2019年08月30日

2019年夏の読書

『140字の戦争 SNSが戦場を変えた』 デイヴィッド パトリカラコス 早川書房(2019)
SNSによって変化した現代戦争の様相をジャーナリスティックに検証する一冊。SNSは「アラブの春」の原動力にもなったが、同時にイスラエルによるガザ侵攻に際しては、一人の少女が発したSNSが世界の反イスラエル感情を喚起し、軍事的にはイスラエルが圧勝するも、政治的には敗北とも言える状況に陥った。世界には、いわゆるフェイクニュースとともに、個人が発する「物語」(本書では「ナラティブ」)が蔓延、従来型の報道がフェイク扱いされ、何が真実で何がフェイクなのか容易には判別付かない時代になっている。政府もまた安直に事実を隠し、統計を改竄するだけにタチが悪い。本書はあくまでも欧米視点で描かれており、あくまでジャーナリズムの見解でしかないが、現象として何が起こっているのかを確認するには十分すぎる内容になっている。

『「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨』 大木毅 角川新書(2019)
今更解説する必要も無いと思うが、大木先生のロンメル本。既存のロンメル本は殆ど1980年代までの古い学説に則っており、最新の研究が全くと言って良いほど反映されていないという。その俗説を打破し、最新のロンメル像と評価に迫る。ロンメルは果たして名将だったのか、師団長としては最高でも軍司令官としてはどうだったか。ただの目立ちたがり屋だったのか。ヒトラー暗殺計画への関与はどうだったのか。非常に興味深い項目が並んでいる。新書であることが物足りないくらいだ。

『「帝国」ロシアの地政学』 小泉悠 東京堂出版(2019)
ロシア関係ではメディアに出ずっぱりの小泉先生の新著。日本人から見ると、非常に分かりにくいロシアの「ジャイアニスム(人のものは俺のもの、俺のものは俺のもの)」が、どのような論理と戦略に基づいているのか、歴史も踏まえて解説している。確かにロシア人は地政学好きで、地政学で説明すると何となく分かった気にはなってしまうのだが、本当にそれでいいのか?と思わなくも無い。一般書なので、著者の主観や感慨を交えながら書かれており、読みやすいは読みやすいが、研究者的には物足りないだろう。「地政学は胡散臭い」くらいの気持ちで読むとちょうど良いかも。

『新史料による日露戦争陸戦史 覆される通説』 長南政義 並木書房(2015)
2015年の刊行にもかかわらず、古書店で目が飛び出る値段が付いている名著。いかんせん700ページもあって、一回途中で止まってしまったので、改めて読破した。日露戦争の研究もだいたい1970年代までで止まってしまっている観があり、新しい資料やソ連崩壊後のロシア側資料も出ているにもかかわらず、書物には反映されていないところがある。そこで、最新の資料を駆使して日露戦争の陸戦に焦点を絞って再構築したのが本書だ。その緻密さは完璧とも言えるほどで、今後もこれほどの著作が出てくる目処は無いのではないかというくらいの完成度。従来のモヤモヤした日露戦争観がクリアにされ、大概のナゾが解決された。自分も買いそびれて図書館で借りたのだが、ゲーマー的には一家に一冊欲しいくらいだ。本を再読しながら書評も書きたかったのだが、時間が足りなかった。再版が望まれる。

『誰が一木支隊を全滅させたのか ガダルカナル戦と大本営の迷走』 関口高史 芙蓉書房出版(2018)
今でも定説となっている「わずかな兵力でも勝てると敵を侮り、敗れた後は軍旗を焼いて自決した」一木支隊長の行動と思考を、数少ない生存者、遺族、最新の資料から再構成して、俗説の打破を試みている。「米軍の情報はおおまかに伝えられていた」「交戦命令は出ておらず偵察だけの予定だった」「陸海の調整の都合で少ない兵力を二分して投入」「目標地点から35km離れて上陸」「情報漏洩により待ち伏せ」というのが大まかな流れになる。戦場の描写に稚拙なところは見受けられるものの、全体としては「まぁそうだったんだろうな」「上層部のいつもの無責任ぶりと責任のなすりつけあい」という感慨。なかなか読んでいてしんどい一冊だった。

『二・二六帝都兵乱』 藤井非三四 草思社文庫(2016)
軍事視点に絞って書かれた二・二六事件。当時の陸軍の組織、人事、部隊配置、国家戦略などに焦点を当てて、何故クーデターの発生を許し、どのような影響を与えたのかを再検証している。クーデター側の兵力は8個中隊編成計1360名、小銃1044丁、軽機43丁、重機25丁で弾薬は9万発を動員したにもかかわらず、用意した糧食は一食分だけと、どこまで「本気」だったのか。鎮圧部隊は戦車22両を持ち出し、東京湾に長門を配して主砲を準備していたが、これもどこまで本気だったのか。満州事変と第一師団の満州移駐問題との関係。国民兵制・徴兵制とクーデターの問題。陸軍内部の対立と人事抗争、鎮圧の過程と事後処理の不透明さ。結局のところ、日華事変=日中戦争の勃発で吹っ飛んでしまうが、問題を転化しただけで、最終的には軍の滅亡に突き進んでいくところとなった。著者の主張に全て同意できるわけではないが、非常に納得度の高い一冊になっている。
posted by ケン at 12:00| Comment(6) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする