2019年10月14日

日本国籍求め台湾人が国を提訴へ

【日本国籍確認求め台湾人3人が国を提訴へ、大阪地裁】
 日本統治下の台湾で生まれ育ちながら、戦後に日本国籍を喪失したとされるのは不当として、台湾人の男性3人が近く、日本政府に日本国籍を有していることの確認を求める訴訟を大阪地裁に起こすことが3日、関係者への取材で分かった。代理人弁護士によると、日本統治時代の台湾にルーツを持つ人が、現在も日本国籍を持つことの確認を求める訴訟提起は初めてという。
 訴状や関係者などによると、原告は楊馥成(ようふくせい)さん(97)、許華杞(きょかき)さん(85)、林余立(りんよりつ)さん(92)の3人。いずれも日本の領土だった台湾で生まれ、戦中も台湾出身の日本人として過ごした。
 日本政府は、昭和27年4月のサンフランシスコ平和条約発効をもって台湾などの領土権を放棄。また37年12月の最高裁判例は、27年8月の日本と中華民国(台湾)との間の日華平和条約発効により、台湾系日本人は日本籍を喪失した、としている。
 原告側は「何人もほしいままに国籍を奪われない」とした国連の世界人権宣言などに照らし、「本人の同意なしに国籍を剥奪されることはない」と主張。「今も生まれたときと変わらない日本人であり、日本国籍を持ち続けているといわざるを得ない」と訴えている。
 原告側代理人の徳永信一弁護士(大阪弁護士会)は「これまで国は戦後、中国との関係に遠慮して台湾の現実に目をそむけ続けてきた。今回の訴訟は切実な人権問題。日本人のアイデンティティーを持つ人の声に真摯(しんし)に耳を傾けるべきだ」と話している。
(10月3日、産経新聞)

今まで訴訟がなかったこと自体、不思議な案件。
詳細は「蓮舫氏国籍問題の諸相・補」を参照されたい。

1952年に日華平和条約が発効すると、発効時点で日本国台湾戸籍に入っていたものは自動的に台湾人として扱われ、日本国籍を喪失、内地戸籍にあったものは引き続き「日本人」となされた。この際、現住所や生活基盤の場所などについては、一切の考慮がなされることなく、ただ機械的に本籍地で振り分けがなされた上、台湾人には日本国籍を留保する権利すら与えられなかった。これは、当事者の合意無くして国籍の変更を強要したことを意味し、近代国家の国際慣行(国籍選択権の担保)に反するものだった。

日本国籍を失った台湾人が、日本国籍を取得するためには、他の外国人と同様、帰化申請を行う必要があった。1950年5月に施行された新国籍法は、「日本国籍を失った者」に対して3年以上の居住によって帰化を認めるという要件緩和条項が設けられたものの、旧植民地人はこれに該当しない、というのが政府・法務省の見解だった。

当時、少なくない数の反国民党(反重慶政府)系の台湾人が、「国民党政府に引き渡されるとなると、我々の生命の保証はないから、何とか日本国籍にしてくれ」と日本政府に泣きついたものの、極めて冷淡に拒否されたという。

この問題は根が深く、中国や満州で生まれた者(特に父が非日本人で母が日本人の場合)、樺太や千島のアイヌや朝鮮人など、南洋諸島で生まれたもの、あるいは沖縄人など、非常に多くのケースで問題が発生し、殆どは「お前はもう日本人じゃねぇ」と切り捨てたことに端を発している。

帝国というのは、本質的には多民族を支配・統治するための国家体制であり、原理的には一つの原理の下に多民族が同等の権利をもって参画できることになっている。実態としては、支配民族の優越性があるとしても、原理的には平等でなければ、多民族国家を統治するのは難しい。
大日本帝国の失敗の一つは、「帝国」を自称しながら、他民族に同化政策を強要しつつ、しかし民族間の平等は保障せずに、民族別の戸籍で管理支配しようとしたところにあった。
その結果、台湾では現地人を「日本人」として教育しながら、台湾戸籍をもって本土人と差別した上、敗戦によって台湾が帝国から離れると、一方的に「お前はもう日本人じゃないから」と切り捨てたのが、大日本帝国なる明治帝政だった。

もちろん明治帝政の後継である現政府が、台湾人たちの悲痛な訴えを聞く可能性はゼロに等しい。
しかし、連中が「日本生まれ」台湾人の日本国籍を否定すればするほど、明治帝政の欺瞞性が暴露されるところとなるのである。
どこまでも愚かな連中である。

【追記】
同様の問題として、香港人の国籍問題があり、それが現在の事態を招いている面もあって、そのうち記事にしたいと思っている。
posted by ケン at 12:00| Comment(5) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする