2010年01月06日

戦艦大和をめぐる日本人の財政感覚

2010年度予算は、世界的な金融不況を受けて税収が大幅に落ち込んだ結果、44兆円の国債発行額に対して、税収は37兆円に止まり、ついに収入を上回る借金をしながらの生活を余儀なくされるに至っている。
これは国だけの話ではなく、どこの地方自治体も程度の差があるだけで、大差はない。
その要因は無数にあり、説明には別途稿を要するが、大きな要因としては「高齢化による年金・医療費支出の肥大化」「大型公共事業の乱発」「減税志向・増税の忌避」が挙げられる。
収入は減少傾向にあるにもかかわらず、支出と膨大な借金はさらに増え続けそうであり、なおかつ日本の最大の資産の一つたる米国債はいつ紙クズになってしまうか分からないという、普通の医者なら開腹してそのまま閉じてしまうような状態にある。
ただでさえ高齢で一度は引退された藤井先生が、自信をなくされるのもよく分かる(気がする)。いまさら幹事長とやり合う気力もないだろうし。
どの家庭でも同じことだが、家計が苦しい時にまずやることは、支出を抑え、収入を増やすことだが、今の鳩山政権にどこまで可能かは疑問である。参院選を前に、支出を抑えることも、増税を打ち出すこともできないからだ。
日本の政治を舞台の内側から見ていると、日本人というのは商売感覚はあっても、財政感覚はほとんど無いのではないかと思えてきてしまう。
「大和いいじゃん」という日本人の感覚は、いまもって第二次世界大戦の総括・反省がなされていない(懺悔はしても)ことを示している。

いいわけねぇだろっ!
大叔父の怒りが私に下りてきそうだ。そこで、
「大和建造」という超大型公共事業を財政の視点から今一度検討してみたい。

大和型戦艦の建造費は、おおよそ1億4770万円。その後の改装費は含まれない。
良く「国家予算の3%」という言われ方をするが、「昭和の三大公共事業」は他に瀬戸大橋とアクアラインが挙げられており、同規模と判断されているからだと考えられる。
しかし、財政学の視点から言うと、それほど甘いものではない。
高度成長期に計画された瀬戸大橋やバブル前に企画されたアクアラインと、戦争直前に計画された大和とでは、根本的に財政環境が異なるからだ。

「国家予算の3%」というのは、歳出の3%を意味するようだが、歳出の中身も予算の質も、戦争前後では大きく異なる。
大和型戦艦が予算計上された昭和12年度予算における一般歳出は、追加(補正)予算を含めて34億8900万円。
しかし、同年7月に盧溝橋事件と上海事変が勃発し、日中戦争に発展したため、急遽臨時軍事費特別会計が編成され、その額は20億2200万円に上った。
その結果、最終的な予算額は55億円を超えるに至った。

ところが、である。
そのうち租税と印紙による基本的な税収は、わずか13億円に過ぎないのだ。
塩・たばこ・砂糖の専売や、その他の官業収益、国家資産の整理などを含めて、ようやく19億円になるような有様だった。
もっとも、一般歳出も戦争勃発に伴う追加予算の編成で膨れあがっただけで、昭和8年から11年までは22〜24億円程度に収めているし、臨時軍事費もない。
つまり、歳出ではなく、政府収入から見た場合、大和のムダさ加減は一層強調される。
借金ではない真っ当な収入が20億円もないところに、1億5千万円の戦艦を2隻もつくってしまったのだ。
もちろん、当初の予算上は1億3000万円程度だったのだが。
マスコミ風に表現するなら、300万円しか収入のない家庭で、300万円借金して、60万円のラジコンを発注してしまうような話だった。
ラジコンならまだ誰も死なないが、大和の場合は、ロクに戦果を挙げられないまま、天皇の「日本に戦艦はもう無いのか?」の一言の下、2742人の国民とともに沈んでしまった。
大叔父の痛恨は、「大和があるから(戦えるだろう)」「大和を動かせるうちにやろう」と開戦へのインセンティブがかかり、「まだ大和がある!」と降伏受諾の障害になってしまったことにあった。

大和のムダはそれだけではない。
大和は停泊しているだけで、一日60トンもの重油を消費した。
これは駆逐艦なら800km前後も航行できる量を意味する。
その結果、重油の不足と戦術の転換から、大和は前線に出されることなく、戦力が枯渇しそうになった頃になってようやく駆り出され、敵艦の一隻も沈めることなく、乗員ともども撃沈されてしまった。
大和が出撃するようになると、重油の枯渇はさらに進行し、そのため海上交通路の防衛に当たっていた海上護衛総隊への重油供給が滞ることになり、輸送と補給の遮断に拍車がかかってしまった。
戦場での戦果を重視するために、戦争継続能力を犠牲にした格好だったが、結果としては、何らの戦果も挙げられず、「二兎追う者は一兎も得ず」に終わってしまった。
結果論的には、大和や武蔵などは自沈させて、駆逐艦をフル活動させて輸送と補給の護衛をさせた方が、フィリピンでも沖縄でも今少しマシな戦いができたと思われる。

最後に、これは陸軍の話だが、昭和12年度には兵器費に占める弾薬費の割合はすでに56%になっていたが、翌13年度には早くも76%に上昇し、その分兵器生産が犠牲となって滞り、さらに翌14年(1939年)には中国戦線に展開する25個師団への補給が一部不足するという事態に陥っている。
この昭和14年に戦前の日本のGNPは頂点となり、後は次第に衰退していくだけだった。
その翌々年に日米が開戦するわけだが、兵器・弾薬・戦車・自動車等の生産は昭和13年(1938年)がピークであったことを考えると、我々の先祖は一体どんな頭脳をしていたのか、疑うしかない。
戦艦大和は、日本の工業生産がピークに達する直前に予算計上されたわけだが、それはハーフリング(小人族)が超巨大斧を持とうとするようなものだった。
運用できないものをつくっても、持て余すだけのことになるのは、全国各地にある地方空港を見ても分かるはずだが、どうも日本人には理解できないらしく、「おらが村にも空港がある」心地よさの方に酔いしれてしまう傾向にあるようだ。

「大和は造るべきではなかった」

という合理的な思考による反省無くして、日本人が次の一歩を踏み出すことはないだろう。

【追記】
ちなみに1940年(昭和15年)における日本のGNPは394億円で、ドイツの2426億円の6分の1しかなかった。アメリカに至っては4254億円だった。中国との戦争だけでヒーヒー言っている時に、さらに生産力10倍のアメリカに宣戦布告したのだから、狂気の沙汰としか言いようがない。どうも日本人はこの辺の反省も十分でないように思えてならない。
posted by ケン at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
宇宙戦艦の新作もダメらしい。
Posted by o-tsuka at 2010年01月07日 09:15
なんか違うものになっちゃってるらしいとの評判で萎えるんだよねぇ……
Posted by ケン at 2010年01月07日 23:29
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