2019年12月31日

「永田町の数合わせにはくみしない」はウソだった?!

【野党合流「年内合意は困難」 国民・玉木氏、協議に時間】
 国民民主党の玉木雄一郎代表は22日、立憲民主党との合流協議に関し、年内の合意は困難との認識を示した。両党幹事長間の協議状況を踏まえ、27日の仕事納めまで平日が5日しかないとして「一定の時間はかかる。報告を受けている限り、とても5日間で全部まとまる感じではない」と明言した。長崎市内で記者団の質問に答えた。立民の枝野幸男代表は21日に「1、2週間で当面の結論は出ると思う」と述べた。玉木氏は「期限を区切らず丁寧な議論をする約束だった。皆が納得できる結論に至ることが大事なので、しっかりと議論を積み重ねてほしい」と強調した。
(12月22日、共同通信)

そもそも民主党が、わずか3年ちょっとで政権の座から滑り落ちたのは、公約破りの増税をなし、公約とは全く関係のないTPPを推進するなど、「言ってたこととやってることが全く違う」という印象を与えたことに起因している。

2017年の総選挙で立憲民主党が想定外の躍進を遂げ、「希望」に勝利したのは、「永田町の数合わせにはくみしない」という枝野氏の独自路線が一定の支持を集めたからだっただろう。この独自路線には、「改憲反対」「脱原発」「反TPP」「辺野古基地反対」などが含まれる。

その独自路線の対極にあったのが、現在の国民民主党の「改憲推進」「原発推進」「TPP推進」「辺野古基地推進」であり、だからこそ「数合わせにはくみしない」という枝野氏の言葉に、今や圧倒的少数派となったリベラル層の積極的な支持が集まったのではないか。
枝野氏あるいは立憲民主党はその「公約」を破ろうとしている。その理由は、

1.連合に言われたから
2.カネ(政党交付金)と組織(労組、自治体議員など)が欲しい
3.1年半以内にあるであろう総選挙に備える

である。
確かに現実政治では、それまでの主張を翻す必要が生じることもあるだろう。それ自体はさほど問題ではない。問題は、なぜ方針転換が必要なのかという説明がないことにある。
代議制民主主義において、政治家は国民から主権を委託される代わりに、あらゆる意志決定について説明を行う責任を負っている。同時に、国会から輩出される内閣は、行政府を統括する権限を付与される代わりに、国会に対して説明を行う責任を負う。どのような体制であれ、権限と責任は一体のものであるが、自由主義社会では、この責任が重要視される。

枝野氏は本音を隠したまま、「各党が勝手に解党して立憲に合流するという話だから、方針転換ではない」と言い張っているが、それでは誰も納得しないだろうし、合流を呼びかけている相手に失礼なばかりだ。
他人に対してばかり説明を求め、自分からは自分の都合を言い張るばかりでは、安倍内閣と同じである。
その誠意の無さ故に、支持率はますます下がるであろう。
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2019年12月30日

立民・枝野氏が出雲大社参拝へ

【立民・枝野氏が出雲大社参拝を検討 支持層反発懸念】
 立憲民主党の枝野幸男代表が年明けに伊勢神宮(三重県伊勢市)に加え、出雲大社(島根県出雲市)への参拝も検討していることが12日、分かった。党幹部が明らかにした。枝野氏は「保守本流」を自任しているが、安倍晋三首相に厳しく対峙(たいじ)する姿勢などから左派のイメージが強い。伊勢と出雲の双方を訪問することで、保守層の支持を広げる狙いがありそうだ。
 ただ、参拝に関しては党内や支持層から反発も予想される。今年1月も枝野氏は蓮舫副代表、福山哲郎幹事長らと伊勢神宮を訪れたが、社民党出身の阿部知子衆院議員が自身のツイッターに「枝野代表を始めとする執行部を先頭にした伊勢神宮参拝はとても残念です」と不満を書き込んだ。また、党には「支持層に背中を向ける行為です。(米軍普天間飛行場の移設先となる沖縄県名護市)辺野古に行くべきだ」など1千件以上の批判が寄せられた。立民幹部は「1年の平穏と安寧を祈念する参拝は保守政治家として自然なことだ」と話している。
(12月12日、産経新聞)

マジでどうでもいい話なのだが、これで保守票が得られると思っている立憲民主党幹部の頭が疑われる。
同時に「立憲民主党は保守政党である」とアピールしたい幹部の意思の現れでもある。

そもそも元日に行う「初詣」は明治期に成立した新伝統であり、本来は近所の氏神を詣でるのが筋だ。
このことは、つまり枝野氏もまた明治期に成立した国家神道を否定しない神秘主義者、明治帝政の信者であることを示している。
現代日本で俗に「保守」と呼ばれるものの殆どは、明治期に成立した新伝統を「伝統」と信じている連中であり、だからこそ社会の根幹を何一つ変革できず、明治帝政の悪弊もまた何ら改善されることなく、現代まで続いているのだ。

立民は自民党に対する野党として対案にはなり得ず、むしろ害悪である。
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2019年12月28日

拳銃で熊は倒せない・補

【県議「クマ襲撃前に発砲できなかったか」、県警部長「拳銃では倒せない」】
 6日の秋田県議会教育公安委員会で、11月に鹿角市十和田大湯で猟友会員と警察官の男性計3人がクマに襲われ重軽傷を負った人身被害発生当時の警察の対応を巡り、委員から疑問が投げかけられた。
 県警側は、警察官が所持する拳銃の威力は、クマに効かないとの認識を示した。
 鹿角市鹿角郡区選出の児玉政明委員(自民党)は、地元住民の不安を代弁し、「襲われる前に発砲できなかったのか」とただした。泉浩毅・県警生活安全部長は「人身被害の危険性があり、安全が確保できれば、警察官の命令で猟友会員が発砲できる」とし、「拳銃でクマは倒せないと認識している」と付け加えた。
(12月7日、読売新聞)

「拳銃で熊は倒せない」を読んだ読者が「そうなのか?」と疑問を呈しておられたので、改めて検討してみたい。

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S&M M37

日本の一般的な警察官が携行しているのは、スミス&ウェッソンM37の改良型、S&W M360 SAKURAだ。
実際に見てみると非常に小さく、「手のひらサイズ」とまではいかなくても、それに近いサイズで、見た目だけでも頼りない。
使用されているのは、9mmの38スペシャル弾で、これは有名な9mmパラベラム弾が開発される以前のリボルバー用弾丸である(1900年頃)。リボルバー用の弾丸はその後もあまり開発されることがなかったため、いまだに現役となっているが、その威力はパラベラム弾の5〜7割程度とされている。
要は、防弾ジャケットなどが存在しなかった時代、それどころか黒色火薬時代の産品なのだ。

実際の使用では、数メートルの至近距離から、薄手の服しか着ていない人間を狙った場合、腹部などを貫通する程度と考えて良い。ソ連軍の分厚い冬用コート(超重い)なんか着てたら、それだけでもうダメかもしれないレベルだ。
つまり、日本のような銃火器による市街戦を想定していない環境で、威嚇用としての機能は発揮するとしても、「戦闘」には耐えられないものと見て良い。もちろん、今までの日本ではそれで十分すぎる話なのだが。

では、対熊戦闘が発生した場合はどうであろうか。
熊に有効打を与えるためには、まず5メートル前後まで近づく必要があり、そこから熊の骨に当たらない部位で、かつ効果的なダメージを与える場所を狙う必要がある。
実際、ヒグマ猟に関する文献を読んでいる限り、「頭に当たった矢が弾かれた」「弾丸が骨で止まって、熊大暴れ」のような話が散見される。
熊猟に慣れていない人間が、数メートル以内に近づいて、冷静に銃を撃つことは、まず不可能であり、それは妄想の世界でしか無い。熊が気づいていないなら、一発は撃てるかもしれないが、気づかれて自分が狙われたら、もはや冷静ではいられないだろう。
それを現場の一警官に求めるのは、酷すぎる話だ。警官は熊猟師ではないのだから。

仮に9mmパラベラム弾を使用する自動拳銃(警察でも一部の特殊部隊などに配備)を持っていたとしても、今度は貫通力が高いため、熊に対しては「貫通するだけ」に終わってしまう恐れがある。この場合も、確実に「頭蓋骨に当たらない顔面」などを狙う必要があり、「運が良ければ」というレベルに変わりは無さそうだ。

現実に熊に有効打を与えるためには、恐らく45口径スーパーACP弾などを使う必要があり、SIG SAUER P220やH&K HK45を携行する必要がある。実際、自衛隊などではP220が使われているが、弾丸は9mmパラベラム弾である。
それでも、本気になった熊に対して、10メートル以上離れたところから命中させるのは容易ではなく、装備よりも熊と向き合った人間の士気と訓練度の方が重要な気がする。

99.999%以上の日本人は、熊と戦うことなど全く想定しないのだから。
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2019年12月27日

中国の大学は急速劣化中??

中国に来てまだ一年と一学期しか経っていないのだが、学生の質が急速に劣化している気がする。
去年の卒業生、今年の四年生と三年生を比べても、日本語の出来が年々悪くなっている。
試験は科目が変わらない限り、試験内容は前年に準拠して作られるため、難易度はほぼ変わらない。そのため、平均点の低下は、学生の出来が悪くなっていることを示している。もちろん、私の教え方がより下手になっている可能性もあるのだが、普通は一年目より二年目の方が向上しているはずだし、私自身もそう思っている。

先輩の先生によれば、実態はもっと深刻で、科目と教授内容は同じ場合でも、試験内容も年々簡単にせざるを得ない状況にあるという。これは中国においても、日本の大学と同じで、ほぼ落第者を出さないシステムになっているためだ。事実としては、合格するまで何度も試験することになるので、教員の方が面倒になり、追試を非常に簡単なものにするためだ。

同僚の先生に言わせると、「今年の四年生で一番良くできる学生の日本語レベルなら、数年前には一クラスに4、5人はいた」とのこと。仮にこの言葉をそのまま受け取らずとも、平均水準が低下していることは間違いない。
これだけなら、自分の大学の水準(偏差値)が低下して、学生の質が低下しただけとも考えられるが、他の大学の先生と話していても大なり小なり同様のことが起きているので、全国的な現象であると考えられる。

これにはいくつかの原因が考えられるが、最大の原因は1970年代の日本同様、「豊かになったから」なのだろう。景気こそ若干悪化傾向にあるとは言え、中国の就職状況は特に都市部では悪くなく、学生は「必死にがんばって競争に勝つ」必要は無い。そもそも日本企業への就職を望む学生が減っている上、さらには留学希望者も減っており、「こんなレベルで?」という学生が公費留学を決めている有様にある。

もう一つは、これも日本の1970〜80年代と同じで、「受験疲れ」に起因する大学の遊園地化にある。中国の場合、日本よりもはるかに受験熱が過熱しており、特に高校の三年間は寮に缶詰状態で勉強三昧させられるそうなので、大学に合格すると気が抜けて、何もしなくなってしまう者が続出するという。学生はほぼ全員「大学は楽園のようだ」と述べている。
つまり、あまりに勉強を強制されてきたため、自主的に勉強する習慣が無く、自発的に勉強あるいは学問する意欲に欠けている可能性がある。

三つ目は、語学の価値低下である。AIの普及などにより、言語教育の価値は低下の一途を辿っている。中国の場合、十年前であればN1(日本語能力試験1級)を持っていれば、「就職は引き手数多」だったというが、今では「数多あるスキルの一つ」になってしまっているという。これには、「中国人は試験と漢字に強いため、能力試験の合格率が高い」という要素もあるのだが、それを差し引いても、外国語能力の価値は低下傾向にあると言えるだろう。そのため、やる気のある学生はどうしても語学外のスキル(資格)獲得を優先させる傾向があり、能力の高い学生でも語学の優先度を下げる傾向が見られる。その結果、「そもそも日本あるいは日本語が好き」という学生以外は「試験に合格する程度で良い」という判断になっているようだ。

さらに中国の場合、入学試験の成績順で志望学科に「配属」されるため、外国語学部日本語科の場合、そもそも日本語科を志望しているのは2〜4割程度という有様で、「本当は語学なんてやりたくなかった」という学生が山ほどいる。そのため、どうしてもクラスの士気も低めになってしまうのだ。20年前なら、それでも皆真面目に勉強していたのだが、裕福に育った小皇帝たちは「じゃあ、もういいや」となってしまうようだ。

しかし、10年かけて質が低下していくならわかるが、目に見えて低下するというのは、どう考えるべきなのだろうか。これ以上レベルが下がると、ケン先生としても教えるのが苦痛になってくるかもしれないし、難しいところである。
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2019年12月26日

神戸市立小教諭いじめ「連帯責任」に見る日本の暗黒化

【神戸市立小教諭いじめ「連帯責任」 小中高校長ら320人ボーナス増額見送り】
 神戸市立東須磨小で男性教諭(25)が同僚教諭4人からいじめや暴行を受けていた問題で、市議会は4日、市立小中高の校長や市教委幹部ら約320人分の冬のボーナス(期末・勤勉手当)の増額を見送る条例改正案を賛成多数で可決した。
 ボーナスの増額が見送られるのは、市立学校の校長や事務長約250人と市教委事務局の課長級以上の職員約70人。総額で計約1000万円分になる。他の職員については、市人事委員会の勧告を受け、年間のボーナスを昨年比0・05カ月増の4・5カ月分にする。一部の議員から「対象者の範囲が広いのではないか」などの異論が出たが、市側は「市教委全体のガバナンスの欠如が問題の要因で、市民の理解が得られない」などと説明していた。
(12月4日、毎日新聞)

これ、真っ当な人から辞めていってしまうアカンやつや!
一番ダメな連帯責任論法。

「市教委全体のガバナンスの欠如が問題」なら教育委と当該学校幹部の管理責任を問えば良いだけの話。個別の責任の所在を明らかにして、責任の有無を追及する手間がめんどくさいだけだろう。
つまり、個別に処分する場合、処罰の対象を「どこからどこまで」にして、線引きをどうするか決める必要がある。
その過程では、一人ずつ調査し、相手にも弁護の機会を与えなければならず、相当に長い時間と大きな労力が必要となる。それだけに、「連帯責任」として全員を処罰してしまえば、その時間と労力を省略できるということだろう。
しかし、この場合、真の責任の所在は明らかにされず、「連帯責任」で「みんな悪かった」となるため、実際の責任者に対する追及はうやむやにされ、最終的には「誰も責任を取らない」のと同じこととなる。

これとよく似た構図は第二次世界大戦後の「一億総懺悔」にも見て取れる。あれも「国民全員の責任だ」とすることで、天皇、明治政府、軍部などに対する責任追及の矛先を変えられ、結果的には占領軍による軍事裁判によってただ処断されるのを待つのみとなった。その結果、右派から「占領軍によって勝手に一方的にやられた裁判」という指摘がなされている。

戦後日本の曖昧さと、それに起因する現代日本のデモクラシーとリベラリズムの脆弱性は、日本人が自ら侵略と戦争を反省して明治帝政を処断したのでは無く、占領軍によって命令・強要されて相当部分(全部とは言わない)が「仕方なく」体制転換させられたことに起因している。

要は、神戸市は全く問題の本質に向き合っていないし、そのつもりも無いということであろう。
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2019年12月25日

韓国で合計特殊出生率が1以下に

【韓国18年出生率、初めて1.0割れ 世界最低水準に 】
 韓国統計庁は27日、2018年に同国で生まれた子どもの数(出生数)は前年より3万人あまり少ない約32万7千人で、過去最少だったと発表した。一人の女性が生涯に産む子どもの数にあたる合計特殊出生率は0.98と、データがある1970年以来初めて1を割り込んだ。少子化が進む日本よりも急速に出生率が低下しており、世界でも最低水準となった。
 統計庁によると、18年の出生率は前年に比べ0.08下がった。平均出産年齢は32.8歳と、前年から0.2歳上がった。1980年に2.82だった韓国の出生率は、90年に1.57と日本と並ぶ水準に低下した。00年から15年の間は1.2前後だったが、17年に1.05に急減した。 背景には若者の経済不安がある。韓国では10年ごろから「恋愛、結婚、出産」をあきらめる「3放世代」という言葉が使われ始めた。財閥系の大企業と中小企業の待遇差や、不安定な労働市場に不安が広がったためだ。経済的事情から子供を持つことに慎重な家庭が多いとみられる。加えて、韓国統計庁の担当者は「未婚女性の増加」を理由に挙げる。30〜34歳の女性の未婚比率は、00年の10.7%から15年は37.5%に上昇した。優秀な成績で大企業に入社した女性の中に、結婚よりキャリアアップを優先する意識が強まった。産休をとると昇進が遅れる企業文化が背景にあるとの指摘もある。日本の17年の出生率は1.43。アジアでは台湾が10年に出生率が1を割ったことがあるが、子育て世代の支援を強化したことで現在はやや回復した。米国は17年に30年ぶりの水準に落ち込んだが、1.76にとどまる。
 韓国は予想より早く人口減少が始まる公算が大きい。統計庁は昨年、人口が減少に転じる時期を28年としたが、一部の韓国メディアは「24年ごろに早まる可能性がある」と指摘する。同庁は27日、人口減少時期について「データを精査して3月に説明する」とした。出生率低下が続けば社会保障や経済成長に悪影響を与える恐れがある。政府は過去10年で130兆ウォン(約13兆円)を投じて保育所の増設などの少子化対策を進めたが、目に見える効果はあがっていない。
(2019年2月27日、日本経済新聞)

一年前の報道だが、他人事ではない。
韓国は経済成長率も2%程度にまで落ち込んでおり、安全保障面でも米中の狭間にあって非常に不安定なままとなっており、国内では少子化に歯止めが止まらない状態となっている。

この点、日本は海を隔てている分、安全保障面では韓国ほど切羽詰まってはいないが、それだけに対米依存から抜け出せないという問題を抱えている。また韓国で少子化が日本よりも激しいのは、韓国の方が女性の高学歴化と社会進出が著しい割に、日本以上に男尊女卑思想が根強いためだと考えられる。また、人口の海外流出も日本より激しいことも影響していそうだ。
日本の合計特殊出生率は1.4程度で横ばいとなっているものの、改善される目途は立っておらず、現状の社会労働環境を考慮すれば、今後はさらに低下しそうだ。
韓国の問題は、必ずしも家族政策だけでは出生率が改善しないことを示唆しており、やはり労働環境や社会意識そのものを変えないと難しいことを示している。

これに対し、中国では合計特殊出生率が1.65程度を保っており、2000年代に1.5まで低下したところから、少しずつ改善している。中国は急速な高齢化で、社会保障制度の維持存続に難は生じるだろうが、韓国や日本ほど急速な人口減にはならず、この点でも一定の安定性を維持しそうだ。
中国の出生率については、数字の正確性を疑問視する声もあるが、少なくとも私の周囲には40代以上の単身者や、30代の子のいないカップルは殆どおらず、日本とは大きく異なる印象がある。
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2019年12月24日

中山陵を参拝

ようやく試験と最後の授業の準備が終わって余裕が出てきたので、十二月ながら週末南京に行ってきた。
上海から高速鉄道(高鉄)で100分という、東京と名古屋くらいの距離感だが、ケン先生的には、第二次上海事変から南京事件に至る進撃路であると思うと、色々感慨深いものがある。

南京は旧首都(明と国民政府)なだけに見るものも多く、二泊三日では限りがある。
今回は超有名どころに限った。
まずは、中山陵。孫文の墓である。
死の翌年から造成が始まり、完成まで三年かかっている。
孫文は「死んだからここに埋めて欲しい」と述べたことに端を発しているというが、明孝陵、つまり明の太祖朱元璋の墓の隣であり、自らをモンゴルを追い出した朱元璋になぞらえていたともとれる。
民主主義国の首長というより、皇帝の墓にしか見えず、やはり超大国の統治にあっては家父長的な要素が不可欠なのかと嘆息せざるを得ない。
なお、隣には三国志の呉の孫権の墓もある(こっちは行く時間が無かった)。

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国民政府を否定する共産党政権でも孫文は肯定しており、廟はよく整備され、観光地化している。
何でも予約しないと入れないらしく、予めネットで予約して行かねばならないわけだが、この辺、やはり中国は個人旅行が難しいと思わざるを得ない。幸い、自分は中国人の知人と一緒に行ったので、予約ですんなり入れたが、入口からはちょっとした登山モードだった。この日は、冬とは思えない暖かさで、汗をかくくらいだったが、やはり真冬は避けた方が良さそうだ。

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孫文は1915年から18年まで東京の原宿に住んでおり、その際、宋慶齢と結婚している。当時、陸軍にいた大伯父も原宿に住んでいた。祖母は孫文を見ていないが、伯父の妻から孫文が歩いているところを見た、という話を聞いている。孫文は宋慶齢と一緒に並んで歩いていたが、当時の日本には男性と女性が並んで歩く習慣はなく、非常に目立っていたらしい。革命家としては警戒心がなさ過ぎだった。

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中山陵から南京市の眺望

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日本軍の南京進攻に際しては、この中山陵でも戦闘が行われた。土台に見える弾痕はその際のものだという。

当時、袁世凱は孫文の首に懸賞金をかけつつ、日本政府に亡命を拒否して追放するよう圧力をかけていた。その要求を拒否して、孫文の身を守ったのは犬養毅たちだった。その犬養が統帥権干犯を盾に民政党内閣を批判、関東軍の暴走を認め、挙げ句の果てに515事件で軍人らに殺害されてしまうのは、歴史の皮肉としか言いようがない。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする