2020年12月28日

自民党が選択的夫婦別姓を拒否

【選択的夫婦別姓の是非、慎重派が巻き返し 自民党内は容認論拡大】
 自民党は15日の党会合で、選択的夫婦別姓制度の記述をめぐり紛糾していた政府の第5次男女共同参画基本計画案を了承した。当初、政府が盛り込んだ制度導入に前向きな記述を大幅に削除し、過去の基本計画にならって文言を短縮した。ただ、党内は制度導入への慎重派が優勢だった情勢から拮抗へと変化しており、夫婦別姓に慎重だった安倍晋三政権の退陣に伴い容認論が増えたとの見方がある。
 この日了承された案では「戸籍制度と一体となった夫婦同氏制度の歴史を踏まえ、家族の一体感、子供への影響なども十分に考慮し、国民各層の意見や国会における議論の動向を注視しながら、司法の判断も踏まえ、さらなる検討を進める」などと書き込んだ。
 さらに、旅券(パスポート)や免許証などに旧姓併記が認められていると指摘した上で、「引き続き旧姓の通称使用の拡大や周知に取り組む」とも記した。子供への影響や通称使用拡大などは慎重派が重視した論点だ。
 一方、推進派は制度導入に向けて「必要な対応を行う」と踏み込んだ表現を求めたが、最終的には反映されなかった。しかし、将来の制度導入に余地を残すべく、「司法の判断も踏まえ」との文言は残った。
 自民党は長く夫婦別姓に慎重な立場だったが、近年は女性の社会進出などを背景に賛成意見が増えた。8日の会合では19人が慎重意見を、18人が推進意見を述べ、賛否が拮抗した。
 風向きが変わりつつあるのは、夫婦別姓に慎重だった安倍政権の退陣も一因だ。慎重派の党ベテランは「今回はなんとか踏ん張ったが、新たな案をまとめる5年後は危ないかもしれない」と語る。安倍氏は今回、推進派に誰が名を連ね、どのような活動を展開したかに関心を示していたという。
(12月15日、産経新聞)

自民党に期待するほうが間違っており、自民党=霞ケ関=帝政を打倒しない限り、伝統回帰はありえない。
ここで復習しておきたい。

日本は歴史的には夫婦別姓だった。
まず、源頼朝と結婚したのは「北条」政子であり、足利尊氏の母は「上杉」清子、同妻は「赤橋(北条)」登子、足利義政に嫁いだのは「日野」富子であることを思い出してもらいたい。皇室でも同様で、桓武帝の母は「高野」新笠、後醍醐帝の母は「五辻」忠子である。幕末の例で言えば、徳川慶喜の妻は「一条」美賀子だった。

江戸時代の苗字は現代人が考えるファミリーネームとはかなり異なるものだった。例えばわが先祖である幕臣鈴木家の場合、おおよそ「馬一頭、銃一丁、槍三本」とそれに付随する人員の常備が義務とされた。100石超の家禄は当主である鈴木豊吉の個人的給与では無く、装備の維持費や従者郎党の給与まで含んだものだった。大名家は恒常的に家禄を支給し、禄の世代継承を保障する対価として、各家は軍事的義務を負う、というのが封建的契約関係だった。つまり、苗字は法人名に近い存在だった。

大政奉還を経て明治政府が樹立すると、明治3年(1870)に「平民苗字許可令」、同8年(1875)に「苗字必称義務令」が発布される。当初、全国民に苗字使用の許可が下されたものの、苗字使用は普及せず、国家による強制が必要だった。しかも、苗字導入時には夫婦別姓が原則(同姓選択制)であり、夫婦同姓が制度化されたのは、明治31年の民法改正によって夫婦同姓に基づく「家」制度が確立したことによる。明治9年に苗字使用を義務化するに際して、太政官法制局が夫婦別姓を採用したのは、「妻は夫の身分に従うとしても、姓氏と身分は異なる」「皇后藤原氏であるのに皇后を王氏とするのはおかしい」「歴史の沿革を無視」という理由からだった。さらに、明治31年の民法改正に際して、司法省がドイツ式の夫婦同姓案を提示したところ、当時の保守派から「日本古来の家父長制に反する」と大反発を受け、戸籍に絡めて「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」とすることで折り合いを付ける始末だった。

そして、現代において夫婦同姓が強制されている国は、いまやインドとトルコを残すのみとなっているが、そのトルコすらも制度改正されて、混合姓(ミドルネーム)の選択が可能になっている(揺り戻しの話もあるようだが)。インドの場合は慣習であって、法律で夫婦同姓が規定されているわけではないという。タイでは2005年に選択的夫婦別姓が導入された。フィリピンでは、混合姓が採用されていたが、2010年に法改正されて選択的夫婦別姓が導入された。右翼の論理が正しいとすれば、日本とインドがその他の国々に比して家族の一体感が強固であることが証明されなければならない。が、そんな分析は存在しない。あるいは、近年別姓が選択できるようになったタイやフィリピンで、以前に比して家族崩壊が進んだという事実も確認できない。むしろ日本における家族共同体は同姓制度にもかかわらず、弱体化の一途を辿っている。つまり、姓名の問題でないことは明らかだ。

夫婦同姓は明治帝政によって捏造された悪しき新伝統であり、伝統に回帰するためには、自民党=霞ケ関=帝政を打倒する他ないのである。

【参考】
夫婦別姓は当たり前・続
苗字廃止論
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする