8月28日、安倍晋三首相が辞意を表明した。辞職の可能性については、各所でささやかれていたが、実際には側近に対しても事前の相談や報告も無く、突然の表明になったという。そのため、自民党内では混乱が続いている。安倍氏は、後継総裁の選出について、二階俊博幹事長に対応を一任、総裁選出の方法について検討が進められている。
党総裁選の形式は、9月1日の党総務会で決定される。二階幹事長ら党執行部は、自民党の党則に従い、緊急を要する際に認められている党大会に代わる両院議員総会で選ぶ方式を採用する方針を固めている。これは、一般党員による投票は行わず、自民党所属国会議員と各都道府県連の執行部3名による投票で選出することを意味する。具体的には、衆参両議院の議長を除く394名と47都道府県代表の141名が投票する。日程としては、9月13日頃に総裁選を行って自民党新総裁を選出、同17〜18日頃に臨時国会を召集して新総理を選出、組閣する流れとなる。
現時点では、菅義偉官房長官、岸田文雄政務調査会長、石破茂元幹事長らの出馬が有力視されている。他に河野太郎防衛大臣、野田聖子元総務大臣、稲田朋美幹事長代行などが出馬を検討しているが、いずれも出馬に必要な20名以上の推薦人を集められる見通しは立っていない。河野太郎は麻生派の所属だが、麻生派内で河野を積極的に候補にしようとする動きは無い。
菅は無派閥だが、若手議員を中心に独自の「菅グループ」を形成しており、その数は20〜30名程度と見られる。人数面では岸田派に劣るものの、二階幹事長と強い同盟関係にあり、すでに二階派が菅を推すことになっている。二階派自身は47名が所属しているが、会長の二階は現職幹事長であり、党内に大きな影響力を有しており、無所属議員に対しても強い影響力を持っている。そのため、国会議員の票ではすでに100人前後の票を固めていると考えられ、各都道府県連に対する影響力も大きいと見て良い。また、二階は連立与党である公明党との関係も強く、政権の安定度の点でも期待が高い。
岸田は47人の国会議員が所属する岸田派を率いており、他の有力候補二人に比べて優位な立場にある。また、安倍晋三首相は元々後継として岸田を考えていた節があり、安倍が後継指名すれば、総裁選に大きな影響が出ると考えられる。しかし、指導力、個性、宣伝力、知名度などを不安視する向きもあり、党内外で総理・総裁の資質を疑問視する向きも強い。岸田は各派に支持を呼びかけているものの、現時点では岸田派と二階派を除いて支持を明言していない。
石破は無所属議員を集めて結成した石破派を率いているが、その数は19人に過ぎず、立候補に必要な20名に足りない。しかし、派閥を超えて石破を支持する議員がいる上、一般党員からの人気が高いため、立候補に必要な推薦人はすでに確保していると見られる。だが、安倍や麻生を含めて、国会議員内には「石破嫌い」が多い。例えば、2018年の総裁選では、405票の議員票のうち、安倍329票に対し、石破が獲得したのは73票に過ぎなかった。ところが、党員票(同405票)は安倍224票に対し、石破181票であった。このため、石破は「党員投票が行われないなら、出馬しない」旨の発言をしている。
総裁選の動向は、有力派閥の動向によって大きく作用するが、現時点では細田派(98名)、麻生派(54名)、竹下派(54名)はいずれも支持を明言しておらず、様子見の状態にある。最大派閥の細田派は安倍首相も所属しているが、他派との関係や党内融和を重視して独自候補は立てないとしている。安倍首相は、元々は岸田を推しており、菅との関係は悪く、石破を嫌っていたものの、突然の辞意表明によって発言力が急低下したこともあって、岸田を後継指名するかは不明だ。麻生派を率いる麻生太郎もまた菅との関係は悪く、石破を嫌っているものの、現時点では岸田を積極的に推す流れにはなく、実利重視で二階幹事長と何らかの妥協を行う可能性もある。竹下亘が会長を務める竹下派は、茂木敏充外務大臣を擁しており、候補として検討していたものの、今回は時間が足りないこともあって見送る公算が高い。2018年の総裁選では竹下派の参議院議員らが石破を支援したこともあり、石破を支持する向きもあるが、派閥として勝算の少ない候補を支援する可能性は低い。全体的には、菅・二階同盟が存在感を発揮する一方、岸田は支持が広がっていない。今後、安倍首相、麻生副首相の去就によって情勢は大きく変化するだろう。
今後の政治日程としては、9月17、18日に新総理が選出された後、組閣が行われ、翌週には「新内閣の民意を問う」として衆議院を解散、10月19日または26日に総選挙が行われる可能性がある。その理由は、現行の衆議院の任期が2021年10月までと短いこと、来年には日本国内の経済情勢がさらに悪化して自民党勝利の可能性が低いことが挙げられる。また、有力野党である立憲民主党と国民民主党の合流が完成する前に選挙を行うという狙いもある。仮に、総選挙が行われた場合、野党は準備不足である上、新内閣は「ご祝儀相場」で高支持率が期待されるため、自民党は優位に立ち、少なくとも現有議席の保持は確実と考えられる。
付言すると、日本では長期政権の後は短期政権となる傾向がある。これは、長期政権の負の側面が後の政権にのしかかるためで、例えば中曽根内閣の後の竹下内閣は二年、小泉内閣の後の第一次安倍内閣は一年しか保たなかった。特に菅義偉の場合、カジノ事業をめぐる秋元司の収賄問題、買収による公選法違反で告発されている河井夫妻など、全て「菅グループ」の一員であり、言うなれば「脛に傷を持つ」身と言える。また、菅と同盟関係にあり、強い影響力を有する二階幹事長は、米国から「親中派議員の筆頭」と名指しされており、何らかの工作対象となる可能性もある。逆に岸田の場合、弱い指導力が故に、新型コロナウイルスや経済不況、あるいは外交的難局に対応しきれずに、国民の支持を失う恐れがある。いずれにしても、日本政界は不安定な局面に突入する可能性が高いと考えられる。