2020年02月11日

二十年一日では勝てません!

【あまりに「政権」を知らなかった民主党の反省】
 立憲民主党の鉢呂吉雄元経済産業相は毎日新聞政治プレミアに寄稿した。「我々が政権を担ったときは、あまりにも政権というものを知らなかった。理想論だけを語っても、なかなか実現はできない」と振り返った。鉢呂氏は、桜を見る会などさまざまな問題が起きているなかでも安倍内閣の支持率が安定しているのは「自民党政治に対抗する軸を示せていない我々の責任だ」と指摘。「野党が大きな塊になるため、野党各党が意見をすり合わせて大きな政策を打ち立てる必要がある」と強調した。そのうえで「我々は反省をしなければならない。国民の記憶にも旧民主党政権の後遺症が残っている」と語った。
(1月29日、毎日新聞)

旧民主党系の野党が全く鳴かず飛ばずなのは、20年前と同じことを20年前と同じメンツでやろうとし、その言葉までも20年前と同じであるからだ。
ただでさえ社会全体の活力が失われ、生活保守指向が強まって、階級没落を恐れる層がこぞって自民党に投票している中で、「帝政護持」「保守」「親米」を掲げる旧民主党が積極的に支持を受ける理由はどこにも無い。平素の支持率は5%で、選挙の時だけ一定の票が入るのは、「他に投票先が無いから」という理由でしかない。

生活保守は「何か改革して悪い結果になるくらいなら、今のままの方がマシ」という判断に基づいている。
2000年代はそれでも、小泉改革や鳩山改革への期待感から、熱狂的なブームが起きたが、どれも一時的なものに終わり、後には不信と荒廃しか残らなかった。ペレストロイカやゴルバチョフに対するロシア人の評価が酷いのと同様、「改革なんてロクなもんじゃ無い」という感想だけが残り、自公に対する消極的投票と投票放棄(投票率低下)に繋がっている。

同時に中または小の選挙区制度であるため、大政党や大規模な個人後援会を有する候補者しか立候補できないシステムになっており、政治分野への新規参入のハードルが非常に高く、現在の立民や国民の指導部に見られるように「90年代政治家のなれの果て」ばかりが今もなお野党指導部に居座っている。全国的には全く支持されていなくとも、局所的に支持されていれば選挙には勝てるためだ。
例えば、日本の選挙制度が全国一律の比例代表制であったなら、立民は5%、国民は1%の支持しか得られず、今頃跡形もなくなって、「古き者ども」は一掃されていたはずだ。しかし、選挙区制度であるが為に、その選挙区で比較優位に立てば何度でも当選し続けられるため、いつまでたっても失敗者が当選を続け、同じ主張と手法を繰り返す結果になっている。
しかも、選挙制度はその制度で当選してきたものが審議するため、根本的に制度改正が不可能なシステムになっている。

日本の議会制民主主義が機能不全に陥りつつある原因を検証し、修正しない限り、遠からず破滅的な未来を迎えることになるだろう。
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする