2020年01月14日

正当化の余地が無いのは誰か?

【森法相、ゴーン被告逃亡に初の公式コメント 「正当化される余地はない」】
 森雅子法相は5日、保釈中にレバノンに逃亡した日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告に関し初めて公式コメントを発表し、同被告が「不正な手段」を用いて「不法」に出国したとみられると説明した。森氏は、「わが国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障しつつ、事案の真相を明らかにするために適正な手続きを定めて適正に運用されており、保釈中の被告人の逃亡が正当化される余地はない」と指摘。
 さらに、「ゴーン被告が日本を出国した旨の記録はないことが判明しており、何らかの不正な手段を用いて不法に出国したものと考えられる」とし、こうした事態に至ったことは「誠に遺憾」だと述べた。森氏はコメントの中で、ゴーン被告の保釈が取り消され、日本が国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)に要請した同被告に対する「赤手配書」が出されたことを認めた。
(1月5日、AFP)

相変わらず出来の悪いジャパニーズ・ジョークである。
法相が言う「正当化される余地はない」のは、果たしてゴーン氏なのか日本の司法制度なのか。

「わが国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障し」

と強弁しているが、そもそもゴーン氏が逃げ出したのは「基本的人権が保障されないから」との理由だったはず。
ゴーン氏の場合は、(入手手段は別にして)巨額の資金と特異な人脈を駆使して日本の司法地獄から抜け出すことに成功したが、それ以外の人間は「中世並みの」「基本的人権が保障されない」「不公正な」司法によって日々、有無を言わさずに裁かれているのだ。
現在の日本司法は、大逆事件から横浜事件に至る無数の罪なき社会主義者を不法に虐殺してきた明治帝政の後継であり(一切反省ない)、それは「天皇を頂点とするヒエラルキー」を護持するための装置であって、市民や国民を守るためのものではない。それは例えば、

・連続23日間拘束可能
・1日最低6時間、上限は無限の尋問(同じことを「自白」するまで何万回でも聞かれる)
・自白しなければ何度でも延長可能
・弁護士との接見は非常に限定的
・証拠は原則不開示

だけを挙げるだけで十分だろう。また、「和歌山カレー事件」に象徴されるように、科学的証拠なくしても平気で死刑判決が下されるという点でも、恐ろしく中世的な司法体系を有している。
そこで検察との「取引」(多くの場合、「協力者」になること)に応じれば起訴されないが、これを拒否すれば起訴されて、有罪率99.8〜99.9%の裁判にかけられることになる。
政治との癒着も深刻で、政権や官邸あるいは天皇に近いものは、そもそも起訴されずに終わり、その記録は全て廃棄され、「無かった」ことにされる。

日本の司法について言えるのは、せいぜい「北朝鮮や中国よりはマシ」という程度だろう。
だからこそ、政府関係者と政府支持者(昔のナチ党員のようなもの)以外は概ね沈黙を守り、「結局カネと権力か」という絶望に打ちひしがれて、ますます厭世的になっていくのである。
これは安倍政権の問題ではなく、昭和帝政の問題なのだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする