2021年01月05日

旅の復習で謙信上洛

南信濃、奥三河の旅の復習をかねて(ツクダ)「謙信上洛」をプレイ。
群雄伝系統のルールで、「天正六年(1578)年に謙信が死ぬことなく、上洛作戦を実行していたら」という仮想戦記である。
ファイアー・パワー・システムの派手な戦闘と、イベントの振れ幅が大きいゲームだが、それだけに「燃える」ところも大きい。
プレイするのは、下手すると20年ぶりくらいかもしれない。
今回の旅は北陸道とは無縁だが、そこはそれ。
「長篠後」の武田勢の勢力を再確認する意図もある。

名作ゆえGJが再販したので、H先輩にマップだけ出してもらい、未切断のユニットは温存(オタクの論理)。
旧版は地図もユニットも色々と見づらいので、やはり新版の方が良さそうだ。
改めて見ると、マップがかなりデフォルメされているし、城の強度などもかなりゲーム(恣意)的に評価されている感じ。
「長篠が3-4なわけないじゃん!」という声が続出するが、長篠が落ちると、吉田城も岡崎城も指呼の間に入ることは変わらない。

「30年前に(大学の部室で)プレイしたことがある」というH先輩に織田、K先輩に徳川を持ってもらい、O先輩が武田(完全固定)、私が上杉を持つ。
難易度的には織田が難しいのだが、織田をプレイしないと、ゲームの流れや全体像が理解できないことも確か。
また、本作の上杉は確かに軍神的に強いが、本願寺はかなり弱体化しているし、毛利はほとんどやる気が無いので、「信長最大の危機」ほど危機ではないような記憶がある。

第1ターン、飛騨三木氏が織田方で参戦するも大勢に影響はなかった。しかし、信長がリアクションに失敗したことで早々にケチが付く。
第2ターン、いきなり荒木村重が裏切って有岡城に籠城。高山右近も翻意することなく高槻城に籠城したことで、京がいきなり危機に陥る。前線に取り残された佐久間信盛は雑賀・本願寺勢に捕捉され、全滅寸前にまでボコボコに。
第3ターンには若江城、第4ターンには槙島城が陥落し、京は風前の灯に。
第4ターン、ようやく羽柴秀吉と明智光秀が京で合流し、野戦陣地を掘って立て籠もるも、3分の2程度しかない雑賀・本願寺から攻撃を受けて、ボコボコにされて敗走してしまう(織田方の出目が悪すぎた)。京にそびえる卍旗。もはや「謙信上洛」ではなく、「雑賀上洛」である。

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「背に腹は代えられない」と信長が京に引き返すも、行動ダイスに失敗しまくり、京に着いた頃には本願寺勢は石山に退去、上杉軍は近江に乱入して景勝が岐阜城を包囲、尾張では高坂弾正が清州城を包囲、播磨には毛利軍が集結して、全てが手遅れになっていた。

確かにダイスとイベントの振れ幅が大きいゲームではあるのだが、村重の謀反は想定しておけば対処できないほどの危機にはならず、秀吉や光秀の対応が一歩遅れたことが、甚大な被害を招いたと言える。とはいえ、織田方も「どのタイミング決戦するか」の判断が難しく、上杉と雑賀・毛利の両方から攻撃されると、回復が間に合わないため、容易ではない。
冒頭で振れてしまったものの、やはり「燃える」ゲームであることを再確認した次第。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする