2013年03月22日

イラク大量破壊兵器に見る政治決断の限界・上

【イラク戦争10年 福田元首相「我々に情報はなかった」】
 イラク戦争開戦当時、官房長官だった福田康夫元首相が朝日新聞のインタビューに応じ、小泉純一郎首相の開戦支持表明の直前、英国からブレア首相の議会演説に先駆けて支持を打ち出してほしいと打診されていたことを明らかにした。「イラクに大量破壊兵器(WMD)がある前提」で支持した日本だが、判断材料を得ようにも「手も足もないという感じがした」と日本独自の情報入手ができなかったと率直に認めた。
2003年3月20日の米英軍の先制攻撃を前に、当時のブッシュ米大統領が18日(日本時間)にイラクへの最後通告演説をした。福田氏によると、その頃に英国外交筋が福田氏に「ブレア首相がこの問題で議会演説をする。日本がその前に英米への支持を表明してほしい」と要請してきた。
 福田氏は「小泉首相はもうじき(記者団に)ぶら下がりをする。それを見て判断を」と返答したが、「開戦の判断で英国も(世論の反発で)相当困っていた」との印象を受けたという。結局、小泉氏は直後に「米英が武力行使に踏み切った場合、支持する」とイラク攻撃支持を打ち出した。
(朝日新聞、3月20日)

2003年3月19日に米英連合軍がイラク侵攻を開始して10年になる。
特に英国は労働党のブレア政権であったにもかかわらず、積極的に侵略戦争に加担した事実は、政界に入ってまだ日の浅かった私にとって大きな衝撃だった。
それはさておき、一部のメディアでも取り上げられているが、米英のイラク侵略の発端となったのは、イラクが大量破壊兵器を保持し、それに対する無条件査察を拒否したこと、そしてアルカイダとの協力関係が疑われてのことだった。
フセイン政権は開戦から半月で瓦解したものの、結局大量破壊兵器は発見されず、最終的には大量破壊兵器もアルカイダとの協力関係も「無かった」ことが判明した。もともと「無い」ことを証明しろと言うこと自体、一種「悪魔の証明」のようなものであり、仮に査察団が入って見つからなかったとしても、「いいや、どこかに隠しているはずだ!」と強弁すれば終わりなだけの話だった。
実際に、開戦前の2002年11月にイラクは国連安保理決議1441を受諾、査察団の受け入れを表明し、12000ページもの保有兵器一覧などの申告書を提出したが、米英は「不十分」として相手にしなかった。国連安保理でも査察の強化や精度向上に向けた検討がなされたが、米英はこれも拒否して開戦に突き進んだ。また、IAEAはすでに1998年までの査察で核兵器については無力化しているとの結論を出していた。
以上の経緯から、米英はハナからイラクに濡れ衣を着せて攻撃するつもりだったとする陰謀論が取り沙汰され、実際に大量破壊兵器が見つからなかったこともあって、真実味をもって語られた。
その後、米国では政府機関が、英国では第三者委員会が検証を行い、少しずつ資料や証言が出てきており、ザッと見た感じの印象(直観)を記しておきたい。

まず今日なお根強い陰謀論だが、これは否定されて良いだろう。
根本的な命題として、仮にも実質的に世界を牛耳る帝国の支配者が、すぐにバレるような嘘を開戦の大義名分に据えるだろうか。
米英が第一の開戦理由に挙げている「安保理決議違反」だが、直接関係する決議1441はイラクの武装解除と無条件の査察受け入れを求めるもので、「最後の機会」や「重大な帰結をもたらしうる」などの文言があるものの、「受諾拒否の場合は武力行使」と定めたものではなく、これを開戦理由にするのは無理な話だった。
その無理押しを承知の上、フタを開ければすぐに真偽が明らかになるにもかかわらず、他国の制止を聞かずに開戦を強行したことを考慮すれば、陰謀としてはあまりにも粗雑だ。現に大量破壊兵器が未発見に終わったことで、米国の威信は傷つき、特に中東諸国での信頼は大きく揺らいだ。陰謀によって得られた利益よりも損失の方がどう見ても大きい。但し、開戦を強く支持する軍産複合体が情報を操作した可能性は否めない。

様々な証言を整理すると、膨大な量の情報の中には大量破壊兵器(WMD)の存在を認めるものと認めないものがあったことは確かで、情報の取捨選択の中で「ある」とする判断が強まっていたものの、「実は無いんじゃないか」とする意見も一定の説得力を有していた。そして、ブッシュ氏たちは上げられてきた情報だけでは「絶対にある」とも「絶対にない」とも確信できなかった。にもかかわらず、ある時点から「絶対にある」という確信に急速に偏ってゆく。それは、限られた情報の中で一定の政治的決断が迫られるに際し、

「WMDはあると判断して攻撃する」(実際には無いかもしれない)

「WMDは無いと判断して攻撃を見送る」(実はあって後日使用されるかもしれない)


という二者択一を強要されたからだった。
つまり、大量破壊兵器の有無が確認できない中で、「何もしない」という選択をして後日大量の犠牲者が出るリスクと、「敢えて攻撃する」という選択をして「実は無かった」と判明してしまうリスクを天秤にかけた場合、一国を背負う最終責任者として「何もしない」という選択肢は採れない、ということなのではなかろうか。
仮にWMDの存在確率が限りなくゼロに近かろうと、ゼロでない限りは「ある」と考えるのが米国大統領として「正しい」判断だった(ということのようだ)。そして、実際にWMDがあるか無いかはフタを開けてみるほかに確認する術はなく、逆にフタを開けない限り、WMDは確率論として永遠に存在し続けることになる。殆ど「シュレーディンガーの猫」のような話である。

さらに状況を追い詰めたのはイラク側の対応だった。
査察受け入れを表明はしたものの、フセイン的には「米英に難癖をつけられている」という不信が強く(実際その通りなのだが)、査察団を受け入れたところで逆に「証拠」を捏造されたり、「やっぱ隠してるんじゃねぇか」と因縁を付けられる可能性が高かった。そして、イラク的には時間を稼げば稼ぐほど、米英の横暴から同情が集まり、国際社会において米英の孤立が先鋭化していくと判断された。
フセインとしては、「存在するかもしれないし、しないかもしれない大量破壊兵器」はそれ自体が唯一の有効な外交カードであり、「箱」は閉ざされたまま「WMDは存在する」「WMDは存在しない」という二つの可能性が混在したままにしておくことがカードとしての存在条件だった。
また、フセイン的には「攻めて来たらBC兵器使っちゃうよ」というブラフも残しておきたかったし、それは国内反体制勢力や近隣諸国に対するの抑止力でもあった。手札は一度オープンにしてしまったらゲームは成立しない、それはゲームプレイヤーとして当然の発想だった。
そのため、イラクは国家として国際社会への義務を果たすべく「査察受け入れ」を表明し、実際に米英以外の国々からは一定の評価を受けた。だが、その一方でゲームプレイヤーとしてのフセインは、決して手札を明かさず大量破壊兵器の有無について言及しなかった。それどころか、逆に欺瞞として「大量破壊兵器が隠されている」などの情報を小出しにした。「箱」の中の不確実性を高めることはカードの有効性を高めるのに等しかったのである。

(以下続く
posted by ケン at 12:27| Comment(2) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
軍産複合体による情報操作の可能性は高いと思います
軍産複合体はアメリカ国内では絶大な影響力を持っていますので(日本を含む同盟国にも強い影響力を持っています)
Posted by やる夫 at 2013年03月22日 21:43
アメリカではいまや兵器産業と製薬業だけが唯一の産業となってしまっただけに戦争無しでは経済が立ちゆかなくなっていることは確かですが、戦争をするたびに赤字が増えて国家財政を圧迫し、今日に至っています。米国財政が破綻するときはどうなるのでしょうね。
Posted by ケン at 2013年03月24日 09:10
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