2014年05月29日

同盟のジレンマと非対称性

国家あるいは組織・団体はなぜ同盟関係を結び、なぜ維持あるいは解消するのか。この外交における根源的な課題についての研究の歴史は意外に浅く、主なものは1990年代頃から始まっている。それは冷戦の終焉を迎えてワルシャワ条約機構(WP)が瓦解、NATOの存在意義や日米安保の位置づけが問われるようになったことと深く関係している。本稿では、同盟研究の泰斗であるグレン・スナイダー教授やジェームズ・モロー教授らの理論を援用しながら、日米安保と日中関係を考察する。

「同盟のジレンマ」はスナイダー教授が提唱した理論。同盟国Aのコミットメント(関心、関与)が低下すると、Bに「Aから見捨てられるかもしれない」という懸念が生じるため、同盟を維持しようとするBは現状の脅威を過大に評価する傾向が強まる。そして、Bは「見捨てられ」の懸念を払拭するために同盟の強化を試みるが、すると同盟国Aの紛争に巻き込まれたり、過度の負担が求められたりといった可能性が現出する、というもの。
また、スナイダーは、同盟の利点として「攻撃される可能性の低下」「対処能力と選択肢の向上・増加」「友好国が敵対する同盟に参加することに対する阻害」を挙げる一方、同盟のリスクとして「戦争・紛争に巻き込まれる危険の増大」「行動の自由の減少」を挙げている。
つまり、「巻き込まれ」を警戒すれば「見捨てられ」の可能性が増大する一方、「見捨てられ」を回避しようとすれば「巻き込まれ」の可能性が増大するジレンマを指している。

「同盟の非対称性」はジェームズ・モロー教授らの理論で、大国と中小国との同盟関係は非対称なものになりやすく、大国は安全保障を提供して中小国の独立を保証する代わりに、中小国に対して自国の外交政策に対する支持や基地などの提供を求める傾向があり、これを「安全保障と自立の取引」と呼んだ。
非対称的同盟は従来、大国に屈服する形で締結されているものが想定されてきたが、ランドール・シュウェラーの「利害の均衡」論ではこれに加えて、「強力な現状変革国家に従う」「戦勝の分け前を狙って勝ち馬に乗る」「未来が保証される強国に従う」「近隣諸国の動向に伴うドミノ効果」の4パターンを挙げている。日米安保の場合、元々は「大国に屈服」形だったが、今日では「勝ち馬に乗る」色が濃くなり、「勝ち馬に乗って利益を上げるためには投資(海外派兵)を増やす必要がある」として集団的自衛権の解禁を進めている。

安倍政権が外交・安保政策の大転換を決断した理由は、この「同盟のジレンマ」と「同盟の非対称性」から説明できる。
冷戦が終結してソ連が消滅、アメリカの覇権も低下する一方で、中国が著しい経済発展を遂げて米中はイデオロギー上の対立的関係から経済上の協力関係に移行、これに従って日米の同盟関係の位置づけも変質を余儀なくされた。

ジョン・ギャディス教授は冷戦期の米国の対東側政策を分析して「対称的封じ込め」と「非対称的封じ込め」に分類した。前者は均衡を破る脅威に対して同地域で同レベルの直接的な対応をするものを指し、具体的には朝鮮戦争やヴェトナム戦争といったケースを挙げている。また、後者はより広い領域で対立側よりも有利な状況を確立することで均衡を保つ戦略を指し、具体的にはマーシャル・プランによる西側陣営の強化を挙げている。
東アジア地域における共産主義陣営の脅威に対しては、米国は「対称的封じ込め」で対応するケースが比較的多かったが、日本の場合は「非対称的封じ込め」が適用されて東アジア地域における西側陣営の主要国とすべく、米国から政治、経済、文化、軍事など様々な援助がなされた。また、ヴェトナム戦争の先行きが不透明だった60年代後半には、次善の策として米国の主導下でASEANが設立され、西側陣営の強化が図られたが、アメリカのヴェトナム撤退を受けて日本の歴代政権も安全保障の一環としてASEANに対するテコ入れを進めた(福田ドクトリン)。
この辺の空気感はGMT社の「Twilight Struggle」をプレイすればイメージしやすいだろう。

日本は憲法によって軍事力の行使が大きく限定されており、歴代の自民党政権は共産主義陣営の脅威に対して「非対称的封じ込め」戦略を採り、韓国とASEAN諸国の体制強化に努めてきた。例外的に岸政権のみが「対称的封じ込め」を志向して憲法改正を主張して日米安保の改定に臨んだが、日本国内の反発が大きく失敗に終わった。

日本で「同盟のジレンマ」が深刻化するのは、やはりソ連崩壊後の1990年代であろう。北方からの脅威と共産主義勢力の脅威が解消され、南北朝鮮の緊張の一時的に弱まったことで、アメリカにとって東アジアで軍事同盟を維持する必要性が低下した。さらに中国が著しい経済発展を遂げて米中間の経済関係が緊密になると、アメリカにとって中国はイデオロギー上の敵対者というよりも、重要な貿易パートナーとしての位置づけが強まり、対中国の点でも同盟の価値が低下していった。
米国にとっての同盟価値が低下するにつれて、日本側は「見捨てられ」の懸念を上昇させていく。この懸念を払拭するためには「同盟の価値を上げる」ことが必要となるが、それは2つの方法で対処された。一つ目は「東アジアにおける対米脅威を強化する」であり、アジア地域で米国の覇権を脅かす存在を強調することによって日米同盟の意義をアメリカに再認識させる、というものだった。具体的には北朝鮮や中国の軍事的脅威を過度に強調することと、歴史修正主義を利用することで新たに脅威を発生させる、という手段が採られた。

二つ目は「米国の世界覇権維持に対する協力強化」だった。従来の日米同盟は非対称の関係にあり、アメリカが安全保障を提供する代わりに、日本は軍事費の一部と基地を提供するというものだった。同盟価値の低下に対して、日本側は提供する軍事費(思いやり予算やミサイル防衛など)の増額で対処してきたが、日本の財政事情が逼迫しただけでなく、「増額だけでは見捨てられの懸念を払拭できないのではないか」といった危惧が強まっていった。また、経済発展を続ける中国に対して歴史問題などを持ち出してマッチポンプ的に危機を煽ってきた結果、尖閣諸島に象徴されるように潜在的だったはずの危機を自ら顕在化させた挙げ句、自前の防衛力強化と軍事的選択肢を広げざるを得なくなり、そのことによって本来友好国だったはずの韓国やASEAN諸国からも「アジアにおける脅威の一つ」として認識されるようになった。

中国脅威論が強まり、アジアでの孤立が深まるほど、日本政府や自民党内で「見捨てられ」の懸念が強まり、「同盟強化」と「国際(実際は対米)貢献」が声高に叫ばれるようになる。ところが、日本が防衛力を強化し、軍事同盟を強化して、海外派兵の兵力や頻度を上げるほど、アジアの緊張が高まってゆく構図に陥っている。だが、アメリカにしてみれば、中国はいまや敵対者ではなく米国債の最大の引き受け手、つまり最大のスポンサーになってしまっており、日中間で緊張が高まれば高まるほど、アメリカにとっての日米同盟の価値が下がる(同盟コスト・リスクが上がる)状態になっている。

東アジア全般的には、中国を盟主とする非対称的同盟の波が広がっている。例えば明示的な同盟関係にはないものの、韓国はすでに米国の勢力圏を脱して自ら中華圏に加わりつつあるが、シュウェラーの言うところの「未来が保証される強国に従う」が適用されるかもしれない。韓国の場合、北朝鮮の暴発を防ぎつつ、日本の軍事大国化に対処せねばならない状態にある上、開発独裁やIMF改革に伴う国内矛盾が頂点に達しつつあり、いまや「遠いアメリカよりも近くの中国」とばかりに中国への従属を強めている。また、東南アジアや中央アジア諸国では「近隣諸国の動向に伴うドミノ効果」で中国の影響圏が拡大しつつある。

4月に米国のオバマ大統領が来日した際には、離日後に韓国、フィリピン、マレーシアと歴訪したものの、このことはアメリカがすでに「面」ではなく「点と線」でしか中国を封じられなくなっていることを示している。同盟国が少なくなれば、残された同盟国に対する(非対称的)要求が増えるのが道理であり、米国で「日米同盟を維持するからには、日本には相応の(増加分)コストを支払ってもらおう」という声が強まるのは必然だった。
但し、他方でアメリカの中には「東シナ海の無人島をめぐる日中紛争に巻き込まれるのはバカバカしい」という意見も浸透しており、「日米同盟のコスト(リスク)が上がりすぎて管理が難しくなっているが、かと言って日本を見捨てればドミノ現象で中華圏に入るか、独自路線で危ない橋を渡りかねない」と同盟自体を厄介視する向きが出ていることも確かだ。

安全保障をめぐる現代日本の問題点は、「脅威度」「同盟のコスト」「様々な対応策についての評価」などの冷静な分析や客観的なコスト計算がなされないまま、「中国脅威論→日米同盟強化→積極的平和主義」が先行してしまって、それに対する反論や対案が不十分なことにあると考えられる。そこには「中国は本当に脅威なのか」「日米同盟の強化や軍事力の強化でしか対応できないのか」「同盟強化や軍備強化や海外派兵は、中国等の脅威の対抗コストとして適切か」といった議論の未成熟がある。
要は、安倍一派がやろうとしているのは、囲碁や将棋あるいは麻雀で言うところの「決め打ち」に過ぎないのだが、彼らはその危険性について全く自覚していないところが大問題なのである。

【参考】
『アメリカにとって同盟とはなにか』 日本国際問題研究所監修 中央公論新社(2013)
「米国のコミットメント縮小と日本のアジア政策」 大野知之 『国際情勢』第84号
“Alliance Politics” Glenn H. Snyder Cornell University Press(1997)
posted by ケン at 12:22| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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