2020年08月07日

投票の義務化の是非

【選挙の投票義務化を 自民・石破氏】
 自民党の石破茂元幹事長は27日、大阪市内で講演し、国政選挙での投票率低下を念頭に、「民主主義が機能する条件は、可能な限り多数が参加することだ。投票は義務にすべきだ」と語った。石破氏は「一部のイデオロギー、特定の利害を共有する人たちは投票に行く。民主主義の名を借りてそういう人たちが好きなようにやる」と指摘。「(票を)入れたい政党、候補者がいないなら白票を入れてほしい。民主主義はそれほど厳しいものだ」と述べた。 
(7月27日、時事通信)

国民に新たな義務を課す場合、憲法を改正するのが原則。憲法第十五条に「選挙人の自由な意思によって行う投票」(第三項)とあることも改正対象となる。現行憲法の考え方は、「投票行動の是非は個人の意思と自覚に基づくもので、何者かに強制されるべきものではない」というものだろう。そもそも公教育において、政治教育や活動がほぼ禁止されている中で、投票だけ義務化することは多くの不自然さを覚える。

デモクラシーとは共同体の参加者全員による意思決定を旨とする政治体制であり、直接民主制が物理的に不可能だから、代議制民主主義という「選抜民主制」が施行されている。「選抜されたエリートによる統治」は、本来的にはリベラリズムの発想で、デモクラシーの原理にはそぐわない。そのため、「大衆の中から選挙にて選抜する」という折衷案が採られている。
つまり、共同体の自覚を持たないものに、法的に投票を強制しても、原理的には意味は無い。

歴史的には参政権は徴兵制度と一対のものであり、共同体の防衛義務の対価という意味もあった。
第一次世界大戦後に女性参政権が拡大したのは、総力戦の中で女性の動員が進んだことが大きい。
少なくとも歴史的には、軍隊の中で共同体意識が培養されることで、デモクラシーの基礎が築かれていた。
1990年代のフランスにおいて、社会党と共産党が徴兵制の廃止に反対したのは、「傭兵軍は国民を守らない」ことに加え、「徴兵制はデモクラシーの基礎である」という考え方に基づいていた。
明治帝政ですら、建国当初は徴兵令を「四民平等実現のため」と位置づけていたくらいだ。

日本の場合、封建支配と帝政支配が続き、敗戦によって人民に主権が付与されただけで、根源的に主権者としての意識が育っていない。
納税も多くは源泉徴収制度を利用しているため、納税者意識も低い。
こうした背景を考えずに、法律によって投票を義務化しようという主張は、あまりにも無意味であろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする