2020年10月14日

学術会議会員任命拒否問題について 

【2017年 官邸が事前に名簿要求、日本学術会議選考】
 日本学術会議の新たな会員の任命をめぐって3年前の安倍政権時代に、推薦候補105人を決める際、事前に総理官邸が定員よりも人数が多い名簿を示すよう求め、学術会議が応じていたことが新たにわかりました。
 日本学術会議の会員210人は3年ごとに半数が交代することになっていて、前回は2017年に、新たな会員105人が任命されています。
 その際、学術会議が105人の候補を推薦する前に、総理官邸の求めに応じて110人を超える学者の名簿を作成していたことが学術会議の元幹部への取材で新たにわかりました。
 事前に定員よりも多い人数の候補者を示すよう官邸から要求され、それに応じたことについて元幹部は、「官邸の関心が強いと思い、丁寧な説明が必要だと考えた」としています。
(10月7日、TBS系)

自民党員に言わせると、学術会議の会員選考から外されたのは、「イデオロギー色が強すぎるから」「軍事研究に反対するから」とのこと。
まぁそうなのかもしれないけど、政権交代が起きたとき、逆のこと(自民党寄り、学会系だから、軍事研究してるから)を始めたらどうするの?というところには思考が及ばないらしい。永遠に政権の座にいるつもりなんだろうな。

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宇野先生については、中国人ですら驚いていたぞ。「日本もついに始まったか」と。

確かに法律上、日本学術会議法には「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」(第七条)とあるのみで、全員任命することが前提とは言えない。
実際、似たような話として、2012年に民主党政権の田中眞紀子文部科学大臣が、大学設置・学校法人審議会の答申を覆し、来春開校予定の3大学の設置申請を不認可にしたケースがある。
学術会議や審議会の答申が、時の政権の方針に反することはあるだろうし、彼らの答申が常に正しいとは限らない。「政治判断は別」というのは良くあることだ(大半は政治の方が間違うが、稀に政治の方が正しい場合もある)。

とはいえ、今回のあからさまな「反体制派外し」は見せしめ効果があまりにも大きく、「学問の自由には影響しない」という政府の答弁は、「学問の自由は、政府の方針に反しない限り、影響しない」という中国政府のそれと何も変わらないだろう。
「学術会議は時代遅れ」と言うなら、普通に廃止すれば良い。立法でできるだろう。「都合よく利用したい」というところが、どこまでもセコい。

任命権が担保されている以上、「無条件で任命しなければならない」というのも、それはそれで「天皇の任命権と同じなのか」という議論が出てくるだろう。
では、総理の任命拒否権を認める場合、今度は「任命しない理由」を主権者に説明する必要がある。これは、権限を拡大解釈して恣意的に行使させないための民主的統制の一つと言える。
例えば、2008年の日銀副総裁人事(国会同意人事)に際して、民主党は「ねじれ国会」の中で不同意を示して、マスゴミや罪界から非難を浴びたが、「天下りは認めない」「財務官僚によるなれ合いの恐れ」などの理由を示した。その理由の正当性については、有権者が判断すべきことだろう。
しかし、任命を拒否して、その理由を示さないのであれば、有権者は「なぜ任命を拒否したのか」の判断ができなくなってしまい、政治家に対して公正な判断が下せなくなるだろう。

菅総理は「自由主義者や反戦平和主義者は帝国の学術会議にふさわしくない」と堂々と宣言すべきなのである。別に難しい話では無いだろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(3) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする