2019年12月26日

神戸市立小教諭いじめ「連帯責任」に見る日本の暗黒化

【神戸市立小教諭いじめ「連帯責任」 小中高校長ら320人ボーナス増額見送り】
 神戸市立東須磨小で男性教諭(25)が同僚教諭4人からいじめや暴行を受けていた問題で、市議会は4日、市立小中高の校長や市教委幹部ら約320人分の冬のボーナス(期末・勤勉手当)の増額を見送る条例改正案を賛成多数で可決した。
 ボーナスの増額が見送られるのは、市立学校の校長や事務長約250人と市教委事務局の課長級以上の職員約70人。総額で計約1000万円分になる。他の職員については、市人事委員会の勧告を受け、年間のボーナスを昨年比0・05カ月増の4・5カ月分にする。一部の議員から「対象者の範囲が広いのではないか」などの異論が出たが、市側は「市教委全体のガバナンスの欠如が問題の要因で、市民の理解が得られない」などと説明していた。
(12月4日、毎日新聞)

これ、真っ当な人から辞めていってしまうアカンやつや!
一番ダメな連帯責任論法。

「市教委全体のガバナンスの欠如が問題」なら教育委と当該学校幹部の管理責任を問えば良いだけの話。個別の責任の所在を明らかにして、責任の有無を追及する手間がめんどくさいだけだろう。
つまり、個別に処分する場合、処罰の対象を「どこからどこまで」にして、線引きをどうするか決める必要がある。
その過程では、一人ずつ調査し、相手にも弁護の機会を与えなければならず、相当に長い時間と大きな労力が必要となる。それだけに、「連帯責任」として全員を処罰してしまえば、その時間と労力を省略できるということだろう。
しかし、この場合、真の責任の所在は明らかにされず、「連帯責任」で「みんな悪かった」となるため、実際の責任者に対する追及はうやむやにされ、最終的には「誰も責任を取らない」のと同じこととなる。

これとよく似た構図は第二次世界大戦後の「一億総懺悔」にも見て取れる。あれも「国民全員の責任だ」とすることで、天皇、明治政府、軍部などに対する責任追及の矛先を変えられ、結果的には占領軍による軍事裁判によってただ処断されるのを待つのみとなった。その結果、右派から「占領軍によって勝手に一方的にやられた裁判」という指摘がなされている。

戦後日本の曖昧さと、それに起因する現代日本のデモクラシーとリベラリズムの脆弱性は、日本人が自ら侵略と戦争を反省して明治帝政を処断したのでは無く、占領軍によって命令・強要されて相当部分(全部とは言わない)が「仕方なく」体制転換させられたことに起因している。

要は、神戸市は全く問題の本質に向き合っていないし、そのつもりも無いということであろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする