2019年10月05日

世界大会に出場すれば教員免許免除??

【教員養成、見直し意欲=「1年目から教壇」に疑問−萩生田文科相】
萩生田光一文部科学相は25日、時事通信などのインタビューで、教員養成の在り方について「教職課程を取って、社会に出て1年目に教壇に立つのが本当にいいのか」などと述べ、見直しに意欲を示した。
 主なやりとりは次の通り。
 −学校のあるべき姿について見解を。
 就任早々だから大きな制度改革まで言うつもりはないが、教職員は人づくりに携わる大切な仕事。普通の大学と同じように、4年間の教職課程を取って、社会に出て1年目から教壇に立つことが、子どもたちにとっても、教師を目指す人にとっても本当にいいのかと、やや疑問に思ってきた。
 教員が壁に当たったら、それで辞めてしまうのではなく、しっかりと力をつけ直し、教育現場に戻れるような制度をつくっていきたい。
 −アスリートを教員として受け入れるため、文科省として何か検討する考えか。
 2020年東京五輪・パラリンピックのレガシー(遺産)として、例えば国際大会でのスポーツ経験があるような人たちが、大学の教職課程を経ていないとしても、一定の研修をもって、小中学校、高校などで教員として「セカンドキャリア」を目指してもらう仕組みを考えてみたい。
 −臨時国会への対応は。学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題が審議に影響するとの懸念もあるが。
 公立学校教員の勤務時間のガイドラインを法的根拠のある指針とすることや、夏休みなど休日のまとめ取りを促進するための制度改正について、具体的な内容や法案提出時期を現在、検討している。すでに教員の志願者が減っている実態がある。働き方改革には力を入れていく。
 加計学園については、安倍晋三首相から指示を受けたことは全くないし、文科省に働き掛けをしたこともない。再びただされれば、私が分かる範囲のことはきちんと説明したい。
 −大学入学共通テストで導入される英語の民間資格・検定試験の準備状況への評価は。
 今、これだけ不安があり、制度の説明がうまくできていないところはあると思う。混乱を最小限にできるよう、限られた時間で努力して、基本的には実施を前提に準備をしていきたい。 
(9月26日、時事通信)

「教員一年目は教壇に立たせない」とか「世界大会に出場したスポーツ選手は教員免許取得不要」とか「大学受験英語の民間委託は説明不足なだけ」とか、どれも妄言の類いばかり。一々論評する気にもならないが。。。

教員に限らず、どんな仕事も同じだが、現場に立たないことには何をやっても「畳の上の水練」になってしまう面がある。どのような教員であれ、教壇に立って教えることが仕事の中心であり、それ以外はむしろ本業外と言える。
言うなれば、入営一年目の新兵は戦場に出なくてよろしい、というのと同じで、まるで役に立たない話だ。
確かに、一年目の新人が教室担任を持つというのはかなり負担が大きく、これは徐々に慣れていくシステムが欲しいところだが、近年ではその余裕も失われていると聞く。
そして、教員の部活動や学校行事、あるいは事務の負担を減らすことから始めるべきだ。

スポーツ選手の教員試験免除など、全く意味不明で、それでは体育大学の存在意義が失われてしまう。
俗にも「名選手、名監督たり得ず」と言われるくらい、選手としてのパフォーマンスの高さとコーチや監督としての技術は別物であり、そこを混同するなど、ド素人の考え方というか、酒屋でクダを巻く老人レベルの話だ。

英語試験の民間委託など、現地で実情を調べれば、すぐに全く現実的で無いことがすぐにわかるはずだ。

日本の政治家、特に国務大臣は基本的に素人が担うため、およそ専門性に欠けることが多い。
例えば、歴代外務大臣に外交官や外交畑出身の者は殆どいないし、文科大臣にしても近年では小泉内閣の遠山敦子くらいなものだろう。文科族と言われる下山博文は徹底的な利権屋だ。
これは良くも悪くも、アマチュア政治家がプロ官僚を統制するという手法なのだが、現実には平均で1年おきに大臣が交代するため、大臣の質など問われないところとなっている。
官僚のクオリティが高く、経済成長期にはあまり弊害は見られなかったが、ここに来て弊害ばかり露出するようになっている。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする