その他諸々で同様の主張が起こり、収拾がつかなくなる恐れがある。ソ連崩壊の経緯を見れば、その危惧は極めて現実的なものだ。

香港の場合、民族問題では無く、政治的な理由から「自由と民主主義を実現するための独立」であるだけに、共産党統治の正統性をも脅かしている。そもそも香港で一国二制度が認められたのは、1990年代に中国の国力がイギリス一国に対してすら劣っていたため、英国の「条件付き返還」に応じざるを得なかったという屈辱に起因している。つまり、現代中国にとって非常に大きな恥辱なのだ。
さらに言えば、香港問題で譲歩した場合、台湾の独立派を有利にしてしまうこともあって、中国政府内では治安関係者や軍部などの強硬派を抑えるのに一苦労していると推測される。

香港問題については触れてこなかったトランプ大統領も、13日にはツイッターで懸念を表明したが、実は同日、楊潔チ政治局員がポンペオ国務長官と会談したという。恐らくは、軍事介入の可能性についても言及がなされたと考えられ、内政問題であることも強調しただろう。
もっとも、米国側としては米中のパワーバランスの変化を少しでも遅延させることがアメリカにとっての利益であり、そのためには中国政府に香港に軍事介入させ、国際的非難と経済制裁を食らわせ、あわよくば一帯一路政策を失敗にまで追い込むことが「ベター」と考えるかもしれない。
それは日本政府にとっても同じであり、だからこそ香港の運動家を陰で支援しているわけだが、中国からすればそれこそが「外部勢力による干渉」「帝国主義の再来」となり、軍事介入を正当化させる根拠となる構図にある。

香港側の事情で言うと、運動家の中心メンバーがすでに亡命あるいは逮捕拘禁されている中で、運動の統制がとれなくなっているのが実情で、米英日などの支援もあって、ますます運動を先鋭化させてしまい、収拾がつかなくなっている。香港政府としても、誰と話せば収拾できるのか分からない状態が続いている。
事態が混沌を深める中で、収拾に向けた方策も展開も見通せず、事態は軍事介入に向けて凝集しつつある。香港市民も中国政府も望まないのに、米欧日政府が大喜びする展開である。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする