2013年12月06日

沖縄独立論の現実味

【自民県連も辺野古移設容認 「普天間」公約を撤回】
 自民党県連は27日、米軍普天間飛行場の県外移設を求めていたこれまでの公約を事実上撤回し、政府が進める名護市辺野古への移設を容認する方針を決めた。県議による総会で全会一致で決定した。県連は2009年末に従来の辺野古容認方針を見直し、国政選挙などで「県外移設」を掲げてきた。12年6月の県議選では無投票当選の2人と態度を明らかにしなかった1人を除く全員が県外移設を掲げて当選している。
翁長政俊会長は議員総会後の会見で「国会議員の皆さんが合意した内容で県連も方針を進める」と述べ、先に辺野古移設容認で足並みをそろえた県選出・出身5国会議員が掲げた「(辺野古移設を含めた)あらゆる可能性を排除しない」との方針を取りまとめたことを報告した。
また翁長氏は「知事にもその方針に沿うように働き掛けをせざるを得ない」と述べ、県外移設を強く主張している仲井真弘多知事にも方針転換を求めていく考えを示した。
12月1日に所属国会議員を含めた常任総務会、市町村支部や職域支部の代表らが参加する総務会を開き、方針転換を正式決定する。翁長氏ら県連役員は29日に上京し、石破茂幹事長、菅義偉官房長官と会談し、方針転換を報告。併せて沖縄の基地負担の軽減策を提示し、実行を求める。照屋守之幹事長は方針を転換する理由として「(県外の)地域の理解を得られなかった。県外移設を求めれば求めるほど、固定化につながっていくという危機感があった」と説明した。
(琉球新報、11月28日)

【沖縄知事、県外移設を堅持=普天間、県議会で言及】
沖縄県の仲井真弘多知事は5日午前の県議会本会議で、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)について「県外移設、早期返還の実現を求めていく」との立場を改めて示した。知事は、政府が申請した名護市辺野古沿岸部の埋め立てについて12月末以降に是非を判断する考えで、現時点では県外移設を求める従来の姿勢を堅持した。本会議で知事は、日米両政府が合意した辺野古移設について「時間がかかり、普天間の早期の危険性除去が困難だ」と指摘し、県外移設が「合理的かつ早期に課題を解決できる方策である」と語った。 
(時事通信、12月5日)

自民党の公約違反は許されるということだろうか。あるいはそれをネタにして中央からカネを分捕れれば良しということなのだろうか。
だが、問題の本質は国土面積の0.6%でしかない沖縄に日本国内の米軍施設の74%が集中している上に(沖縄本島の2割を占める)、罪を犯した米軍人に対する裁判権を実質的に放棄(行使しないことで秘密合意)するという治外法権状態にあることにある。結果、米軍による事故や犯罪の多くが沖縄に集中することになり、沖縄県民を苦しめている。だが、報道管制が敷かれていることもあって、この手のニュースが本土で報道されるのは極めて稀で、沖縄以外の人間が沖縄県人の苦痛を想像するのは非常に難しい状況に置かれている。これは、ナチス・ドイツ下にあって、ドイツ国民の殆どがユダヤ人の大量殺戮にまでは想像が至らなかったのとよく似ている。

2012年9月に行われた「マスコミ倫理懇談会全国協議会」の大会で「沖縄問題とメディア」をテーマに基調講演した大田昌秀・元沖縄県知事は、
「復帰40年を機に沖縄で真剣に問い直されている問題がある。いったい復帰とは何だったのか。復帰してよかったのか。沖縄が帰りたいような日本であってほしいが、そういう復帰になっていない。沖縄は平和憲法の下に返されたのではなく、日米安保体制の下に返された。」

「沖縄は歴史では一度も人間扱いされていなく、モノ扱いだった。多数派の目的を達成するための手段、捨て石にされた。多数決原理を根拠に少数派が差別されている。構造的差別だ。モノ扱いがこれ以上続くなら独立論も出てくる。」

と述べ、沖縄ウォッチャーに少なからぬ衝撃を与えた。死亡率(死傷率ではなく)50%という鉄血勤皇隊の生き残りとして圧倒的なカリスマを放ち、県知事を二期務めた大田氏は、これまで独立論に距離を置き、慎重に発言を避けていたからだ。その背景には、2009年の政権交代によって、反基地の沖縄県人の期待を一身に背負って誕生した民主党政権が、わずか数カ月で挫折して公約を撤回、普天間基地の辺野古への移設を決めてしまったことがある。「自民党政権さえ変われば、マシになるかもしれない」という期待は完全に裏切られ、「誰が政権を担っても沖縄は変わらない」という絶望が広がったのだ。

もう一つは、経済的要因である。沖縄以外の人間の殆どは、いまだに「米軍基地がなくなったら沖縄県人は生活の糧を失う」という政府・自民党のプロパガンダを信じているが、実態はかなり異なる。沖縄の県民総所得に占める基地関連収入の割合は1972年度が5013億円のうち15.5%(780億円)だったのに対して2009年度は3兆9376円のうち5.2%(2047億円)に低下している。逆に観光収入は返還当初、200億円にも満たなかったものが、今では4千億円を超え、さらに増加しつつある。
沖縄県の失業率の高さは有名で、全国平均の倍を今も維持し続けているにもかかわらず、基地への就業希望者は減少する一途にある。基地従業員は約9千人の規模を誇り、公務員並みの給与が保証され、県内の安定職場として自治体公務員に次ぐ人気職種だった。だが、応募者は2003年度の1万5572人が、09年度には7611人と半減し、漸減傾向にある。これは、少なからぬ沖縄県人が「米軍は遠からずして撤退する」「基地就業に未来は無い」と考えていることを意味する。
実際、財政難と米軍再編によって、在沖基地に常駐する米軍人の実数は減少する傾向にあり、さらに夜間外出の禁止が厳格に適用され、円高の影響も相まって、米軍人を対象にしたサービス業は衰退し、軍人だけを相手にした商売は成り立たなくなっている。
米軍施設を抱える自治体への国からの交付金についても、歳入に占める割合が5%に満たないものが29市町村に達するのに対して、20%を超えるのは5町村に限られている。
沖縄に対する国の交付金たる沖縄振興事業費は来年度概算要求で増額され3400億円が確保されているが、財政難が深刻化する中で「思いやり予算」と合わせて5千億円を担保し続けるのは難しい。本土的にも沖縄と米軍基地を維持し続ける負担は年々重いものになっているのだ。

沖縄を訪れる観光客は2013年度上半期で338万人と過去最高を更新した。うち外国人は約36万人だが、中国と台湾で25万人、韓国が3万6千人であり、日中関係や日韓関係が悪化する中で、やや停滞している。
このことは、沖縄が日本に従属しているが故に、米軍が駐留して周辺の緊張を高めると同時に、日本と中韓の関係が悪化すると観光業を直撃する構図になっていることを示している。また、円高が外国人観光客の誘致を妨げて割高感を醸し出していることは、沖縄が観光を主要産業と位置付ける場合の障害となっている。実は沖縄が独立して独自通貨を持った場合、円との為替差を利用して、現在より多くの観光客を誘致できる可能性がある。

ソ連史に通じるものならば、沖縄の置かれた環境がペレストロイカ末期のバルト諸国を始めとする独立(連邦離脱)運動のそれに近づいてきていることが分かるだろう。その比較については別途稿を起こす必要があろうが、琉球人がいつまでも「日本人」であると考えるのは本土人の傲慢でしかないことについて、本土人はもっと想像力を働かせるべきであろう。そして、一度独立運動が始まってしまったら、これを止めるのは至難の業であり、コソボや東ティモールの独立を承認した日本が沖縄の独立を認めないということができるのだろうか。そして、独立運動を鎮圧するために本土から機動隊や自衛隊を投入するという決断になるのか、さらに言えば独立派が中国に救援を求めた場合、より深刻な事態となる恐れがある。
「とりあえず札束でひっぱたいておいて、言うことを聞かなかったら軍を投入すればよい」という自民党や右派の楽観的な見方は、現在の戦後体制そのものを危機に陥れるやもしれない。
posted by ケン at 14:08| Comment(2) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
沖縄の地政学的な位置からして、名実ともに「独立」するのは無理でしょうね。名目は独立国になっても、軍事面では、実質日本の属国(今と同じ)か米国の属国(復帰前と同じ)か中国かロシアか韓国かいずれかの属国の道しかないでしょう。
Posted by ゲオポリ at 2013年12月06日 14:58
地政学の話だけで考えるなら、スイス、ベネルクスやタイ、常に厳しい立場に立たされていますがポーランドといった例もあり、周りからは「従属国」と思われていても、一定の独立を維持できる可能性は十分にあると思います。日本はアメリカの属国じゃないのか、という批判もありますし。
Posted by ケン at 2013年12月08日 10:14
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