2008年08月24日

富士総合火力演習観戦記

税金が適正に使われているかどうかをチェックするのは議員の役割の一つであるが、時としてその議員の代理を務めるのも秘書の役割の一つ。
さすがに議会には代理出席できないけど(笑)
そんなわけで富士総合火力演習を見に行く。

正直なところ、うちの議員は限りなく平和主義的であり、事務所的には白い目で見られたのだが、自衛隊がどんな装備を持っていて、本当にそれが必要なものかどうか、あるいは防衛以上に過剰な装備でないかどうかを実際の目で確かめるのも議員の役割であろうと考える次第。
それだけに、議員が行かないと言うのであれば、ますます私が行かなければならないではないか。

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90式、74式戦車揃い踏み。日本にもこんなに戦車あったんだ〜!

一般公募では、平均で26倍、駐車場件付きになると84倍という凄まじい倍率を誇っている。いくら無料とはいえ、有料でも見たい人は多いと思われる。
年一回なのだから、自衛官にでも知り合いがいない限り、一生に一度も行けないかもしれないほどの倍率である。

「富士総合火力演習」は、陸上自衛隊の実弾射撃を含む演習の一つで、1958年から行われており、今年は50回目となる。
自衛隊の広報活動の一つにもなっている。
戦車や自走砲の実弾射撃から、攻撃ヘリによるミサイル攻撃や輸送ヘリからの降下、さらには空挺降下や航空機による対地支援攻撃まで行われる。

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203mm自走榴弾砲。このたくましい砲がたまらない。

朝4時起きで、4時半には出発。
早朝なので道路はガラガラ、6時には御殿場に到着した。
(野党でしかも代理だからか)駐車場付きのチケットではないため、御殿場駅に隣接する市営駐車場に車を止め、バスに乗って現地へ。駐車場はすでに7割方埋まっていた。
御殿場駅からバスで30分、自衛隊の富士演習場に到着。富士山の麓である。
開始は10時15分で、6時半過ぎに到着したにもかかわらず、前列2列はほぼ埋まっており、端っこの2列目か中央の3列目という始末。
中央の3列目にブルーシートを敷いて座る。後で考えてみれば、座布団も持ってくるべきだった。

いつ雨が降ってきてもおかしくないような曇天。
「あと3時間以上もどうするんだよ」と思っていると、
7時過ぎには続々と戦車や自走砲が到着して、予行試射を行ってくれた。
なかなかのサービスである。
90式戦車のラインメタル社製120mm滑空砲の発射音は、まさに「耳をつんざく」という言葉がふさわしい轟音だった。音の衝撃がずっと後方まで届き、「熱い」のである。
「おぉースゲぇ」とか言っていると、もう9時に。

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輸送ヘリからリベリング降下を行う隊員。強そうデス。

演習は、「主要装備の紹介」と「攻撃行動」の二段に分かれて行われる。
前段では、支援火器(大砲など)や携行火器(ライフルや迫撃砲)、戦車砲やミサイルなどの射撃が行われる。
演習開始の頃には、霧雨のようなものが降ったり止んだりという始末で、F2による攻撃と空挺降下は中止になってしまった。
特に空挺降下は楽しみにしていたのに……
「いや、この程度の曇天で飛べない支援戦闘機なんて、実戦に役に立つのか?防衛省の役人を呼んで説明させねば!!!」
とケン先生お怒りモード。

後段は、富士山側に仮設の敵陣地をつくって、それを攻撃するというシナリオで話が進む。
偵察ヘリによる観測、支援射撃、ヘリ攻撃、戦車攻撃、歩兵突撃となる。
90式戦車が偏差射撃(移動しながらの射撃は超難しい)をいとも簡単に目標に当てているのには感動。
「圧倒的じゃないか、我が軍は!」(→ 軍じゃないけど)
攻撃側から見ているから良いようなものの、陣地の下にいたらまず精神に異常を来すだろうな、というぐらいの火力。
日本人もようやく精神主義を脱却して、火力と物量の重要性を理解したということか。

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「アパッチ」や「ヒュイコブラ」含むヘリ戦隊。も〜たまらないッス!

世界第五位の軍事費を使うだけのことあって、その装備は非常に高水準のものであることは理解できた。
90式戦車とかは、純粋に日本を防衛する上で北海道ぐらいしか使えないし、本当にどこまで必要なのか微妙だとは思うが、確かにあると存在だけで安心感がある。「恐い番犬」のようなものかもしれない。
99式自走155mm榴弾砲は、射程40キロ毎分6発で、富士山から伊東まで届くという代物。戦艦大和並みの射程を誇るが、日本人のアウトレンジ信仰は健在なようだ。問題は射程40キロで当たるかどうかなのだが……

最終的に、事務所の白い目と丸一日を費やすだけの価値は、お釣りが来るほどのものだった。
私が他の左翼・平和主義者と異なるのは、一国の軍事力が外交力や国際交渉力の担保となっていると考えている点に他ならない。
近い将来、米国からの自立を余儀なくされたとき、中国やロシアと対等に外交を行うためには、あるいは現在の米国に対して相応の影響力を行使するためには、まだまだ相当の軍事力が必要なのである。
とは言え、軍と警察というのは、欲を言えば際限がなくなるものであり、民主国家にふさわしい暴力装置の規模や権力・地位というのは常に議論していかなければならない。
そんなことを考えて一日だった。

最後になりますが、自衛隊の皆様、お疲れ様でした。
posted by ケン at 16:28| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>近い将来、米国からの自立を余儀なくされたとき、中国やロシアと対等に外交を行うためには、あるいは現在の米国に対して相応の影響力を行使するためには、

まるでアメリカが自分の国であるかのようにF22の超高性能を喜び、FXとしてF22を導入してアメリカとの一体感に浸りたい人たちが大勢いますけど、こういう人たちについてどう思いますか?

ケンさんの理屈からすれば、アメリカは強力な同盟国であるが故に日本はF22に匹敵する、あるいは凌駕する独自の主力兵器を持たなければいけないと思うんですが・・・

ケンさんに従えば、F22が最強であると言うことは、日米に大きな力の差が(存在感や外交力)ついたと言うことですよね。
Posted by sonic at 2008年08月24日 23:20
役得ですな!!
うらやましす。
Posted by o-tsuka at 2008年08月25日 11:12
軍事技術というのは最も差のつく分野の一つでして、日本の経済力と軍事技術の蓄積量では米国には到底かないません。
それだけに、世界の最強国であり、(中ロに比べれば)比較的民主的な米国と同盟を組むのは、きわめて合理的な選択であると考えています。

その場合、「同盟」と言っても対等なものにはなりえず、言うなれば織田と徳川のような関係になります。
織田が滅びれば、自然徳川氏は自立せざるを得ないわけで、だからと言って、織田家と同レベルの軍事力を有することは不可能なわけです。

制式兵器の差はほぼそのまま軍事力の差になりますが、だからと言って、日本が独自の外交ができないわけではありません。
むしろ独自の外交を行うためには、米国にとって無視できない程度の軍事力を有する必要があると考えています。

しかし、この場合の「相応」や「無視できない程度」の水準については、議論する必要があります。それが民主国家の民主国家たるべき所以でしょう。
「F22をどうするか」というのは、議論の枝葉に過ぎず、本質ではありません。

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同志ならもうとっくに見に行っているものと……
了解しました。
来年は、「右派社会党再建委員会」で見に行けるよう手を尽くしてみます。
Posted by ケン at 2008年08月25日 23:43
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