2020年01月20日

朱舜水師を偲ぶ

上海市郊外の松江区にある方塔園の中に「朱舜水紀年堂」があると聞き、知人に案内してもらった。

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聞いたことのある人は少ないと思うが、朱舜水はいわゆる「抗清復明」運動家の一人で、一市民(非官人)の立場ながら鄭成功に従って清朝に抵抗を続け、日本の江戸幕府に復明支援を求めるべく四度来日した。
だが、希望は叶わず、60を過ぎて運動を断念、1660年に日本に亡命、水戸藩の庇護を受けることになった。
その後、江戸と水戸を行き来しながら、20年以上にわたって漢学を教授し、水戸学の基礎を築き、1682年に83歳で逝去した。
東京・本郷の東京大学農学部の敷地内(旧水戸藩邸)には今も「朱舜水先生終焉之地」の碑が残され、水戸藩主の墓がある瑞龍山には明朝式の墓が建てられた。

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上海は新しい街で、明代以前は松江の方が栄えていたとされ、朱舜水自身もすぐ隣の浙江省出身で、日本亡命前の数年間をここで暮らしたという。
方塔園は小さいながらも風光明媚な公園だったが、肝心の朱舜水紀年堂は建物はともかく、展示は雑で、コピー品ばかりで、いかにも「やっつけ仕事」な感じで残念なものだった。
まぁ、まずは「こんな人がいたんですよ」と知ってもらうところから始めているのだろうが。。。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする