2012年06月04日

「海猿」の実演

海上保安庁の観閲式に出席。
の三「軍」はすでに制覇したので、次はやはり「沿岸警備隊」であろう。
海上保安庁の英訳は「Japan Coast Guard(JCG)」だ。
海上自衛隊の観艦式は昭和32年に始まっているが、海保の観閲式は昭和24年に始まっており、戦前を切り離して考えれば歴史は古い。
ただ、当時の写真を見るに二次大戦を生き延びた海防艦ばかりな感じだったが。

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こんな感じで一隻に千人くらい乗り込んでおり、窮屈感は否めない。

海自の観艦式は朝8時までに横須賀で乗艦せねばならず、始発で向かったものだが、今回は13時に晴海埠頭発ということで、随分と余裕がある。
海自のそれは、横須賀を出て相模湾まで行ったが、今回は晴海埠頭を出て東京湾上に行くだけなので、いわば目と鼻の先。
案内のアナウンスも、「演習場までしばしの間クルージングをお楽しみください」などと随分とラフというか、肩の力が抜けている。
乗船に際しても、海自と違って警備も緩く、応対も随分とフレンドリーだった。
先に「海保の観閲式に出る」と言ったところ、海自出身の方が「あそこはルーズだからな(ふっ)」と言っていたことが思い出されたが、いや悪い印象はない。
ちなみに海上保安庁は「艦」とは言わず、全て「船」か「艇」と言う。

IMGP2672.JPG
東京湾からお台場とレインボーブリッジ。その名の通り、江戸時代は砲台場として沿岸警備の最前線だった。結局役に立たなかったけど。

我々の乗船は「やしま」。5千トン級のへり2機搭載型巡視船で35mm機関砲と20mm機関砲を積んでいる。沿岸警備用としては随分と大きい。
速力は23ノットとさほど速くはないが、航続距離が8千海里と非常に長い。
遠洋での警備救難を目的としているためか、居住空間がかなり広く取られており、海自の船と比べると廊下などもかなり広めだ。
かつて戦艦大和が「大和ホテル」と呼ばれていたことを思い出す。
出港時には、やはり海保の楽団が演奏するのだが、当然ながら「軍艦行進曲」などはやらず、普通の行進曲やポピュラー音楽などを演奏しており、この辺りもどこかのどかだ。

IMGP2664.JPG
35mm機関砲の内部。

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海難救助演習。数十メートルの高さからロープ無しで急降下、一気に救助する。カッコイイです。

式に参加したのは巡視船を始めとする38隻と航空機18機。
海保以外にも、海自や消防、警察、税関などが加わっている。こうしたマイナーな船を見られるのも醍醐味だろう。
演習内容は、艦船パレード、海難救助、対船消火活動、不審船追尾・拿捕など。
海自と異なるのは、日々実際に行われている活動・業務の実演ということで、非常にリアルだ。
演習後、それぞれの船が帰途に就く際には、船ごとに隊員自ら管轄地域の踊りやマスコットなどの紹介を行うといったサービスがあり、日々の緊張した任務と異なり、何ともほのぼのした雰囲気だった。
しかし、演習自体はどれもキビキビと進められ、頼もしい限りだ。
天気も穏やかで、湾内なので波も殆ど無く、16時には晴海に戻り、海自の時にみたいに船を下りたら脚がガクガクということもなかった。

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対船消火演習。色付きなのは演習用。
凄い水圧だが、遠くからかけて水の膜をもって鎮火させるのだという。

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不審船に接舷上陸、制圧。リアルな演習です。

日々最前線で働く海保の皆さんには心から敬意を表したい。
お疲れさまでした。いつもお勤めご苦労様です。
posted by ケン at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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