2019年10月31日

買収大臣が辞任

【香典で状況一変「法的に厳しい」 政権もかばいきれず】
 今月上旬に選挙区内で寄付行為を行ったとする「買収疑惑」が週刊誌報道で浮上して以来、野党から追及を受けてきた菅原一秀経済産業相が辞任に追い込まれた。
 政権は、当初報じられた菅原氏が選挙区の有権者らにカニやメロンなどを贈ったとする疑惑には、「だいぶ古い話だ」(政府高官)として問題視しない姿勢だった。菅原氏本人が「(贈った記憶は)私の認識ではない」と国会で答弁していたことに加え、贈答品を贈った時期が2006〜07年で、すでに公訴時効を迎えていたからだ。
 しかし23日になって、週刊文春がウェブサイトで、今月17日に菅原氏の秘書が地元有権者の通夜で香典2万円を渡したとする記事を流すと、状況は一変した。自民党内からも「法的に厳しい」(党関係者)として進退論が浮上。政権としてもかばいきれないという判断に傾いた。
 菅原氏は初入閣後、経産相として関西電力の役員らによる金品授受問題の対応を指揮。関電に対し、「極めて言語道断でゆゆしき事態」と語気を強め、厳正に対処する構えを見せていた。
 菅原氏は菅義偉官房長官と近いことでも知られ、菅氏を支持する自民党無派閥議員が立ち上げた「令和の会」のまとめ役を務めている。菅原氏の入閣をめぐっては、菅氏が「ちゃんと仕事をした人を評価して下さい」と安倍首相に推した経緯があった。辞任を受け、菅氏への批判が自民党内からもあがっている。
(10月25日、朝日新聞)

自分の秘書に上納金を要求する一方、有権者に対する買収を繰り返していたとみられる大臣が辞任した。
記事では、「贈答品を贈った時期が2006〜07年」となっているが、これは判明した分のみであり、証拠等がすでに廃棄されている可能性は十二分にある。
この辺も実態を解明し、「(贈った記憶は)私の認識ではない」との答弁に対して虚偽答弁であったことを突きつける必要がある。これを放置すれば、あらゆる犯罪行為が「秘書が勝手にやったこと」として言い逃れることが可能になってしまうからだ。これは言うなれば、「関東軍の暴走については、(暴走の認識がなかった)参謀総長の責任ではない」という話と同じだ。

10年以上の議員秘書歴を有するケン先生の経験では、確かに秘書が独自の判断で何かを行うことはあるものの、少なくとも金がかかわってくる話は、議員の許可無しで行うことはまず無い。これもよほど「大物」の議員になれば違ってきそうだが、それは田中角栄や小沢一郎級の話であって、99%の議員は除外される。
つまり、議員の決済無しで有権者に大量の贈答品を贈ることはあり得ない。
私の周囲でもカニやメロンはなくても、カレンダーやタオルなどを送っていたケースが確認される。

特に菅原氏の場合、判明しているのは2006〜07年となっているが、これは自民党と旧民主党の勢いが拮抗しつつあった時期で、2007年の参院選で衆参逆転が起こったことからもわかるだろう。つまり、自民党が劣勢に陥りつつあった時期に、買収に血道を上げ、当選を繰り返していたことになる。買収の効果は、今となっては確認しようも無いが、少なくともその認識は必要だろう。

こうした買収行為が時効になってしまい、そのまま大臣にまで就ける仕組みには大いに疑問がある。
結果的には、有権者を買収して大臣になったものが、関西電力の収賄問題の指揮をとる一方、野党では関電労組の出身議員が経産委員会の理事になっているのだから、取り締まる方もチェックする方も「同じ穴の狢」となってしまっているのだ。
実態としては、戦前の軍部大臣現役武官制と同様、もはや国家の公平な運営や不正チェックなどできなくなっていることの証左とみるべきだろう。

そして、明らかに公選法違反の買収行為が摘発されるのか、政権党には適用されないのか、最後まで見届ける必要がある。
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2019年10月30日

恩赦のあり方を考える

【恩赦55万人、政令公布 罰金刑対象、資格制限解く】
 政府は22日、天皇陛下の「即位礼正殿の儀」に合わせ、政令恩赦「復権令」を公布、即日施行した。刑事事件で罰金刑となり、2016年10月21日までに納付を済ませた人が対象となる。約55万人に上ると見込まれ、自動的に制限されていた資格が回復する。政令恩赦から漏れた人に対し、個々の事情を審査する特別基準恩赦も実施。政令恩赦とは異なり、基本的に自分で出願しないと審査対象とはならない。国の慶弔に合わせた恩赦は1993年の天皇陛下と皇后さまのご結婚以来、26年ぶり。22日午前、復権令と特別基準恩赦を掲載した官報を発行した。
(10月22日、共同通信)

新帝即位に伴い55万人が名誉回復。
これによって安倍、自民党政権はますます盤石に・・・・・・なるかどうか。
このご時世に恩赦=名誉回復とは、やはり日本は権威主義国家の部類に入れるべきなのだろう。

そもそも恩赦制度は、司法制度や警察権が制度的に確立しておらず、権力者が恣意的に運用してきた人治国家あるいは封建国家時代のものだった。
先の支配者による統治が苛烈を極め、人心が疲弊している時に、世代交代を示すと同時に法の解釈・運用変化を表明するために使われたものと見るべきだ。
現代のように法律が安定的に運用されている時代に、妄りに恩赦を利用するのは、権力者の権威を誇示するためのものになってしまうだろう。

現代における運用例を考えた場合、まず挙げるべきは、第二次世界大戦後の日本における政治犯などの釈放である。これは、治安維持法や軍機保護法などを廃止するためには、議会での審議を経る必要があり、時間がかかるため、緊急解決としてまず恩赦をもって当該犯を釈放する必要があった。これは正しい運用方法と考えて良いだろう。
また日本に限らず諸外国でも見られるケースだが、「刀狩り=武装解除」に際して、自ら武器を持って所轄に出頭した場合、銃刀法違反などに問わないという恩赦の適用方法もある。これも正しい運用方法だろう。

日本の直近では、昭和帝の崩御や平成帝の即位などに際して恩赦が行われたが、昭和帝の時は何と1017万人が恩赦の対象となっており、平成帝の時は250万人が対象となった。数だけ見れば、規模の違いはあれど、スターリン死去に伴う名誉回復の観がある。それに比べれば、今回の対象は非常に少なく、時代への配慮が見られなくも無い。

とはいえ、イギリスでは恩赦が行われなくなって久しく、フランスでも2007年のサルコジ大統領以降は一律の恩赦は行われていない。特にフランスの場合、君主権の代用として存在していた大統領の恩赦権を制限し、一律・大量の恩赦はできないよう、法改正がなされた。

今回の恩赦でも、「新帝即位を理由に、轢き逃げ犯や性犯罪者を復権するのか」などの批判が上がっており、それは全く妥当な意見だと、ケン先生も考える。
とはいえ、恩赦は君主大権の一つであり、現行制度では内閣に実施権があるものの、権威主義国である以上、その大権を手放すことは、少なくとも自民党は無いであろう。
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2019年10月29日

CMJ F-16 ファイティング・ファルコン

空戦ゲームを作りたいというXさんの研究に付き合う。

まず日本製の太平洋戦区の空戦同人ゲームをプレイ。
カードとチットで行動をプロットして、判定はダイスを用いる形式だが、なかなか同高度にならず、そもそも射撃できないし、旋回するためにダイスで判定するのだが、失敗すると旋回できず、そのまま真っ直ぐ飛んで行ってしまって、マップ外に出て撃墜扱いとなってしまうなど、「これは一体何をシミュレートしているのきゃ?!」という感じだったが、Xさんはお気に入りな模様。人の感覚とはわからないものである。

私的には気を取り直して、「こっちもやってみよう」と「F-16 ファイティング・ファルコン 」を提案。
私も初めてだが、ルールは超簡単なので、その場で読んでプレイ。
初心者シナリオは、ベトナム戦争期のもので、米軍のF-4などと北ベトナム軍のMig-19が戦うわけだが、脱出シナリオなので、一方が指定のマップから盤外に脱出できるかどうかを争う。
こちらはさすがに旧式ながら空対空ミサイルがあるので、かなりマシだが、それでも射撃位置に付けるのは容易ではなく、互いに数回ずつしか射撃チャンスが得られず、2回プレイして、2回とも脱出して終了。

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私はもともと空戦ゲームの経験が非常に少なく、どうにも感覚がつかめなかったわけだが、相手も同様だった模様。
ゲームとしては、非常にシンプルなルールながら、納得度も高く、良くできていると思うのだが、自分が慣れていないこともあって、今ひとつ面白さがわからない。

最近はシミュレーター系のゲームが非常によくできているので、二次元のマップを使って、駒を動かす必要性は失われてしまっているような気もする。シミュレーションゲームの場合、人と対戦するのが醍醐味であるわけだが、この辺の超戦術級空戦あるいは海戦ゲームは、存在意義が問われているような気がする。
もっとも、空戦と言っても作戦級のバトルオブブリテンとか、戦略爆撃のシミュレーションは話が違うと思うが、いずれにしても、技術進化と時代変化でゲームの意味も変わってくるということだろう。
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2019年10月28日

学校部活は体罰の温床

【サッカー部監督が部員暴行 「精神鍛える」、鹿児島】
 鹿児島県出水市の私立出水中央高サッカー部の監督を務める男性教員(42)が、練習中に男子部員に暴行を加えていたことが10日、同校への取材で分かった。教員は別の男子部員への体罰でも注意を受けており、聞き取りに「暴力はいけないと思っていたが、精神的な部分を鍛える必要があった。指導の後は見違えるように動きが良くなった」と話したという。
 学校によると、8日の練習中、教員が部員を蹴ったり顔を平手打ちしたりする様子が映った約10秒の動画が、会員制交流サイト(SNS)に公開された。この部員にけがはなく、その後も登校している。
(10月10日、共同通信)

一向になくなる気配のない体罰。統計上は減少しているようだが、そもそも子どもの数が減っているのだから、どう考えるべきか。

基本的な考え方として、学校における部活動は体罰を誘発しやすい環境にあることは踏まえておきたい。
まず、学校部活では、監督やコーチを教員が兼ねるケースが多く、「教員と生徒」という絶対的な上下関係が、人間関係を拘束し、暴力を誘発しやすい環境を作っている。日本の教員は内申書を書く立場にあり、生徒の将来に対して大きな影響力を有しており、生徒としては教員に反発するリスクが非常に大きい。逆に教員としては、強い権限を有しているが故に、暴力をもって生徒を服従させようとする欲望に駆られがちになる。

もう一つは、学校という閉鎖空間に問題がある。外部のスポーツクラブであれば、気に入らなければ容易に退会できるが、学校部活は退部しても学校と密接な関係がある以上、退部には大きなリスクがかかるところとなる。
学校の教室において、陰湿なイジメがなくならないのは、閉鎖的な空間に長時間生徒を拘束することで、大きなストレスが生じると同時に、同調圧力も強くなることが大きい。
イジメと同様、部活動でも退部しようと考えただけで、「何お前だけ逃げようとしているんだ!」と暴力が加えられる恐れが強いのだ。

以上、二点だけでも学校部活は全面廃止するか、大幅に縮小、学校単位の全国大会も廃止した方が良い。
学校部活は根源的に暴力を内在しているからだ。
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2019年10月26日

「質問漏洩」事件に見る国会の諸課題

【内部通報者の特定を要求 質問通告流出で野党調査チーム】
 国民民主党の森裕子参院議員の質問通告が外部に流出したとして、同党や立憲民主党が設けた調査チームは18日の会合で、旧民主党政権で官房副長官を務めた松井孝治氏がツイッターで公開した資料の画像に関し、省庁からの内部漏洩(ろうえい)の可能性が高いとみて、提供者のツイッターのアカウントを特定するよう内閣府に求めた。
 資料は各省庁担当者が閲覧できるシステムの画面を印刷したもので、15日の参院予算委員会で質問した議員ごとに、省庁が質問内容を把握した日時などが記されている。
 松井氏は「官僚の相当数が連休中に働いていることがうかがわれる。きちんと正規の情報を開示した方が健全だ」とのコメントとともに期間限定で公開、すでに削除されている。内閣府の聞き取り調査に対し、松井氏は「匿名アカウントから送られてきた」と説明したという。
 18日の調査チームの会合後、いずれも国民民主の森氏、原口一博国対委員長、奥野総一郎国対委員長代行が記者団の取材に応じた。森氏は「松井氏が(提供者の)アカウントをフォローしていないと情報交換できない。匿名アカウントだから知らないでは済まない」と語り、調査が必要だとの認識を強調した。
(10月18日、産経新聞より抜粋)

本件では、野党側は「質問権の侵害」と非難し、与党・政府側は森議員の「約束破りの直前通告」を非難するという形に終始、話し合いは平行線を辿っている模様。
しかし、そもそも議論の前提条件に違和感を覚える。

まず質問内容は機密情報なのか、という問題がある。
質問通告をして数日後、あるいは翌日には質問内容が明らかにされる上、細かい内容は言わず、項目だけ伝える場合もあるのに、それほど機密性が高いものなのか、あるいは機密が漏れると質問に支障が出るようなものなのか、大いに疑問がある。野党議員は「質問妨害の恐れがある」と言うが、それは妨害行為を行うものの問題であって、質問内容が明らかにされることと直接関係は無いはずだ。
実際、自治体議会では下手すると一か月前に質問通告を行い、事前にネットで質問内容が公開されているケースもある。
議会の役割は、行政権が適切に行使され、立法府で制定された法律が適切に運用されているかチェックすることにあり、質問自体は最大限オープンにすべきものだ。
逆に議員側が質問内容の秘匿性を強調する場合、その意義はどこにあるのか聞きたいくらいだ。

もう一つは、事前通告制度である。これは法律や議会規則ではなく、議院運営委員会で与野党が合意した慣例に過ぎず、あくまでも指針でしかない。つまり、義務ではない。
ケン先生が秘書をやっていた時は、「前々日の午前中」までに通告するという「ルール」を可能な限り守ってきたが、これは政権党についた場合、野党側にルールを守らせる根拠としたかったからだ。また、官僚側との信頼関係の構築という側面もあった。
これに対し、森議員や同様の手法をとる議員たちは、慣例を無視し、前日の夜などに通告、前日夜に官僚を呼び出してギリギリ問い詰めるといったことを平気でやっている。これは悪質な盤外戦術で、敢えて政府側に酷い答弁をさせて、炎上させる狙いがあるわけだが、その結果、官僚側も敵対心をむき出しにしてくることになり、キャット・ファイトのようなものになってしまう。
私の「政治亡命」がごく穏便な形になっているのは、つまらない敵対を避けてきたためと言える。
私のよく知る議員なども「昨日は(夜の)12時まで(官僚と)質問の調整をして、終電で帰った」などと誇らしげに話しているが、官僚は省庁に戻って答弁を最終的に確定しなければならないのである。某電力会社で国会担当をしていた友人などは、終電に乗って帰る途中で呼び戻されたり、夜中の2時、3時に省庁から問い合わせの電話を受けたりしていて、端から見ていて尋常な勤務環境にはなかった。皇太子妃は外務省キャリアの出身だが、やはり国会会期中は夜が明けてから帰宅して10時には出勤するというのが「当たり前」だったという。こうした結果、残業時間が150時間とか200時間を超えるケースが続出、過労死基準の3倍が「普通」になってしまっている。
「中央官庁における女性幹部登用を阻害するもの」

そして、最後に国会の議会運営そのものの問題がある。
私が10年以上議員秘書を務めている経験を顧みても、3日以上前に質問が決まっているというのは非常にレアなケースで、2日前に決まっていれば御の字で、前日というケースもままあった。審議する法案は決まっているので、先に質問を用意しておけば良いだろうという意見はよく聞かれるが、多忙な業務の中で「行われるかどうか分からない」質問内容を事前に吟味する余裕は無いのが実情だ。せいぜいのところ資料収集だけしておいて、事前に資料に目を通しておければマシという感じだろう。実際のところ、2日前に質問が決まって、それから内容を精査するのだから、なかなか詰めた質問ができない。結果として、法案を作成した官僚自身や議会調査局が質問案の作成を代行するといったことが横行している。
逆に政府側からすると、答弁作成時間が少ないため、「通り一遍」の答弁を大臣が「読み上げる」(読み上げ行為自体は規則で禁止されているが)という形式主義に陥っている面もある。

これを回避するためには、会期制を撤廃して通年国会とするか、自治体議会のようにギチギチの日程を組むか、原理的には二つの選択肢しか無いのだが、どちらも与党側に有利に働くため、時の野党が必ず反対する構造になっている。議会運営のことであるため、与党が過半数で強行するわけにも行かず、国会改革は全く進んでいない。
デモクラシーと議会政治の原理に照らし合わせるならば、会期制を撤廃して法案審議に十分な時間を割いて議論を深めるのが妥当だろう。だが、この場合、現状では内閣提出法案が次々と俎上に上り、野党の反対にかかわらず「粛々と」可決されてゆくだけになってしまう。野党側の対案ないしは修正案が同時並行で審議されるように議会規約を改正する必要がある。また、野党案は放置されたまま廃案になるか、与党案の採決時に無審議で採決されるかだけになっており、野党はただ政府案の審議を引き延ばして採決時に反対するに止まっている。
これを改善するためには、内閣提出法案の修正を柔軟にできるようにし、野党案とすり合わせ、二者択一ではなく、可能な限り両者が歩み寄って妥協できる仕組みをつくるべきだ。ただ、現状では政府は法案修正に参加できないため、「立法権への介入」にならない程度に修正協議に参加できるように配慮する必要がある。同時にこの方式を採用する場合は、現行の議員立法のハードル(衆院の場合20人、予算の伴う法案は50人)を下げる必要があろう。
ところが、法案修正の柔軟化については、霞ヶ関が強い拒否反応を示している。これは「官僚無謬論」の悪しき表れであり、行政が圧倒的に強い権威を持つ日本の統治システムを象徴するものであるだけに、三権分立の原理に従って議会として一致して対応しなければならない。
さらに言えば、国会審議による法案修正が前提となるため政権党における閣法の事前審査は自粛されなければならないし、国対での取引のような審議外での法案協議は最小限に止められなければならない。例えば、「ダウンロード違法化」法の審議においては、与野党間の内部協議で事前に調整された法案が用意され、無審議で即採決されたため、国会の議事録に一行も審議が残らない結果となっている。このことが国民の議会に対する強い不信を生んでいることに、国会議員や政党はあまりにも鈍感ではなかろうか。

要は議会制度もリベラリズムも理解していない連中が、政治を担っていることこそ問題なのだ。
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2019年10月25日

日本人のアイデンティティとは?

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いかにも現代日本を象徴する報道。
どこぞの報道機関幹部が「身内向けの連絡みたいなもの」などと擁護していたが、その擁護自体が連中のゆがんだ人権感覚とナショナリズムを象徴している。どこまでも腐った連中である。

連中は2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村氏のことをどう報じたか。まず「日本人」と報道して、アメリカの市民権を取得し、日本国籍が剥奪されていることを知るやいなや、「米市民権保持者」なる称号に切り替えている。
2017年のノーベル文学賞受賞者であるカズオ・イシグロ氏の場合は、最初から英国籍であることがわかっていたものの、過剰に「日本生まれ」「元日本人」が強調された。
テニス選手の大坂氏の件でも同じような問題が見られる。

日本は人種差別撤廃条約に発効から25年以上経て、ようやく渋々加盟したわけだが、その実行については全く関心が無いように見られる。同条約の第一条には、
『人種差別』とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう

との規定があり、これを厳格に解釈していれば、今日のヘイト・デモやヘイト・スピーチが横行するような事態は避けられたはずだった。
同時に、同規定が市民に理解され、徹底されていれば、「ノーベル賞受賞者は外国人」のような「区別」を煽り立てる報道が「表現・報道の自由」として認められる余地はなかったはずだ。

差別禁止が表現の自由に優先すると考えられるのは、ナチスドイツや大日本帝国における優生思想を抑止するためだったわけだが、日本ではそうした二次大戦の反省としてはめられたはずのタガが完全に外れてしまっている。
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2019年10月24日

誰も秘書給与問題を言わないワケ

【菅原経産相指示「この人はカニ、この人はイクラね」 立憲が元秘書の音声データ公開】
 立憲民主党の杉尾秀哉参院議員は17日、菅原一秀経済産業相(衆院東京9区)が地元の有権者にメロンやカニなどを贈った疑惑を巡り、「贈答品リスト」を作成したとする元秘書に聞き取り調査した際の音声データを公表した。元秘書は贈答品の選定や配布先は「全部、菅原氏の指示だった」と証言した。
 音声データは、杉尾氏が10月中旬に元秘書とされる女性に約2時間面会した際のやり取りを録音したもの。2006年ごろに約2年間、国会事務所で私設秘書を務めたという。
 元秘書は、菅原氏が贈答品の選定にあたり、国会事務所のソファに座って「この人はカニ、この人はイクラね」などと指示したと証言。元秘書はその際、メモをとったが「手書きで読みにくかったので、事務所のパソコンでリストを作成した」と明かした。
 公職選挙法では、候補者らが選挙区内の有権者に金銭や物品を寄付することを禁じている。杉尾氏は贈答について「事実であれば公選法違反だ」と指摘している。
 立憲の本多平直氏は11日の衆院予算委員会で、このリストを基に菅原氏を追及。杉尾氏は15日の参院予算委員会で「リストを作成した元秘書に会った。(その時の)テープを委員会に提出してもいい」と迫っていた。
(10月18日、毎日新聞)

菅原経産相の不正問題で野党は追及を強めているが、贈答品のことは話題にしても、週刊誌で報じられている秘書給与のピンハネ問題については、殆ど指摘していない。
それは、程度の差はあれど、国会議員の大半が同様のことをやっているからだ。比較的やっていないのは、あまり選挙と関係ない参議院の比例選出者くらいなものだろう。
この問題は現立民のT元議員が「ワークシェアリング」と称して話題になったことが端に発している。当時は企業や労組などから献金を受けない「市民派」議員が資金を自己調達するために、秘書からの上納金に頼ったためだったが、昨今では自民党ですら資金調達に困難が生じており、秘書に上納金を要求するケースが増えていると聞く。

では、昔はどうなっていたのか。
中選挙区時代、秘書の主な役割は「政治資金の調達」で、方法はいくつかあるが、第1は「政治資金用のパーティー券を売る」だった。これは企業を回ってパーティー券を売るというものだが、たくさん売る秘書は一部をピンハネして自分の懐に入れていた。第2は「陳情処理による献金」で、有権者の各種陳情を処理し、その「御礼」として献金を受けるもので、これまた秘書は「秘書への謝礼」を別に受け取っていた。自民党の場合、下手すると、秘書の本体給与はゼロに近く、「給料は自分で稼げ」と言われることもザラだったという。

だが、小選挙区制導入に伴い、政治資金規正が強化され、政治献金に規制がかかると同時に長期不況と公共事業減で企業献金は大いに減少した。確かに、これが小選挙区制導入の狙いの一つではあったのだが、今度は政治資金パーティーへの依存度が高まり、秘書の仕事はひたすらパー券を売るというものになった。
だが、企業全体の体力は落ちる一方、都市部ではインフラが整備されて「公共事業誘致による御礼」は受けられなくなり、地方では経済力そのものが低下、自民党議員も十分な秘書が確保できず、秘書減少でますますパー券が売れなくなるという悪循環に陥っている。
そうなると、「市民派」だけでなく、自民党でも考えることは同じで、秘書に上納金を要求するようになった。

この辺は本当にヤクザの世界と似ていて、ヤクザも事務所の給与など無いか無きに等しく、組員は資金を自己調達し、上納金を出す仕組みで成り立っている。上納金を出せないものは、自腹を切ることになるわけで、仕方なく薬物など「利益の高い」商品に手を出すことになる。
もっとも、こうした構造は日本郵政や佐川急便などでも見られ、日本全体を覆っているとも言える。

政治家の場合、秘書にパー券を売らせ、ノルマが達成できなかったものは自腹を切ることが求められる。つまり、秘書から直接給与を巻き上げなくとも、自分の事務所のパー券を買わせるのだから、結局は同じことなのだ。菅原氏の場合は、カネ以外の問題も酷かったために告発されたのだろうが、永田町そのものの闇のごく一部に過ぎない。

では、秘書給与ピンハネを「ワークシェアリング」と称したT元氏の場合、今はどうしているのかというと、聞くところでは、選挙支援や地元出張などの滞在費や旅費は全て秘書の自腹で、選挙時の活動費も全て秘書の自腹を切らせて、一切の経費を認めないということでやっているらしい。

「個人の名前を書かせる選挙」というのは、どこまでも個人の力量が問われてしまうため、どうしても資金調達も個人レベルで行うところとなり、秘書=弱い者への負担が大きくなる。
議会で偉そうなことを言っていても、人間としては最低な連中が多いのが国政=議会制民主主義?の実態なのである。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする